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第12話  おねぇ執事の確信(ライル視点)


 アタシは先程のセリィナ様の事を考えていた。


 セリィナ様の行動がいつもと違っていたのが妙に気になる。確かに今日は少しはしゃいでいたが、普段から常に何かに怯えていてとても慎重に行動する子なのに……なぜかだけは異常に無防備な行動をしたからだ。そしてを見た時のあの反応は────。


 視線を動かし、自分の隣を不満気な顔で歩くセリィナ様と同じ髪色と瞳の色をした少女を見た。


 プラチナブロンド色の髪もエメラルド色の瞳も濃淡の差こそあれど貴族にはよくある色だし、そんなに珍しいことではない。ただ、その少女からはなんとも妙な違和感を感じていた。セリィナ様のあの絶望的な顔を見てしまったからには、この少女をセリィナ様に近づけてはならない。アタシの中でそう何かが警鐘を鳴らすのだ。


「……ねぇ、あなたは公爵令嬢とはどんなご関係なんですか?」


 少女が突然、腕をぐいっと引っ張ってくる。心配そうに眉を下げているが、口の端は笑みを堪えているように時折ピクついているように見えた。


「……あら、どうかいたしまして?」


 セリィナ様は庶民の間でも有名人だ。3年前の事件はまさに平民たちの賑わう祭りの真っ只中での犯行だったし目撃者も多かった。なによりこの街の人間たちが慕う公爵家の大切な末娘である。セリィナ様があの事件以来、人を怖がっていると知ってもそれを悪く言う者はこの公爵領内にはいない。公爵家を妬んだり逆恨みしている一部の貴族がセリィナ様のことを面白がって悪く言っているだけなのだ。それを真に受けた愚かな輩がどんな破滅の道を辿るかは良く知っている。


 この少女が「公爵令嬢」と言ったときの目を見れば、セリィナ様にどんな感情を持ってるかなんてすぐにわかった。



「あなた、あの公爵令嬢に顎でこきつかわれているのでしょう?」


「……」


「わたしにはわかるの。だってあの公爵令嬢はキズモノだから綺麗な人を妬んで酷いことをするのよ!だからわたしがあなたを助けてあげるわ♪」


 たぶん、普段から自分が可愛く見える角度や仕草を研究しているのだろう。そんな言動が手にとってみるようにわかる。アタシが何も言わずににこりと微笑むと、都合の良い勘違いをしたのか少女は興奮気味に続けた。


 この少女は気付いていないみたいだけど……今のアタシ、きっとセリィナ様には絶対に見せられないような目付きをしている自覚があるわ。


「あなたみたいに綺麗な人、見たことないわ……わたしね、綺麗な物が大好きなの!わたしの物になってくれたらあんな公爵令嬢よりもっと大切にしてあげるわ!」


 幼い頃のセリィナ様に言われたことがある。


『ライルの側にいる時だけは、安心していられるの。きっとライルがすっごく綺麗だからね!』


 セリィナ様はもう覚えてないかもしれないが、アタシが実は男で下町の飲み屋で働いていたなんて知られたら公爵令嬢なんて地位のある人間からはすぐに嫌がられると思っていた。でもセリィナ様はアタシのそんな不安を一瞬で消してくれた。



 あのお嬢様はアタシの“全て”を「綺麗だ」と受け入れて、認めてくれるのだ。同じ「綺麗」でも、この少女とセリィナ様の「綺麗」は全然違う。


「髪色はなんだか変わった色だけど気になるなら染めればいいし!あ、わたしはそんなこと別に気にしないわよ?そうだ、男装の麗人になってわたしの側にいてくれればきっと誰もが羨むわよ────」


 うっとりとした顔でアタシの髪に手を伸ばそうとした少女の腕を思わず少しきつめに掴んでしまった。セリィナ様がお気に入りのこの髪に勝手に触れられると思ったら鳥肌が立ちそうなくらいとてつもなく嫌だった。


「痛い!なにをす……」


「……お医者様の所に着きましたわよ」


 少女の手を離すと、アタシはにっこりと笑顔を見せてこじんまりとした下町の医師の家を指差した。


「な、なによここ……こんな汚いところ病院ですらないじゃない!」


「あらぁ、ここのドクターは庶民的だけどとても有能な方なのよ。もちろん診察料と怪我をさせた慰謝料も欲しいならちゃんとお支払いするので安心して診てもらってくださいな」


「あ、あんたねぇ……!」


 さすがにアタシの失礼な言い方には気付いたのか少女は怒りで顔を歪ませてアタシを睨んできた。普段であればもちろんこんな態度などしないが、すでに嫌悪感でいっぱいなので仕方が無い。相手が女の子でなかったらとっくに埋めてるわ。


「なんじゃい、騒がしいな」


 家の前で騒いだせいかすぐに主であるドクターが顔を出してきた。白髪に白髭のいたって平凡な老人が白衣を着て姿を現すと、チラリとアタシに目配せをしてくる。


「ごめんなさい、ドクター。怪我人をお連れしたので見ていただけるかしら?」


「ん、お前さんか……。怪我人とはそこのお嬢さんかい?」


 ドクターが深いシワの刻まれた手を少女に向かって出すと、少女は怒りの表情のままその手を避けた。


「触らないでよ!こんなヨボヨボのヤブ医者なんかに診られるのなんかごめんだわ!もういい!あとで後悔しても知らないんだから!」


 そして一気に吐き捨てるようにそう叫ぶと、そのまま走って消えてしまったのである。


「……ずいぶん元気な怪我人じゃなぁ。あれなら問題ないじゃろう」


「そのようね。せっかく最高位のお医者様の所へ案内したのに……残念だわぁ」


 ライルが肩を竦めてため息混じりにそう呟くと、ドクターは白髭を撫でながらニヤリと笑った。


「なぁに、今は確かに下町のしがないヤブ医者じゃよ」


 なにを隠そうこの老人、10年前まで王家専属の医師団を纏めていたロイヤルドクターの称号を持つ者でこの国の医者にとっては雲の上の存在のような人物なのだ。


「しがないねぇ……よく言うわぁ」


 このドクター、弟子が有能に育ったのと高齢であることを理由に引退して今は下町でひっそりと医者をやっている。だが退職金をたんまりもらったからと平民たちからは金をとることはなく、いつでも気軽に診療してくれるおじいちゃん先生として馴染んでいた。だが平民は無料で診ても貴族を診療することは滅多になく、一部の貴族が自分たちの専属医師になって欲しいと血眼になって探しているような人物である。


「元気にやっているようで安心したわい。また色気が増したようだのぉ」


「あらやだ、誉めてもなんにもでないわよぉ」


 アタシは昔、ちょっとしたことで知り合ってからこの老人をとても信頼していた。アタシが訳有りで下町で働いていた頃の事をよく知っているドクターは、“アタシの秘密”を知り理解してくれている数少ない人物でもあるのだ。


「今日は急にごめんなさいね。そろそろセリィナ様の所へ戻らなくちゃ」


「いつでも来なさい。そのうちお前さんの大切なお嬢様を紹介してくれると嬉しいんじゃがな」


 そう言って再び白髭をひと撫でしたドクターに「ふふ、そのうちね」とウインクすると、ドクターは「元気そうで安心した」と、笑った。


 なんだか疲れちゃったから、早くセリィナ様の顔が見たいわ。それに────ロナウドさんに報告すること、増えちゃったわねぇ。



 なにせ、セリィナ様をのひとつがわかったんだもの。







 セリィナの悪夢には、あの少女が関係しているはずだと……ライルは直感で確信していたのだった。




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