「もう!なんだっていうのよ!!」
すれ違った人が二度見する可愛らしさと、人の視線を惹き付ける不思議な魅力を持ったその少女がプラチナブロンドの髪を靡かせて下町の一角から姿を現した。とある人物はその色合いを見て思わず声をかけようとしたのだが……怒りの感情に歪んだその大きなエメラルド色の瞳を見て「いや……違う、か」と呟いた。
***
わたしは、訳あってつい最近まで田舎で暮らしていた。昔は王都で暮らしていたらしいのだけど、なんでもわたしが産まれた時に下町で赤ん坊の誘拐騒ぎがあったのだとか。それでお母様がわたしまで拐われるんじゃないかって精神的に不安定になってしまったとかで田舎の領地に引っ込んでしまったのである。
うちのお母様ってやたら心配性なのよね。
それでも本当なら3年前に王都に戻るはずだった。それなのに運悪く流行り病にかかってしまったせいでこれなかったのだ。その時にわたしを診たのも田舎のヨボヨボのヤブ医者だった。もう元気だって言ってるのにちょっと咳をすれば大騒ぎし、ちょっと熱が出れば大騒ぎし……なんだかんだと理由をつけてはいつまでもあんな田舎に引き止めやがって。おかげで両親の中ではわたしはすっかり“病弱な
全く、デビュタントパーティーまでもう半年も無いのにこれではギリギリもいいところである。とりあえず王都に残した屋敷を親戚が管理してくれていたからよかったものの、もしも売られていたら住む場所から探さなくてはいけないところだった。
でも、だからこそ。田舎でくすぶっている3年の間にわたしは必死になって貴族たちの噂をかき集めたのだ。王都とは距離があるから情報がくるまで時間はかかったけれど、それでも完璧な計画を立てることが出来たのだ。
それが、“7歳のときに暴漢に襲われキズモノになった憐れな公爵家の末娘”である。
その公爵令嬢の誘拐事件のことも一部の貴族が言っていた噂だったが、なんでも使用人たちや家族からも嫌われて厄介者扱いされてるらしい。格下の伯爵家の令息が婚約するのを嫌がって逃げたとか……いや、伯爵家がキズモノを嫁に迎えるなんてとんでもないって行方をくらませたんだったっけ?
まぁとにかく、その話を聞いた時に閃いたのだ。
みんなから蔑まされているとはいえ相手は公爵令嬢だ。このかわいそうな令嬢に近付き懐柔すれば、下位貴族の娘である自分でも甘い汁が啜れるかもしれない。と。だから、後から遅れてくるお父様たちがやってくる前に実行しておきたいと思っていた。
今日は
さっそく公爵令嬢の動向を探る為に
だから馬車の扉の前に飛び出したのだ。これでわたしがケガをすれば恩を売れる。と。
きっと公爵家の馬車に乗せてもらえて、屋敷に招待されるだろう。そしてケガをさせた責任を取るからと、ドレスや宝石を贈ってくれるはずだ。そうすれば公爵令嬢に恩を売れる……それがわたしの計画だった。
そうだ、どうせならデビュタント用のドレスをオーダーメイドで作ってもらおう!ドレスに合わせたアクセサリーも揃えてもらって、なんなら公爵令嬢と共にデビュタントパーティーを過ごせばいいのだ。いくら厄介者の末娘だからって公爵家なら体裁は気にするだろうし、それくらいしてくれるはずだと思った。
ひとりぼっちのかわいそうな公爵令嬢は、優しい言葉を見繕ってあげて手を差し出せば必ず喜んでわたしを友にと望むだろう。ああゆうキズモノのくせに傲慢な女は本心は寂しいはずだ。うわべだけの甘い言葉に蜜にたかる虫のように飛び付くだろうと想像すると笑いが込み上げてきた。
そうなれば、いずれわたしに依存し傀儡のようになる。自分の私財を投げ売ってわたしに尽くしてくれると思った。そんな夢のような輝く未来を想像して心を躍らせていたのに。
────それなのに、わたしの予定は全くうまくいかなかったのだ。
ちゃんと予定通り、公爵令嬢とぶつかってケガまでした。それなのに、公爵家の屋敷に招かれるどころか馬車にすら乗れなかったじゃないか。それどころかまさか歩いて変なジジイのところへ連れていかれるなんて、最悪だ!
あの女も、珍しいワインレッドの髪が綺麗だったからとせっかくわたしの物にしてあげようと思って声をかけてやったのにあんな失礼な態度をとるなんて許せなかった。
あの女は公爵令嬢のなんなのかしら。侍女?それとも家庭教師?どのみちあの公爵令嬢にろくな目にあわされてないことは確かなのに、わたしに感謝こそすれアレはなんなの?!
わたしは美しい物が好き。男女問わず美しい者はわたしの側に侍るべきなのだ。幼い頃からずっと親も使用人もわたしをちやほやしてくれた。住んでいたところは田舎だったけれど、村にいた人間はみんなわたしを誉め称えたのだ。
だからデビュタントパーティーの為にとやって来た王都を見てひと目で理解した。
“この美しい街でこそ、わたしは愛されるべきなのだ”と。
令嬢の頂点に立つのは、あんなキズモノで陰険な性悪の公爵令嬢なんかじゃない。それはわたしだ。あぁ、こんなに美しい街ならもっと早く来ればよかった。
でも、簡単に諦めたりしないわ。絶対に公爵令嬢を踏み台にしてのしあがってやる。
それにしても、と自分の屋敷の外観を思い出してため息が出た。田舎でこそ権力ある貴族だったが王都に出てくれば自分の家よりも立派な屋敷が立ち並んでいる。世界に愛されている自分があんな屋敷で暮らしているなんて恥ずかしいと思った。わたしにはもっと豪華できらびやかな住まいが似合っているのに。
そんな時、なんと今度は王家の紋章の入った馬車を見つけたのだ。そして一瞬見えた人影は金髪の美しい少年の姿。
あれは、王子様だわ!
そしてわたしはまた閃いた。公爵家の馬車では失敗したが、今度は成功するかもしれない……。
「きゃあっ」
「あっ!まさか人がいるとは……大丈夫ですか?!」
この国の王子が、馬車から
「は、はい……申し訳ありません、わたしがよそ見をしていたせいで……あっ、痛い!」
「大変だ!ケガをしているじゃないか!」
「たいしたケガではありませんから、お気になさらないで……いたっ」
「急いで手当てしなければ……早く馬車に乗って下さい。城で手当てをさせましょう。王家専属の一流の医師が揃っていますのでご安心を」
「まぁ、王子様はなんてお優しいのでしょう。公爵家の方はあんなに冷たかったのに……」
ポロリと涙を溢すその姿に、こんなに可愛らしい少女が涙を流すなんてと王子は胸が痛んだ気がした。
「こ、公爵家がどうかしたのですか?」
「実は、さっきアバーライン公爵家の馬車に轢かれかけて怪我をしたのですが、手当てどころか下町に放り出されたのです」
「なんて酷い……!」
少女の言葉に王子は怒りを露にした。アバーライン公爵家と言えば貴族の中でもトップクラスの存在なのに、まさかそんな事をするなんてと拳を震わせる。
「泣かないで下さい。そうだ、よければ僕の友達も紹介いたしましょう。他にも悩み事があれば僕らが相談に乗ります。……あの、お名前を伺っても?」
王子がそっと少女の手を握ると、少女は涙に濡れたエメラルド色の瞳を輝かせた。そして誰もが目を奪われる薔薇色の微笑みを浮かべたのだ。
「わたしの名前は────」
この少女の名前は、フィリア・ダマランス男爵令嬢。
今、3年前に果たすはずだった攻略対象者との出会いイベントが行われた。