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第3話 事故物件

これは数年前、私が体験した実話です。



私が昔家族と住んでいたマンションの隣の部屋は事故物件です。


以前そこに住んでいたのは近所でも評判の良い優しいおじさんでした。

けれどある日、部屋の中で亡くなっていたのが見つかり、それ以来隣の部屋はずっと空き家になっていました。


……空き家のはず、でした。


というのも、お隣からは誰も住んでいないのにまるで誰かが生活しているような物音が毎日のように聞こえていたのです。


テレビのような音や、何かを動かすような音。


あまりに自然なその音に最初は空き家だということを忘れるほどでした。


少し恐怖心もありつつ、私も家族もこう言っていました。


「もしかして自分が亡くなったことに気づいていないのかもね…」


怖がるというよりはむしろどこか同情のような感情だったと思います。


なにしろ、そのおじさんは本当に良い人だったので音が聞こえても「まだそこにいるんだね」という感覚でした。



そんなある日のこと、ついにお隣に新しい住人が引っ越してきたのです。


高齢のおばあちゃんで、話してみるとかなり耳が遠く、面と向かって大きな声で話しても何度か繰り返さないと届かないほどでした。


ところが――おばあちゃんが引っ越して来てから1週間ほど経ったころ、お隣から聞こえる音がガラリと変わったのです。



「ガタンッ…… ガタンッ……」



それはまるで椅子が何度も倒れるような、鋭く響く音。


しかもそれはなぜかおばあちゃんが不在のときに限って聞こえて来たのです。


私たちは家族は顔を見合わせ、「また始まった…?」と。


不安というより不思議な気持ちでその音を受け止めていました。



そんなことが続いたある日のこと、おばあちゃんが突然「引っ越すことにした」と私たちに話してきました。


あまりに急だったので驚いて「何かありましたか?」と尋ねると、おばあちゃんはおびえた顔でこう言ったのです。



「こんなこと、言いたくないんだけど……

夜になると、耳元で誰かが喋ってるような声が聞こえるのよ。

部屋の中に、誰かがいるみたいで……怖くて眠れないの。


この前なんか、お風呂場の水が勝手に出てきて

それが……まるで血のような赤っぽい水だったの。


でも業者の人に見てもらっても『問題ない』って言われて……。


ここにいたらわたし、おかしくなりそうで……」



私は絶句しました。


あんなに耳が遠かったおばあちゃんが、声が聞こえる、気配を感じると怯えるほどはっきりと何かを体験していたのです。


それがどれだけ異常なことかすぐに理解できました。


そしておばあちゃんは間もなく引っ越していきました。


けれど……例の音はそのあとも続いたのです。


「ガタンッ…… ガタンッ……」



夜でも昼でも関係なく、不意に響く“椅子が倒れる音”。


それはまるで、何かを繰り返すかのように私たちに届いていました。



それから1週間ほどして、私は偶然15年もこのマンションに住んでいるという上の階のご近所さんと電車で遭遇しました。



軽く挨拶を交わして話の流れでお隣の話をするとこんなことを言われたのです。


「やっぱりあのお部屋、長くは住めないのかもね……。

だって、あそこ……二人も亡くなってるんだもの」


「えっ?」と私は聞き返しました。


私たち家族が知る限り、お隣で亡くなったのはそのおじさん一人だったからです。


するとご近所さんはこう言いました。


「おじさんの前に住んでた若い人、自殺だったのよ。

椅子を使って首を吊ってね……可哀想に。」



その瞬間、私はすべてが繋がった気がしました。


お隣から聞こえていた、あの「ガタンッ……」という音。


それは、もしかして――

首を吊るときに倒れる、椅子の音だったのでは…と。



今でも実家に帰るとその音は時折響いてきます。

まるで何かを“繰り返して”いるかのように。


そして最近、また新しい人が隣の部屋に引っ越して来ました。

どうやら事故物件だとは知らされていないようで、私はその人のことが心配でなりません。



どうか、何も起こりませんように。


そしてみなさんも――

事故物件にはどうかお気をつけてください。



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