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第7話 知らない妹



 幼い頃から妹は、家族に夢を見る愚か者だった。


 父や母を見ていれば、そんな夢を抱く事に意味はないと、叶うはずのない願いを抱き続ける事の無意味さなどすぐに分かる。

 それなのに、頑として理解を拒んだ妹は、ずっと父母の顔色を窺い、俺の顔色を窺い、望む姿であろうとする事で見返りに『家族の愛』を暗に求めてきた。


 正直な話、父母が与えてくれないそれを俺に求めようとしてくる妹が、どうしようもなく目障りで煩わしかった。


 だから俺は、とことんまでに妹と関わらなかった。

 突き放してきた。

 諦めると思っていた。


 だが妹は、諦めない事にだけは根性を発揮する、『諦めの悪い臆病者』だった。



 それはずっと変わる事なく、十六になって成人し果てには陛下との婚姻を済ませて尚、むしろ悪化したように思う。


 妹はすぐに、陛下にも『家族の愛』を求めるようになった。

 陛下もまたあまりそういう類の情に興味がないらしかったが、我が公爵家の面々とは違い、その時限りの浅い感情を夫婦の建前の一つとして与える事の出来る人間だった。


 妹はそれに、満足しているように見えた。

 無事に子を成し、国母となった。



 俺に『家族』を求めないのなら、俺に迷惑をかけないのなら、それでいい。

 そんなふうに思っていた。


 俺は王城で働いており、妹は王城の後宮に住まうようになっていたが、特段交流する事はなかった。

 その必要性を感じた事はなかった。


 妹もまた、俺にそれを求めた事はなかった。

 王妃としての妹の公務を臣下の一人として見、話すような事はあっても、それは統治者と臣下のソレであり、話したとて挨拶と上辺だけのもののみしか為されていなかった。



 それが、王城に入って二年も経った今、初めて俺に面会の伺いを立ててきたのだ。


 曲がりなりにも相手は王妃、しかも伺いなしに訪問する事だってできる身分だ。

 にも拘らず、こうしてこちらの予定に配慮した。

 ならば応じなければ失礼だし、失礼を働けば後の面倒ごとに繋がるかもしれない。


 宰相補佐という仕事をする中で、必要に応じて『公爵家子息』『次期公爵家当主』の肩書を使い権力に物を言わせて事を迅速に進める事もある身としては、権力の持つ力というものを、正しく理解しているつもりだった。


 ならば、なるべく迅速に面会に応じるのは、一種の処世術。

 そういう建前の下、早めに予定を付けておいた。


 その実内心では、どうやら今までと様子が違うような気がする妹の用件が、少なからず気にもなっていた。


 一方で、もし無駄なただの雑談や「『家族』を求めて」が理由だった場合は、忙しさを理由に早急に切り上げ、以降の面会は一切応じないつもりでもあった。



 やって来た妹は、王妃に相応しいドレスを身に纏っていた。

 俺が知る妹よりもどこか落ち着いた、堂々とした佇まいであるように見えたが、俺が「様子が違う」と感じたのは、何もそれだけが理由ではない。


 妹は、家にいた時には話し始めに必ずしていた「お元気ですか」や「今日の天気は」などという、俺の顔色を窺うための無駄な会話には興じなかった。

 時間を作った事への礼を述べた後、「単刀直入に話してもいいか」と尋ねてきた。


 そんなのは、こちらも望むところだった。


 早く話をして、満足して帰ればいい。

 そんな気持ちで、半ば適当に了承した。


 すると妹は言い放ったのだ。


「周りの者たちが邪魔ですわ」


 と。



 人が邪魔だ、なんて。

 妹が誰かをそんな物言いで邪険にするところに、俺は初めて遭遇した。


 他人の顔色を窺いながら、遠回しに他者に何かを要求する気配を見せていた過去の妹とは、決定的に何かが違った。



 一体何があったのか。

 抱いたのは、心配ではない。

 ただの純粋な興味だった。


 それに。


 ――おそらくこの妹は、そう簡単にこの問答に折れる気はない。


 伊達に宰相補佐という立場で、様々な人間と相対してはいない。

 俺はすぐに、この妹と人払いをするかしないかの押し問答をする事の無意味さを感じた。



 了承と拒否の面倒臭さを天秤にかけ、俺は前者を取る事にした。


 妹の要望通り、文官たちを部屋から追い出せば、妹は自分が連れてきた護衛を、随分と挑発的な口調で追い出した。


 俺がその事を指摘すると、何とも刺々しい言い回しの答えが返ってきた。


 特に、頑として傍に居たがる護衛を「陛下のご厚意」という言葉で指した俺に、暗に「あんなのは『王妃を大事にしている』という陛下の体裁を取り繕うための存在だ」と返してきたのには、驚いた。



 妹は、陛下を愛していた筈だ。

 愛されたがっていた筈だ。

 愛されている事を信じていた筈だ。


 それが何故、そんな言葉が言えるのか。

 的確に事実を客観視できるようになったのか。


 謎は更に深まった。



 しかしそれらの疑問に対する答えは、意外と簡単に知る事ができた。


 ――陛下が公務でもなければ同伴が必須な訳でもない夜会に、側妃を同伴させるという、王妃としての妹の立場を軽んじる事を、秘密裏に計画している。

 しかも、慣例を崩してまで出席する理由を『正妃の突然の体調不良』などという、妹にすべての責任を背負わせるようなものにしようとしている。


 どうやら妹は自分の子どもたち――彼女曰く『自分の家族』を守るために、そんな軽んじられ方をして周りから侮られたくはないようだ。



 やはり妹の行動原理の中心にあるのは、『家族』だった。

 まるで知らない人間になったかのような妹の唯一のらしさが垣間見れた事に、僅かにホッとした自分がいる。


 しかし今までとは、明確に違う事もするようだ。


 まず、今回の件について妹は、やられっぱなしではいないらしいという事。

 そして俺を半ば脅しにかかってきた事。


 それらは今までの『家族』に嫌われない事を第一に、何に対しても受け身であり消極的であった頃の妹だったなら、間違いなくしなかった事である。




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