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第13話  〈閑話2〉続・おねぇ執事さんとお嬢様を見守り隊(厩番視点)

 アバーライン公爵家使用人の朝はやたら早いんス。


 飯は美味いし給料は破格なんスけど、やたら厳しいのが玉に瑕ッス。特にこの間、末っ子のお嬢様が事件に巻き込まれて心の病だとかなんとかで……てんやわんやッスよ。正直、オレはまだ雇われたばっかりで日も浅いし末っ子お嬢様の顔も見たこと無いんスけど。


 まず「全ての使用人は早朝の訓練を欠かしてはならない」なんて掟があるらしいッス。寝てたら同室の奴に叩き起こされたんスけど。そんなこと聞いてないんスけど。え、執事長様が言ってた?あー、確かに執事長様は人間離れしたウルトラじぃさんスから言いそうッス。あの人、絶対人間じゃねぇっスよ。


 それにしても、よくもまぁそんなに張り切れるッスね?あんただって普段の仕事は野菜の皮剥きくらいデショ?……どうせ執事長様も見てないんだし適当に手を抜けばいいのに。


 こちとら雇ってもらうための試練なんか合格するまで1週間もかかったし、新人研修だって1ヶ月もかかってやっと終わったばっかりだってのに……これじゃあ正直萎えるッスよ。


 執事長様曰く「1日休むと勘を取り戻すのに3日かかる」んだそうッス。確かにアバーライン公爵家は敵が多いって聞くッスけど、貴族なんてみんなそんなもんデショ?大袈裟なんスよね。ほら、あそこに見える侍女のサーシャさんなんかせっかく美人なのにあんなものぶっ放して……やっぱ萎えるッス。


 いや、護衛とかならまだわかるッスよ?それに双子のお嬢様方の専属メイドは諜報部員みたいなこともしているって聞くッスし。


 ……でも、厩番のオレにまでその訓練って本当に必要っすか?オレの仕事って馬の世話であって必殺仕事人になるつもりはないんスけど。


「おい、ちゃんと真面目に訓練しろよ!そんなんじゃ……あ、ライルさんだ」


 同室の奴はオレのやる気のない態度に眉をつり上げたッスが、すぐに笑みを浮かべてとある方向を指差したッス。


 その先にいたのは……確か、末っ子お嬢様が自らスカウトしてきたとか言う少年だったッス。あんな子供に執事をさせるなんて貴族の道楽ってわかんねぇッスね。


「あぁ……どうせお嬢様のわがままのお遊び執事デショ?こっちはあんな苦労して試験受けたってのに、あんなひ弱そうな子供がいきなり執事になれるなんて世の中不公平ッスよねー」


 執事だとオレらよりきっと給料もいいんッスよね。うーん、やっぱり顔ッスかね?なんか女の子みたいなきれぇな顔してるし、顔がいいとお得ッス。オレもあんな顔に生まれたかったッス。そしたら何の苦労もせずに暮らせたのになー。


 そう思ったら余計にやる気が無くなったオレはその場に座り込んだッス。そしたら「この馬鹿野郎!」となんかめちゃくちゃ怒られたんスけど?!


「お前は何を言ってるんだよ?!ライルさんは執事長様の試練と新人研修を公爵家始まって以来の最速でクリアしたんだぜ?!しかも執事になるってんなら俺らよりもっと厳しい内容に決まってるだろ!お前は厩番候補だったから1番楽な試験だったはずだぞ」


「へ?」


「しかも下っ端の使用人候補ならやる気さえ見せれば何度でもやり直しが可能だけど、お嬢様の専属執事となったら一発合格のみ……もしも不合格だったらお嬢様を悲しませない為に密かに消すつもりだったって執事長様が言ってたの聞いたからな!まさに命懸けの試練ってやつだ」


 消されるって、そんな物騒な。


「ライルさん、すげーよな!憧れる~!執事長様に認められて最速でセリィナお嬢様の専属執事……しかもシゴデキで有能!あの事件でもセリィナお嬢様を守ってくれたっていうし、もはや公爵家の恩人だよ!」


「末っ子お嬢様がなんか事件に巻き込まれたってのは聞いたッスけど……跡取りってわけでもないのに公爵家の恩人ってのは大袈裟じゃないッスか?」


 あの新人執事がすごいのはわかったッスけど、やっぱり言い過ぎだと思ったんで言い返したら今度は頭にゲンコツが飛んできたッス。


「いてっ!なにするんッスか?!」


「お前は本当に何もわかってないんだな?!」


 それからオレは末っ子お嬢様がどれだけ旦那様たちに溺愛されているかを延々と語られたッス。まさか、あの(厳つい顔の)旦那様が?とてもそんな風には見えないんスけど。


 すると例の新人執事の訓練が始まったッス。オレはそれを見て開いた口が塞がらなくなったッス。


 なんスか、この訓練?!動きが早すぎて“オレの目”が追いつけないなんて……すごっ、投げたナイフが全部的の中心に当たってるッス?!え、そんなことまで……なんで出来るんッスかぁ?!


 どう見てもオレの十倍の訓練を半分の時間で終えた新人執事は懐から懐中時計を出して「あら、そろそろセリィナ様がお目覚めの時間だわ」と呟いて足速に行ってしまったッス。


「今の喋り方……もしかして女の子ッスか?」


「何言ってんだよ。ライルさんは“おねぇ”だってローゼマインお嬢様とマリーローズお嬢様がおっしゃっていたじゃないか。ちゃんと朝礼に出て真面目に仕事しないとそろそろクビにされるぞ」


 おねぇ……とは?


 それからオレは、妙に新人執事……“ライルさん”が気になってしまったッス。


 いつの間にか目で追うようになると、ライルさんは本当に凄かったッス。末っ子お嬢様のお世話をひとりでやって、さらに執事長様の手伝いまで。公爵家にきてオレよりも日が浅いのにどうやら使用人全ての名前を覚えているそうで、オレも名前を呼ばれた時は驚いたッス。


 それからしばらく経ったある日、ライルさんが馬小屋へやって来たッス。


「こんにちは、ウォーグさん。ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら?」


「ふへっ?!」


 なんでも末っ子お嬢様に馬を触らしてやりたいそうッス。なのでおとなしい子馬を見せて欲しいと。それから人払いやらなんやらお願いされて────運命の日がやってきたッス。


 オレは末っ子お嬢様に見られないように隠れていたッス。そこへライルさんがやってきて……腕の中にはまだ幼い末っ子お嬢様の姿があったッス。


 初めて顔を見た末っ子お嬢様は可愛らしい女の子だったッス。事件に巻き込まれて人間嫌いになったって聞いたッスけど、ライルさんには笑顔を向けていたッス。そして、周りに誰もいないのを確認して子馬の元へ行くとそっと鬣に触れてそれはそれは嬉しそうに笑ったんスよ。


 すると末っ子お嬢様は少しモジモジしながらライルさんに小さな袋を渡したッス。ライルさんがそれを受け取り中を見ると、何か紐のようなものが出てきたみたいッス。


 オレはで、遠く離れた場所や素早く動くモノでもよく見えるんスよ。


 だから……オレにはがなんなのかはっきりわかったッス。


 それは、白いシルクのリボンに緑色のクレヨンで色を塗った“緑色のリボン”だったんスよ。



「……ライルの髪、伸びてきたから……プレゼントしたくて…………」


 ライルさんの鮮やかなワインレッドの髪に緑色がよく映えて似合ってるって思ったッス。なんでもライルさんに内緒でプレゼントしたかったらしいんスけど……自分の持っていた白いリボンにクレヨンで色付けするなんて……。


 ライルさんはめちゃくちゃ嬉しそうに笑って末っ子お嬢様を抱き上げたッス。末っ子お嬢様も……セリィナお嬢様も笑っていて、なんだか、なんだか……!




 ────尊い!!



 オレは感激したッス。心が浄化されるってこの事ッス!そしてやっとわかったんスよ。


 みんなが、公爵家が、セリィナお嬢様を溺愛する理由が!!






 ***









「サーシャさーん、12時の方向5m先に来客がいるッス~!」


「りょうかーい!」


 オレは今日も公爵家の為にをするッス。オレの目はさらに鍛えられて今では“お屋敷の周辺”なら全部見えるッスから!


「サーシャさん、今日も絶好調ッスね~」


「ウォーグくんの目のおかげでいつもより早く終わったわ!見張りは交代して一緒に休憩しましょ。フフフ……セリィナお嬢様とライルさんのお庭デートが見える穴場スポットがあるのよぉ」


 悪い顔(笑)をしたサーシャさんにそう言われてオレは即答したッス。


「是非お供するッス!」






 こうして、ライルとセリィナのふたりはどんどん見守られ続けるのであった。







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