急に決意が変わったところで、実際にそれを行うのか。
口だけの可能性もあるし、今はそのつもりでも土壇場で怯んで何もしないかもしれない。
実行したところで、陛下をきちんと諫められるかも分からない。
それに、この世は階級主義である事にプラスして、実力主義の世界でもある。
幾ら階級が上であっても、結果を残さない奴には説得力も求心力もない。
妹が行動したところで、結果に結び付かなければ何の意味もない。
むしろ失敗は評価の足を引っ張り、何もしなかった場合より状況を悪化させる事すらある。
妹に状況を覆すだけの力が果たしてあるのだろうか。
そんな疑問が拭えない。
なんせ妹は、『頭脳のスイズ公爵家』らしからぬ女なのだ。
父は宰相や当主として、母は当主夫人として、実力を如何なく発揮してきた。
俺にだって次期宰相や次期当主として、血筋が持つ優秀さをそれなりに発揮しているという自負がある。
そんな中で一人だけ、それこそ「本当にスイズ公爵家の血を引いているのか」と疑いたくなるような消極性と平凡さ生きてきたのが、妹だ。
そんな彼女が、ただ重い腰を上げたくらいで――。
「宰相補佐」
呼ばれて視線を上げれば、文官が一人立っていた。
「先日依頼された調査の報告です」
そう言って渡された書類に目を通し、俺はふぅと小さくため息を吐く。
――妹の言葉は、正しかったか。
妹がこの場を辞した後、文官に頼んで調べさせたのだ。
側妃周りの事について。
そして分かったのは、密かにドレスを新調し、宝石を買い、今までよりも入念に肌を整える、非常に機嫌のいい側妃の姿。
加えて側妃は「陛下におねだりして、今度夜会に連れて行っていただける事になった」と、直近のメイドたちに自慢していたらしい。
得意げな「王妃様は体調を鑑みて欠席し、連れて行ってもらえるのは私だけだから、周りには秘密ね?」という言葉を添えて。
一応妹の方も調べさせたが、そちらにはドレスの準備こそしているようだが『陛下から夜会に連れて行ってもらえる云々』の話はなかった。
妹の言う通り、陛下からは最近来訪どころか、手紙一つ、伝言一つない始末だという。
やれやれと、呆れに小さなため息が漏れる。
陛下は平凡な王だ。
目に見えて秀でた能力はない。
政治も社交も外交も軍事も、これまでの人生で身に着けた帝王学によりある程度できる。
しかし主なところは、三大公爵家に寄りかかっている。
陛下が今も尚王座にいる理由は、『彼が王族の生まれだったから』であり、『今の治世がある程度平和だから』に過ぎない。
何故か「自分に利を生む人物かを判別する嗅覚」だけは高いが……。
それだって、自分に利を齎す能力と忠誠心を持つと分かれば、その理由が野心にあっても気にせず重用する。
重用の方法も相手の言葉を鷹揚に受け入れて懐の深さを示すという手法を取る上に、許可だけ出してあとは放置。
その尻ぬぐいをしているのは、大方宰相である父か、俺だ。
今回も、そういうものの一環なのだろう。
つまりそれを許可する事で周りにどんな影響があるのか、あまり深く考えていない。
自分の利には敏いくせに、他人の利や不利にはとことん鈍い。
それが陛下の短所である。
刹那的に、その時自分に利を生む人間を重用し、そうする事でその者が立てた功績の一端を自分に取り込む。
持ちつ持たれつと言えば聞こえはいいが、彼の今の評価の七割は、他人の評価の――悪く言えば横取りだ。
教え込まれた帝王学が、陛下に「この世の人間はすべて自分の役に立つために生きている」とでも思わせているのだろうか。
悪気も申し訳なさもなく、当たり前のようにそれを享受する傲慢さが、あの国王という人間の根幹だ。
それが分かっていながらもこうして宰相補佐として陛下に仕えてきたのは、『自分ならそんな陛下にも、利用されるままにはならない』という自負があるからだ。
それができないような奴は、いい様に利用されるだけの馬鹿。
そう思って相手を突き放し、陛下の言う事は放置してきたのだが。
――尻ぬぐいではなくもっと直接的に俺にも火の粉がかかるのなら、動かない訳にはいかない。
これは反逆ではない。
自己防衛だ。
それに俺は大した事はしない。
たった一人、騎士を家から妹に貸し出すだけである。
妹に何かが成せるかは、知った事ではない。
これ以上成せるかどうかも分からない妹に助力という名の投資をするつもりもない。
ただ結果は純粋に気になる。
その辺を加味すれば、適任は……。
「あいつがちょうどいいか」
白羽の矢が立ったその男は、この話を聞いてどう思うだろうか。
純粋に俺の傍を離れる事を嫌がるだろうか。
それとも。
――妹の変化に少なからず、興味を持つだろうか。
答えは本人が持っているだろう。