「くそっ!アバーライン公爵め……!」
このベルザーレ国の現国王であるブレーグス・ベルザーレは届いたばかりの手紙を握り潰すと悪態をついた後、深いため息をついて頭を抱えた。
「ミシェルに続き、王妃までもがとんでもない事をしてくれた……」
その手紙はアバーライン公爵からの“返事”であった。王妃が自分には何も言わずに勝手にアバーライン公爵家に婚約の打診をしていた事をこの手紙で初めて知ったのだ。元々気の強い性格で思い込みが激しかったが、まさかこんな恥の上塗りをするとは思っていなかった。いや、本人はこれが最善だと信じているのだろう。そしてアバーライン公爵が必ず了承すると思っているのだ。
現実はさらに怒らせただけだったわけだが。オブラートに包んではいるが、この手紙からはどれだけアバーライン公爵がブチギレしているかがよくわかる。下手をすれば暗殺者を向けられるんじゃないかと思ったくらいだ。
セリィナ嬢の断罪劇が失敗に終わり、ミシェル王子が軟禁されフィリアが牢に入れられたと聞いて震え上がる者たちが少なくとも数名いた。どれもセリィナ嬢の断罪劇に少なからず手を貸した者たちだ。その者たちがひっそりと闇に葬られているらしいと、恐ろしい話を聞いたばかりだったブレーグスは震え上がった。
あの断罪は間違っていた。しかもとんでもない冤罪だ。
アバーライン公爵家に対していい感情を抱いていない
国王であるブレーグスがアバーライン公爵家を毛嫌いしているのはアバーライン公爵自身も察しているだろうが、あの公爵家はとても優秀だ。噂を囁く以上の手出しをさせないためにもアバーライン公爵は牽制も込めてこの国の下地をしっかりと支えてくれていた。それは全てセリィナ嬢を守るためのことだわかっている。だからこそ、嫌がらせのような事はしていても表立っての手出しはしないでいたのだ。
それなのに今回はそのアバーライン公爵家が最も大切にしているセリィナ嬢をあんな場で断罪するなんて失態をおかしてしまった。一応ミシェルに罰を下したと知らせた後は何も言ってこなかったのでほっと胸を撫で下ろしたばかりだったのに……。
あんな目に遭わせたセリィナ嬢をミシェルの婚約者にしたいだなんて、そんな事をアバーライン公爵が喜ぶはずがないではないか。王家はアバーライン公爵家に真っ向から喧嘩を売ってしまったのだ。きっとアバーライン公爵はこの喧嘩を買うつもりだろう。これまで大人しかった分、どれほどの報復が待っているか想像するだけで恐ろしい。
今からでも謝罪するべきだろうか?王妃が勝手にしたことであって決して王命ではないと説明するか……いや、やはりミシェルをもっと厳罰に処して反省しているとアピールするのはどうだろうか?
もちろん息子は可愛いし、妻だって愛している。だがブレーグスは己の身が一番可愛いのだ。アバーライン公爵の報復が自分に集中するのはどうしても避けたかった。
どうすればいいのか……。どれだけ頭を悩ませても答えが出ずにいたそんな時、ユイバール国から使者がやって来たのだ。
「なんと、これは……」
あの国は閉鎖的でほとんど交流はないが、今代の王であるルネス国王はかなり血の狂った恐ろしい男だと噂を聞く。特に自分たちとは違う肌の色やあの赤い髪がなんとも不気味だった。
そんなルネス国王から直々に文書が届いたのだ。正式に訪問したいと言う内容で、これからは国同士の交流を深めたいという理由にも驚いた。
正直に言えばうまい話だと思った。あの国は閉鎖的ではあるがかなりの力を持っている。他の国もなんとかして探りを入れたいと模索しているが全て拒否されていたのに、そのユイバール国から打診があったのだ。この事実は他の国からも一目置かれる事になるだろう。
“運が向いてきた”
ミシェルのせいで公爵を始め他の上位貴族からの信頼も揺らいでいる今、あのユイバール国と懇意になれるのは王としての信頼回復の切り札になるはずだ。
そして手紙の続きを読み、ニヤリと笑いそうになる。なんと、公爵家がルネス国王の御落胤を隠していると言うではないか。それはとんでもなくスキャンダルな内容だった。
ルネス国王から公爵にその者を返して欲しいと打診をしたが返事がなく、悪巧みに巻き込まれて人質にされている可能性があるのでそちらの王家で保護して欲しいとのこと。無事に保護してくれればユイバール国の王太子を救ってくれたとして今後はとても良い友好関係が築けるはずだ。とも書かれていた。
これを上手く利用すれば、気に入らない公爵家に頭を下げることも可愛い我が子に罰を与える必要なもなくなるはずだ。と。王妃がしでかした失態だって帳消しに出来るだろう。
ブレーグスは脳内で幸せな未来をイメージしていた。
あの恐ろしい王の信頼を掴んだ唯一の男になれる────。そうすれば周りの人間から羨望の視線を集めるだろうと思うと、それまで萎んでいた自分の心が一気に膨らむのを感じたった。