「元々、どこかで対人の技術を教えないといけないとは思っていたので、実体化して指導するという案も考えていたのですが、思いのほか早く使うことになりました。それだけレオンの呑み込みがよいということです。素晴らしいですよ」
16歳のポニーテールの女子がそう言う。
「いや、そんなに当たり前のように褒められても全然頭に入ってこないって!? お前、【竜の眼(まなこ)】なんだよな!? どういう原理なんだよ!? どうやったら人間になれるんだよ?」
「そこまで驚くことですか?」
首をかしげて、言われた。
「驚くことだよ!」
どこからどう見ても赤紫の髪をした女子が目の前に立っているのだ。声も年頃の女性の声で、何の変なところもない。もっともメッセージウィンドウっぽいところのある人間とか、【竜の眼】っぽい人間とか、どんなものなんだと言われると困るけど。
「冷静に考えてください。私には元々人格のほうはありましたよね。それがないとレオンを指導することもできませんでした。書物のような媒体は内容を示すことはできますが、相手によって柔軟に内容を変化させていったりすることはできません。事細かに教えるには人格が必須なのです」
「いや、それは人間だと指導でもフレキシブルに対応できるって説明であって、お前が人間の体を持って登場することの説明にはなってないだろ」
「元から人格があるのだから、あとは肉体だけでしょう。肉体は合成できなくはないです。それぐらいの奇跡は私なら起こせます。なにせ神に極めて近いと言われていたドラゴンですからね。肉体が眼球しか残ってなくてもそれぐらいはできますよ」
また、とんでもないことを言われたぞ。
「神に近いドラゴン? お前の正体が?」
「はい。別に隠してなかったでしょう。【竜の眼】って名前だったじゃないですか。謎の邪霊がドラゴンを偽ってたわけじゃないですよ。宝石に見えたかもしれませんが、あれはドラゴンの眼球の部分が死後に硬くなったものです」
「あれ? 竜騎士家の初代ってドラゴンから青い髪を授かったとかって伝承があるけど……あれもそうなのか?」
「そうです。おかげでステータスが高い人間が出てきやすくなってたはずですよ。さすがに血も混じりまくってるので、今の時代にそんな顕著な力はないですが」
ちょっと情報が多すぎて混乱してきたので、俺は大木に背中を預けた。
そんなバカな。でも、こんな話を赤の他人ができるわけがないよな。話を合わせるのだって限界がある。
「私が実体を持っているので、言葉は原則としてメッセージウィンドウとして表示はされません。あれは実体がない時に確実に伝えるための方便ですから。頭に語りかけるだけだと幻聴だと思われて無視されかねないので」
こいつが【竜の眼】で間違いない。メッセージウィンドウという概念をこの世で俺とあいつ以外が知ってることはない。
「ちなみにステータス表示は私の状態にかかわらず使えますよ。ステータスを見る時はウィンドウも出ます」
なら、ためしにこいつのステータスを見てみるか。
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竜の眼
職業・立場 人間の娘
体力 9999
魔力 9999
運動 9999
耐久 9999
知力 9999
幸運 9999
魔法
なし(ただし、一部の奇跡を起こせる)
スキル
メッセージウィンドウを授ける力(以下、煩雑につき読み込みが遅くなるので省略。ただし、人間の肉体的に不可能な行為(炎を吐くなど)は使用不可)
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「おい! 卑怯すぎるだろ!」
こういうのってどこかの俗語でチートって言うんじゃないのか? こんなの無敵もいいところだ。もう、こいつ一人で何だってできる。
「まあ、私が天下をこの手におさめるぞと思えば多分可能です。でも、それは望んでいませんし、おそらく本当にそんなことをしたらそれこそ神罰みたいなものを受けるんじゃないでしょうか。受けたことはないですが、自然の摂理を破壊しすぎではあるので」
そのあたりはわからなくもない。神話の中の存在が我が物顔で出てこられるなら、もっとそのへんを巨人とかリヴァイアサンとかが闊歩しててもいいはずだが、そうはなってない。
「それと、このステータス、半分ウソですよ」
「また訳のわからないことを。ウソだったらステータスを出す意味すらないだろ」
「この数字、私がドラゴンだった時のものに準拠しています。でも、人間の肉体で9999の攻撃なんてものは表現できないんですよ。それをやればきっと肉体が壊れます」
「ああ、アリのパンチで家を粉々にできたと仮定したら、アリの肉体と矛盾が発生するんだな」
人間の肉体で表現できる力の限界というのがあって、それを超えることはできないんだろう。
「レオンはやはり理解が早いですね。おおむね、そんなところです。なので、ステータスが9999の存在として振舞うことはできません。それでは本当に神になってしまいますから。とはいえ――」
【竜の眼】は剣を抜いて、俺のほうに向けた。
「レオンの剣の稽古ぐらいはできます。この剣、切れないようにできてますから怖がらないでかかってきてください。叩くとけっこう痛いですけど」
そうだった、そうだった。
元はと言えば、俺に特訓をつけるためにこいつはこの見た目になったんだった。
でも、年頃の女性で出てこないなんて一度も考えたことないけどな……。
「でも、特訓の前に決めたいことがある」
「何でしょう?」
「その見た目で【竜の眼】はさすがに変だ。人間の名前はいるだろ」
二つ名として【竜の眼】というならありうるかもしれないけど、それはまた別だ。
「では、ドラゴンですし、ドラゴでどうでしょうか」
「もう少し、名前っぽいのにしろよ」
思いのほか、真剣に【竜の眼】は悩みだした。頬に手を当てて、熟考している。
「う~ん……。私は人に助言を与えることは得意なのですが、自分のことを考えるのは苦手なんです。だって自問自答するメッセージウィンドウっておかしいでしょう?」
「そんなこと言われても、メッセージウィンドウの親とかメッセージウィンドウの長老とかが名付けるわけもないし、お前が決めるしかないだろ」
「いっそ、レオンが決めてくれませんか?」
責任がこっちにまわってきた。
かといって、名付け自体は誰でもできるので断る理由が難しい。
「う、ううん……。ドラゴはおかしいから、ラゴ? かわいくなさすぎるな。じゃ、じゃあラコ?」
「ラコ! いいですね! それにしましょう」
【竜の眼】は以後、ラコという名になった。