「兵士の方々、申し訳ございませんが今は当主が不在でございます。それに、
無作法に部屋を荒らそうとする兵士たちに向かってロナウドが丁寧に頭を下げた。しかし兵士たちは聞く耳を持たず「うるさい!」とロナウドを突き飛ばしたのだ。
「あなたたち!ここがアバーライン公爵家だと知ってこんなことをしているのかしら?!」
「いくら国王からの命令とはいえ、当主が不在の時にこんな暴挙が許されるはずありませんわ!ちゃんと正当な理由と令状はお持ちなの?!」
「えぇい、うるさい!これは国王からの特命だ!逆らうと国家反逆罪だぞ!」
「「きゃあっ!」」
お姉様たちも訴えるが兵士たちはそれをはねのけてさらに部屋を荒し続けた。壁際にあった調度品が派手な音を立てて割れてカーテンまで切り裂かれている。こんなのまるで野盗の家探しだ。
「……ローゼお姉様、マリーお姉様!大丈夫ですか?!」
「セリィナ、ここは危険だわ」
「あいつら本気みたいよ。……ロナウド、セリィナを安全な場所へ連れていかなければ……」
「それはお嬢様方も同じです。御三人共ここから移動を」
「お父様がいないときを狙うなんて……」
なにがどうなってるのか全然わからなくて、思わずローゼお姉様の服の裾を掴んだ。そして、手が震えている事に気付いた。
どうしてこんなことになっているのだろう?ただわかっているのはライルがこの屋敷にいなくて、王家がライルを探しているというだけ。確かにライルはどこかの国の王族だろうけど、なぜこの国の王家がライルを探そうとしているのだろうか。
「どうして……」
もしかして、悪役令嬢の私がライルを好きになってしまったから天罰が下ったのだろうか。そんな考えが脳裏に浮かび、私はその場に崩れ落ちそうになってしまった。
お姉様たちがそんな私を両側から支えてくれながら何かを確認するかのように、こくりと頷きあっていた。
「セリィナ、しっかりしなさい。ここからが本番よ!アバーライン公爵家の底力をやつらに見せつけてやらなくてはいけないのですからね!」
「そうよ、へこたれてる場合ではなくてよ!緊急事態ですもの……ロナウド、いいわね?」
「はい、お嬢様方。これより防衛モードを発動いたします────お覚悟はよろしいですね?」
そう言って、ロナウドがモノクルを指でくいっと押し上げた。すると、ロナウドを始めとする使用人たちが一斉に私とお姉様たちの前に集まり出したのだ。
「ロ、ロナウド……みんなも、その格好はどうしたの……?!」
なんと、侍女やメイドたちがそれぞれナイフや小型銃を持っているではないか。従僕は細身の剣を二刀流にして携えているし、庭師に至ってはライフル銃を掲げている。さらに料理長は巨大なナイフとフォークをギラつかせていた。
えっと、サーシャが担いでるのってまさか機関銃じゃないの……?サーシャの細腕で担いでるとは思えないほど大きいんだけど。
驚きのあまり言葉を失っている私に、ローゼお姉様とマリーお姉様が「「ふふっ」」と笑ってみせた。
「セリィナ、ここはアバーライン公爵家。そしてここにいるみんなはその公爵家の使用人なのよ?」
「毎夜やってくる不届き者を片付けているんですもの、武器のひとつやふたつ扱えなくてはここの使用人は勤まりませんわ」
お姉様たちの言葉に呆然としていると、ロナウドが一歩前に出る。ロナウドは武器を持ってはいなかったが変わった構えをしていた。前世の記憶で言えば空手とか合気道に似ている気がするけれど、少し違う。ただ、
「……例え国王の使いであろうと、アバーライン公爵家での狼藉をこの使用人一同決して許しはしません。────やつらは賊だ!今すぐ引っ捕らえろ!」
「「「イエッサー!
そして使用人たちが今まで見たことの無い動きをしたかと思うと、次々と兵士たちを無力化していったのである。その流れるかのような動きに唖然としてしまった。
……いやいや、ほんとにちょっと待って?昨日まで穏やかな顔で刺繍を教えてくれていたサーシャが「いくわよー!」と元気よく銃をぶっぱなしてるんだけど?!脳の処理が追いつかないわ!
「セリィナ、あなたはここから離れないといけないわ」
「で、でも……」
「そうよ、もしもセリィナがケガなんかしたらあいつらなんてこんなものじゃすまされないわ。さすがに死人は出したくないですもの(後処理も面倒くさいですし)」
「ロナウドがまだ冷静だから(今は)大丈夫だと思いますけれど……あら?セリィナ、ハンカチはどうしたの?」
「え?」
咄嗟に手元を見ると、握っていたはずのハンカチが無くなっていた。慌てて周りを探すと、床に落ちていたそれらしい物を発見したのだが……。
「くそ!なんなんだここの使用人どもは?!」
そう言って剣を振り回す兵士の足に────踏みつけられていたのだ。
「あ……!」
「────なぁにやっとんじゃ、このどちくしょう共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、ロナウドが
“怒髪天”って言葉を思い出した。髪が逆立つくらい怒り狂っているとかそんな意味だったと思うけれど、今のロナウドはまさにそんな感じだったのだ。
まだ十数人程いたはずの兵士たちはロナウドの流れるような動きで繰り出される拳の一撃で瞬殺され、気絶して山のように積み上げられた後は使用人たちにガンガン蹴られている。
「セリィナお嬢様が心を込めて刺繍したハンカチを踏むなんて!!」
「セリィナお嬢様の視界に入ったことさえ許せないのに!」
え?え?なんでみんな私がハンカチに刺繍してたこと知ってるの?侍女たちはまだしも庭師まで?料理長も?!
ちょっと待って、もうその兵士たち白目になって口から泡を吹いて気絶してるから!だから兵士の山にロケットランチャー撃ち込もうとしないで?!あぁ、すでに数人の兵士の髪の毛がチリチリパーマみたいに……バーナーで焼いちゃダメよ、料理長!
「み、みんな、落ち着いて?」
「「「はい!」」」
すると使用人のみんなは一斉に武器を下げ、1列に並んだ。足並みが揃って無駄の無い動きに普段の穏やかな雰囲気はまったくなかった。
「とうとうセリィナにバレてしまいましたわね」
「いつも隠密行動ばかりでしたから、久々に思いっきり動けてよかったのではなくて?」
「ローゼお嬢様、マリーお嬢様」
服についた埃を払うお姉様たちにそっとロナウドが近づき、なにやら耳打ちするとお姉様たちが首肯く。そしてロナウドは私に向き直り頭を下げた。
「セリィナお嬢様、驚かせてしまい申し訳ございません。ですが、まずはここから移動していただきたく存じます。このままこの屋敷にいるのは危険です。叱責はあとで存分に受けますので……」
「ロナウド……」
こうして私は訳がわからないまま公爵家から離れることになってしまったのだった。