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第11話  悪役令嬢とヒロイン②

 “ヒロインだ”と、直感的にそう思った途端に体の熱が一気に失われた気がした。


 どうしてここにヒロインがいるのだろうか。ゲームで悪役令嬢とヒロインが出会うのは15歳になって学園に通いだしてからのはずなのに……。このまま気を失ってしまいたい衝動にかられたが、私は必死に意識を保っていた。




「セリィナ様!怪我は……大変、こんなに震えて顔色も悪いわ。あ……そこのお嬢さんも怪我はないかしら?」



 言葉を失い黙ったまま震えている私をライルが支えてくれる。そして目の前のヒロインにも心配そうに声をかけた。



「いえ、こんなのかすり傷ですから平気です……あ、痛いっ」


 ヒロインは少し擦れて赤くなった手を庇うようにおさえた。その仕草ひとつひとつが可愛らしくて確かに男性から見れば庇護欲を唆るのだろうと思う。


「いけないわ、ちゃんと手当てしないと。お嬢さんはどこのお家の方かしら?とにかくお屋敷に────」


 ぎゅっ。


 ライルがヒロインを馬車に乗せようと手を伸ばした瞬間、私は思わずライルの服の裾を思わず掴んでしまっていた。


 ライルも、やっぱりヒロインを好きになるのだろうか?そんな不安が出たのか、たぶん私は酷い顔をしていたはずだ。ライルは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに微笑むと何も言わずに私の手を包むように握って頷いた。


「……そうね、お屋敷に行くよりもすぐにお医者様に見てもらった方がいいわね。じゃあ、セリィナ様はお店で待っていてちょうだい」


「う、うん……」


 するとライルはちょうど様子を見る為に店から顔を出してきた店主に事情を説明して私を奥の部屋へと案内させると、ヒロインを連れて公爵家とは反対方向に歩き出したのである。


「え、歩いて行くのですか?」


「この近くにとぉっても有能なお医者様がいらっしゃるのよ。でも道が狭いから馬車では通れないの。こちらの馬車はここで待機させておくから、アタシが案内するわね」


「あ、いえ。でも、お医者様に見せるほどではないかなって……お、お屋敷で手当てしてくださればい「あらぁ、いけないわ!もしも傷が残ったら大変ですものぉ。さぁ、行きましょうねぇ」えぇぇぇぇ……」


 ライルはずるずると引きずるようにヒロインを連れていってしまった。途中でヒロインが「やはり馬車で────」とか「せめて公爵令嬢に挨拶を────」とか「これじゃ予定とちが────」などと叫んでいるのがわずかに聞こえていたが、それもすぐに聞こえなくなった。



「……もう見えなくなりましたよ。ご気分はどうですか?」


 窓の外を覗いて確認した店主がそう言って私に声をかけてくれた。ライルがお気に入りだと言うこの店主は少しふくよかな体型をした優しそうな中年女性だ。前世の世界観で当てはめるなら昔ながらの商店街にありそうな食堂のおばちゃんをかなり上品にした感じだろうか。


「……あ、あの…………」


 優しそうだと思うし、実際顔色の悪い私を気遣ってくれている。ライルもこの人を信用しているからこそ私を預けたのだとわかってるけれど……でも、ゲーム画面のどこかにはいた気がした。


 きっとヒロインの事を知ればこの人も私を────。そう思ったらまっすぐ顔を見れなかった。しかしそんな私を見て怪訝な顔をすることなくにこやかに微笑んでいる。


「うふふ、わたくしのことはお気になさらずに。事情は聞いていますから、どうぞゆっくりなさっててくださいな。ライルさんがお戻りになったら、お茶をいたしましょう」


 そう言って部屋から出ていってしまった。私が外ではライルの毒味が無いと何も口にしないことを知っているようだった。それもこれも毒殺エンドを思い出したせいで体が拒否してしまうからなのだが、ライルが用意してくれたものならそのまま食べられるのにそれ以外はどうしてもダメなのだ。


「……」


 ひとりになると、少しだけ緊張がほどけて呼吸が楽になった気がした。さっきは心構えもなく突然にヒロインと遭遇してしまったからかなり混乱してしまったかもしれない。でもヒロインからすれば嫌な態度だったわよね。馬車に乗せるのを拒否したようなものだし……。なぜこのタイミングで出会ってしまったのかはわからないが、悪役令嬢としての第一印象は最悪だ。


 でも、もしあのままヒロインが馬車に乗って公爵家の屋敷に来ればきっと家族は本当の娘であるヒロインに気付くだろう。または気付くキッカケになっていたはずだ。そうしたらきっと私はすぐに追い出されてしまう。それとも、ヒロインに怪我をさせた罪で断罪されるのか……。とにかく、もう少し時間が欲しかった。




 そしてなにより、さっきの私の不自然な行動。落ち着いて考えればおかしすぎる。


 そう、きっとあれは────ゲームの強制力だ。


 それにしたって出会いが早すぎると思った。王子ルートであれ、他の攻略対象者のルートであれ、多少シチェーションは違っても悪役令嬢とヒロインの出会いは必ず15歳の時のはずだったのに。私が悪役令嬢の役目を嫌がっているから、強制力が軌道修正しようとしているのだろうか。


 しかしヒロインが現れた以上、やはり運命の時は着実に迫ってきているのである。


「……自分で、なんとかしなきゃ」


 誰に聞かせるでもなくそう呟き、私は深く息を吐いたのだった。








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