やってしまったぁぁぁぁぁ!!
朝日の眩しさに目が覚めた瞬間。私は一気に現状を把握して後悔のあまり天を仰いだ。
あああ……だって私が寝てるのって、どう見てもライルの部屋のベッドじゃないのよぉぉぉ!!?
私には未だに、自分ではどうにも出来ない
前世の記憶を思い出しライルと出会ったあの日、私が泣きじゃくりライルにしがみついて離れなかったと言う話を覚えているだろうか?ライルにくっついていると“守られてる”って感じがすごくして、あの安心感が忘れられないのだ。そのせいか、私は例の悪夢を見て不安にかられるとついライルの顔を見に隣の部屋に忍び込んでしまっていた。
最初の頃はそれこそガッツリとライルの寝床に潜り込んではそのまま抱きついて寝るなんて、まるで痴女みたいな所業をやっていたのだ。私にがっちりホールドされたままライルが起きないはずがなく、何度も眠れぬ夜を過ごしているはずである。それでもライルは私に怒ったりしない。いつもいつも「セリィナ様の可愛い寝顔を特等席で見られるなんて役得だわ」と優しく笑って頭を撫でてくれた。
徐々に気持ちが落ち着いてくると、“精神年齢17歳の私の部分”があまりの恥ずかしさに悶え死にそうなってしまった。しかし本能にも抗えないでいた。
あれだ、生まれたてのヒヨコが初めて見た相手を親だと思い込む的なあれなやつだ。もはや私はヒヨコなのだ!(混乱)
それでも最近は、つい無意識に忍び込んだりしてもライルの顔を見たりライルの部屋の空気を吸って気持ちが落ち着いたらすぐ自分の部屋に戻るようにしていたのに……。いや、おねぇとは言え曲がりなりにも男性の部屋に忍び込む事自体がすでにアウトだとはわかっている。わかってはいるが、恐怖で混乱した
しかし久々にやってしまった。いや、久々だったからこそかもしれない。ちょっとだけのつもりだったのに毛布の中に潜り込んでしまいそのまま朝まで寝てしまうなんて……いくら見た目が10歳とはいえ、これじゃあやっぱり完璧なる痴女じゃないかぁぁぁ!!
昔ライルが「セリィナ様は公爵令嬢なんだから、執事と一緒のベッドで寝るのはいささか問題が……」と戒めてくれた時に「だってライルの側は落ち着くんだもん!」なんて無邪気に返事した
しかもライルは私に気を使ってソファで寝てたみたいだし……申し訳なさが半端ないのだ。
うがうがと身悶えしていると、部屋の扉がノックも無く開いた音がしてビクッと反射的に身構えてしまった。するといつもの優しい声が私を包み込む。
「────あら。セリィナ様、起きてたのね」
「……ライル」
珍しく汗をかいているのか、手拭いで顔を拭いながら入ってきたライルが「ふふっ、寝癖ついてるわよ?」と笑った。
よく考えればここはライルの部屋なんだからライルが入ってくるに決まっている。思わずホッとして体の緊張が取れると、力が抜けたのかバランスを崩してしまった。「あ」と、そのまま床に落ちるかと思いきや……いつの間にか側に来ていたライルに抱き留められていたのだ。
「セリィナ様は相変わらずお転婆さんねぇ」
「あ、ありがとう……」
ふわっとほんのり甘いライルの香りがして、なんだか寝ている間もこの香りに包まれていた気がしてしまった。いつも思うけれど、ライルにくっついているとあの悪夢を見ないのよね。……そしてなんだか幸せな夢を見ていた気がする。どんな夢かは覚えてはいないのだけど。
「あの、ライル……ごめんね?またベッド占領しちゃって……」
ライルに抱き上げられてベッドに戻されるが、ライルの安眠を邪魔してしまった事を考えるとやっぱり申し訳なさが込み上げてくる。俯きながらしどろもどろと謝る私の頭にそっとライルの手が置かれた。
「────セリィナ様」
反射的に顔を上げると、ライルのアメジスト色の瞳が真っ直ぐに私を見ている。そしてライルはもう一度私の名前を呟きながら優しく微笑んだのだ。
「セリィナ様、今日はアタシとドレスを作りに街へ行く約束よ。せっかくのお出掛けなんだから、寝癖は直さなくっちゃね」
「へっ、寝癖そんなに酷いの?!」
慌てる私を見て、そのまま手を動かして跳ねた髪を撫でながら「しょうがないわねぇ」と微笑んでブラシを準備するライルは楽しそうにも見える。
そして素早く寝癖を直してくれたライルに促されて自分の部屋へ戻ると、すでに今日の服やお出掛けの準備が万全に用意されていた。本当なら公爵令嬢となれば着替えやお風呂なんかも侍女やメイドの手を借りるものなのだが、私は前世の記憶のおかげでほとんど自分で出来る。ライルが用意してくれていたのは、ちゃんとそれを考慮してひとりで着れる可愛らしいレースのワンピースだった。
「紅茶とサンドイッチまである」
ライルが用意してくれた物なら不安にならずにいられる。私はサンドイッチをひと口齧ってからワンピースに袖を通すのだった。
***
私が着替えを終えると、タイミング良くライルが部屋にやってきた。私はその姿を見て歓喜してしまう。
だって、ものすごく綺麗なんだもの!
「ライル、すっごく綺麗!」
「あら、嬉しいわぁ」
目の前にはまさに美の結晶がいる。鮮やかな紅色をしたマーメイドスタイルのワンピースを着たライルはそんじょそこらの美女なんか足元にも及ばないくらいの絶世の美女だった。
着ているワンピースもけっして派手な形ではなくシンプルなデザインだが胸元を飾る薔薇のレースが華やかでしつこくない色気を醸し出している気がする。
「ライルはやっぱり美人だわ!初めて会ったときも綺麗なお姉さんだと思ったけど今のライルなら女神様も嫉妬するわね!」
そして、つい邪推してしまうのが薔薇のレースで隠された胸元だ。ライルはスレンダーだが、見方によっては……あるようにも見える気がする。そもそもこの世界にはそうゆう手術的なものってあるのかしら?
すると私の視線に気付いたライルは「あら、気になるのぉ?」といたずらっ子のようにウインクした。
「オンナは秘密がある方がミステリアスでいいでしょ?」
「……うん、わかった!」
とにかく綺麗だから、なんでもいいや!
普段は執事服ばかりなのでついテンションが上がってしまったが、ライルの私服はだいたい女性物だ。“おねぇ”たるもの身だしなみはちゃんとしないといけないらしい。まぁ、執事服のライルも綺麗でかっこいいけどね!
そんな感じで、悪夢のことなどすっかり忘れた私は意気揚々と公爵家の馬車に乗り込み目的のお店まで街並みを見ながらご機嫌でいられた。
なんだかんだと引きこもり気味であまり外に行かないので久々の外出を楽しんでいたのだ。馬車の中から覗くくらいなら他の人に絡まれることもないし、なによりライルが側にいてくれるから怖くない。
だからか、ちょっとだけ気が緩んでいたのかもしれない。
普段なら、絶対にライルが外を確認してからじゃないと馬車から出たりしないのに。それなのに。
お店の前についた途端、なぜか私は馬車から飛び出した。
「危ないわ!」
ライルの声にはっと我に返った時にはもう遅かったのだ。
私はなぜか
「いたた……ご、ごめんなさ────」
その
そこにいたのは、私と同じ髪色と同じ色の瞳をした同じ年頃の少女。でも同じなのは色合いだけでその姿は誰からも愛されるような儚げで可愛らしい顔立ちをした
「も、申し訳ありません。公爵家の馬車を見かけて、つい近くで見たくなって────」
“ヒロインだ”
直感的にそう思った途端に、目の前が真っ暗になった気がした。