目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

剣士見習い5

 ラコにステータスを見てみろと言われたので、掌をじっと凝視した。さすがにそんなに急成長なんてしないだろ。


===

レオン

職業・立場 剣士見習い

体力 48

魔力 16

運動 43

耐久 34

知力 39

幸運  1


魔法

なし


スキル

メッセージウィンドウ

一刀必殺

===


「あっ、運動と耐久がちゃんと上昇してる。いや、それよりも、なんかスキルの欄が増えてる……」


 いや、メッセージウィンドウという奇跡みたいな領域のものと比べたら、スキルと呼んでいいのか怪しい気もするけど、おそらく最後の一撃のことだよな。


「このままではとうてい勝ち目がない。そんな局面でもどうにか打開の一策を考え抜いて、攻撃を放った。大変素晴らしいことです。そのメンタルも含めて一つのスキルと言えるでしょう」


 達成感が半端ないのでちょっと泣きそうだ。これまでのコツコツとした特訓とは意味合いが違ったからな。

 俺は木に寄りかかって、ゆっくり息を吐いていた。負傷は隠しようがない気がするけど、修道院の人には町に出てケンカにでも巻き込まれたと話すか。


「それでさ、話は変わるんだけど、その……ラコ」

「はい、なんでしょうか?」

「お前はこれからどうするんだ? さすがに修道院の中に隠れ住むわけにもいかないだろ」


「それは上手いことやります。好きな時に実体化と消失を行えるというほどこの体の自由度はまだ高くないんですが、村が管理してる小屋ぐらいは農地にありますよね。そのうち一つでも借りてどうにかしようかなと」


 こいつが想像以上に何も考えてないことがわかった。2、3日だけ潜伏するならそれでもいいかもしれないが、俺の特訓は残り2、3日で終わることじゃない。


「せめて、村の宿を借りるぐらいはしろ。それでも目立つけど、小屋に潜まれるよりはマシだ。いや、目立つことを考えれば同レベルか……」


 一応女子だから、身寄りのない親戚が修道院にいる親戚を頼ってきたと言えば通らなくはないか。まさに遠縁の奴が来たという設定を押し通すべきところだ。


「ただ、ちょっとまずいことがありましてね、これはどうしたものでしょうか」

「まずいこと? その体の維持に魔力でも必要なのか?」


 人間じゃないはずのものが人間の姿をしてるんだから、魔力だっているだろう。

 見た目は涼しい顔をしてるけどな。表面上は美少女の冒険者ってところか。そんなものが実在するのかという気はするが、実際目の前に立ってはいる。


【竜の眼】が容姿をどういう基準で選択したのかわからないが、州都を歩いても通行人全員が振り返るぐらいの可憐な顔をしている。しかも一見、剣士のようだからさらに目を引く。

 もうちょっと目立たない方法はなかったのか。


「私の体には影響はありません。というか、影響がないから実体化したんです。対人での稽古の重要性はもはや語るまでもないでしょう」

「そこは悔しいけど、認めるしかないな。毎日、こんなにへとへとになったら目立ちすぎるけど……。修道院の人にも何をしてるんだと思われる……」


「その修道院の人に見られているんです」

「は、はあ!?」


 小さな裏口の通用門の陰からミュハン修道院長が出てきた。


「何事だろうと思ったんですが、ずいぶんと若い女剣士さんですねえ。あまりにも腕が立つ方なので隠れて見ていました」


「私は気配を察知するのも得意なはずなんですが、あなた、気配を消すのが極端に優れていますね」


 そういえば、修道院長、スキルに「隠密行」なんてものがあったな。よく考えたら、なんであんなもの持ってたんだ……? 実はこの州の太守と裏でつながってるとかだったらおしまいなんだけど……。


「はっはっは。昔取ったなんとやらというやつです。全国を行脚する僧侶は自然と手紙の伝達や使者の役も頼まれますのでね。その内容が秘密なら密使にならねばなりません」


 たしかにおおっぴらにしてはいけない役目だってあるし、それならバレないように移動するスキルも身に着くか。

 俺は観念した。隠せる相手じゃない。


「ラコ、この人にだけはすべて話そう」





 俺たちは【竜の眼(まなこ)】のことと、ラコのことを全部話した。場所は修道院長の部屋だ。事情説明中にほかの修道院の人間に見つかったら何の意味もないからだ。


 中途半端にウソを交えて、今後不審に思われるぐらいなら協力者を増やすべきと判断した結果だ。というか、不審な要素を残したまま俺が修道院に残ることは無理である。


 懸念点があるとすれば、俺たちの説明がむちゃくちゃすぎて信じてもらえない場合だ。

 そうなると、対処法が消滅してしまうのだが――


「ああ、奇跡というのはありますからねえ。そんなこともあるでしょうねえ」


 あっさりと信じてもらえた!


「こっちが言うことじゃないと思うんですけど、信じられます? 白い窓枠みたいなものが目の前に出てきて文字が表示されてたんですよ」


 今はメッセージウィンドウは出ない。中性的な声も聞こえない。

 理由は明白で、ラコがいるからだ。


 ラコとの稽古の途中でメッセージウィンドウが出たらさすがに邪魔すぎるし、ラコの声とメッセージウィンドウの音声が同時に聞こえてきたら嫌すぎる。


「ウソならもっとわかりやすいウソをつくでしょう。こんな意味不明な話、実体験がないと語れません」

 それは一理あるな。

「あと、私は修道院長ですからね。奇跡を一切信じないなら、この仕事には向いていません。もちろん迷信なら何でも信じるわけではありませんが」


「あなたが話のわかる人でよかったです」

 ラコが椅子から立ち上がって、丁重に頭を下げた。奇跡の側の存在でも礼節は把握しているらしい。


「あなた、え~とラコさんでしたか。ラコさんには空いている部屋をお貸ししましょう。大きな修道院ではないですが、かといって空き部屋が一切ないなんてことはありませんから」

 これで居場所の確保はできた。助かった。

 またラコが修道院長に頭を下げた。


「ええと、それでラコの身分ですけど、何にしたらいいですか……?」

 俺は修道院長に尋ねた(ラコに聞くより建設的な意見が出ると思った)。


 身分を宝石にするわけにもドラゴンにするわけにもいかない。一番手っ取り早いのは冒険者の剣士だと名乗らせることだが、結局、冒険者が修道院にずっと泊ってる理由が必要になる。


「別にアルクリア竜騎士家の縁者ということでよいでしょう。さすがに関係者を一人残らず抹殺しなければ気が収まらないってことはないでしょうし。まして姻戚関係にあった他家の側の人間と言えば問題はないはずです」

 気楽に修道院長が言った。

 多少のリスクはあるが、ウソの量は少ない方がいいか。


「というわけで、私ラコはレオンの従姉で居場所がなくなり、一族のレオンの修道院を頼った――ということでいきます。レオンとはここで初めて出会いました」

 ラコはさらさらと設定を語った。

 最初にこいつが言ってた設定がベターだったというのも癪だが、しょうがない。


「ああ、それと、せっかくですからミュハンさん、レオンの稽古をつけてあげてもらえまえんか?」

 ん? なんか自分にとっては大変なことが補足で増えたような……。


「多くの人と手合わせをするというのは本当に大切なことですから。その点、ミュハンさんは生半可な力ではないので役に立つでしょう」

「それはいいですが、私は剣士ではないので、せいぜい――」


 がさごそと修道院長は部屋の奥から何かを探しだした。

「あったあった、このメイスぐらいしか使えませんが、それでよろしいですか? 僧侶が肉体を切り刻む武器を使うのはあまりよくないですから」


 そこには金属製の打撃武器があった。

 細い棒の先端がトゲトゲの球になっている。


「かまいません。メイスというのはいわゆる金属製の棍棒ということでよいですかね?」


「棍棒となると殴打の部分が太いので、形状ははるかに坊や杖に近いですが、殴打で敵を倒すという点では同じですねえ」

 肉体を切らないからといって、あれでぶん殴ったら相手の頭は粉々だろうと思うが、そこは建前なんだろう。


「よかったですね、レオン。これで手合わせの機会も増えますよ」


 このあと、俺、生きていけるかな……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?