「じゃあ……準備いいかい?」 1度リュードとルフォンが顔を見合わせる。 ルフォンがうなずき、リュードもうなずき返す。「ああ」「じゃあ行くよー。翼なき者の願い、空をかけ雲を泳ぐ力を与えろ、フライ」 ゼムトの魔力がリュードとルフォンを包み込む。 体が軽くなっていって浮き始め、つま先が船から離れる。 高いところから落ちている時のような独特の浮遊感がある。「後は君たちの意思次第で飛んでいけるよ」「分かった」 もっと上に浮くように意識するとゆっくりと上に上がっていく。 不思議なものであるが不思議な力が魔法ってものである。 空中で姿勢を保って望むように移動するのは難しくて慣れが必要そうだが練習している時間もない。 離れるといけないのでルフォンの手を掴み、一緒に高く上がっていく。「こっちも約束を果たすけど心の準備はいいか?」「もちろんさ」 ある程度浮かび上がったリュードは船の方を振り返る。 リュードたちに魔力を使ったせいなのか船全体を覆っていた魔力がなくなるのを感じていた。 船を保護していた魔法が解かれたのだ。「大いなる破壊、再生の初めの一歩、不死鳥が創造へ導く、炎の翼よ全てを燃やし尽くせ」 魔法とは難しい。 元々を辿っていくとドラゴンが使っていたものが今の魔法の源流に当たり、単に火や水などを魔力で作り出して使うものであった。 そこからどう他の生き物に魔法が渡っていったのか、研究や調査がなされても解明はされていない。 しかし時間は流れ、魔法はより使いやすく改良がなされ、その中で簡略化されたところや複雑化されたところもある。 魔法に慣れて卓越するとイメージだけで魔法が使える無詠唱の域に達する。 これがドラゴンが魔法を扱う領域に近く、魔法の最盛期にはこの領域に達していた人も多くいた。 今では世界の魔力が薄れて同じ魔法でも難易度が上がり、魔法技術そのものが失われて卓越した領域にある人が減ってしまった。 そこで使われるのが詠唱である。 魔法を扱うのに魔力を練って集める時間を作り、詠唱に関係付ける形で魔法のイメージを強く持つ。 こうすることで魔法の発動をより容易にした。「フェニックスブレイズ!」 リュードの魔力は魔法最盛期時代にあっても最高峰になるほど。 しっかり詠唱して魔力を練り上げ、加減を知らず全力で魔力を注ぎ込んだ。「わぁー……」 翼を広げた鳳の形を成した炎が洞窟の中を明るく照らす。 大きな船なのにそれを包み込めるほどの大きさがあってゼムトは惚けたようにリュードの魔法に見入っていた。「ちょっと想定よりも早く燃え尽きちゃいそうだから上に飛ばしちゃうね」 迫りゆく炎の鳥の影に隠れて船の様子は見えない。 炎の翼に船が包まれていく船の様子を眺めているとグンと体が上に浮き上がる。 天井にぶつかりそうなので上手く穴に向かうように体をコントロールする。 少し肩をかすめながら落ちてきた穴に入った。 見下ろすと真下には赤い炎しか見えない。「ありがとね、このまま魔物として海の中で朽ちていくと思ったけど、話を聞いてくれて、頼みを聞いてくれて、思いを連れて行ってくれて……」 もうリュードたちには届いていない呟き。 中途半端に燃え残ることも心配していたが杞憂だった。 閉じる目もないのでゼムトはただひたすらに迫りくる炎を眺める。「短い人生だったなぁ」 人として生きた時間は長くない。まだまだこれからだった。 目にあふれてくるような水分は体にはない。 あふれてくるのは思い出、感情。 いろいろな記憶が頭の中を駆け巡る。いろいろな感情が張り裂けんばかりに沸き起こる。「……やめよう。今は彼らへの感謝を胸に逝こうか」 炎の翼が船を包み込んだ。 熱が膨れ上がり、船が燃え始め、魔力の炎が本物に置き換わり、なお燃え続ける。 魔力によって保っていた炎の形が一気に崩れる。 炎が膨れるように広がり爆発する。「うわっ!」「きゃっ!」 爆発に押し出され行き場を失った熱風が穴に流れ込んだ。 下から吹き上げてくる風がリュードたちを押し上げる。「な、なんだ!」 これ以上の崩壊を恐れて穴から少し距離をとって心配そうに眺めていたラッツたち4人は悩んでいた。 見捨てていくわけにはいかないが無事かもわからないし穴の深さも知れない。 近づくことすら危険であるので助けに行くこともできない。 誰か助けを呼びに行きたくても村から鉱山まで遠い。 生きていたとしても助けを呼んで戻ってくるまで持つかも不明だ。 そもそも落ちて無事なのかも疑わしい。 悩んでいる間にも刻一刻と時間は流れていくが誰もすべき判断をできずにいた。 そんな時穴からいきなり熱い空気が噴き出してきて、直後何かが飛び出してきた。 4人全員が武器を構えて警戒する。「いったーい!」「ルフォンさん!」 穴から飛び出してきたのはリュードとルフォンだった。 熱風に押し上げられて一気に穴の上まで飛んできたのである。 熱風に押し上げられている間にゼムトの魔法が切れた。 穴から飛び出したリュードとルフォンはそのまま地面に落ちてしまった。 またしてもとっさの判断でリュードが下敷きになってルフォンを守った。 しかし衝撃は吸収しきれずルフォンにもある程度衝撃が来た。 飛び出してきたのがリュードとルフォンだと気づいた4人が2人に駆け寄る。「大丈夫か、ルフォンちゃん」「ルフォンさん、怪我はありませんか?」 4人の口々から出てくるのはルフォンへの心配。 未だにルフォンの下敷きになっているリュードはちょっぴりとだけ悲しい気持ちになった。「まあ、元気そうだな、リュード」「そりゃどうも」 ラッツの手を取って立ち上がる。「リューちゃん、大丈夫?」「ああ、大丈……伏せろ!」 心配してくれるのはルフォンだけ。 ルフォンの頭を撫でようとした瞬間地面がゆれ、ルフォンを抱きかかえるようにして地面に伏せる。 再び熱風が穴から吹き出し、少し遅れて炎が熱風を追いかけてきた。「おい……なんだ、下にやばい魔物でもいるのかよ」 1度目の爆発でもろくなったところが崩れて偶然空気の通り道ができた。 薄くなっていたところに空気が入り込み爆発するように燃えたのだがリュードは炎が吹きあがってくるより一瞬早く振動を感じ取った。 リュードたちが落ちた穴はさらにボロボロと広がっていっている。 このままここにいるのは危険だと判断した。 幸いにしてけが人はいなかったのでさっさと鉱山を出る。 十分な量の黒重鉄は取れているので長居することもない。 下から噴き上がる熱気のせいで坑道は暑かったが無事に鉱山から脱することができた。 鉱山を出るとラッツが今回通ったルートと穴について地図に書き込んでいた。 なんやかんやありはしたが目的は果たしたので村に帰ることになった。 さっさと家で休みたく、少し駆け足気味に帰ったけれど大きな問題はなく村までたどり着くことができた。 帰ってきてまず採掘の結果を村長に報告しに行った。 穴の中で何があったのかもざっくりと報告すると下が海に繋がっていることに村長も驚いていた。 採ってきた黒重鉄は鍛冶職人であるラッツの父親に渡された。 今回採ってきた黒重鉄はリュードとルフォンのものだけではない。 鉱山がどうなったか調べて新しく掘る場所を探している間のストックとしても十分な量を採ってきてある。 色々と事件はあったけれどこれで専用の武器を作ってもらえることになった。 けれど黒重鉄の武器はすぐにできるものではない。 扱いが難しい黒重鉄はおいそれと加工できるものでもなく、武器を作るのにも時間がかかるのだ。 どの道旅に出るのには行商について村を出発することになっている。 次の行商までも時間があるしリュードは鍛錬と狩りに勤しみ、ルフォンも旅のためにいろいろと準備をし始めたのであった。