あれは、6年前の10月のことでした。
ハロウィンが近づき、友人たちと仮装して出かける約束をしていた私は、残り10日しかない中で急いで準備を進めていました。
どうせなら本格的な仮装がしたい。
けれど何を着るかも決まらず、私は夜な夜なネットで衣装を探し続けていました。
結局、友人との話し合いの末、自分で衣装を加工して“ゾンビ”になることに決めました。
当時の私は明るく派手な髪色をしていたのですが、ゾンビの雰囲気に合うように暗い色のカツラが欲しくなり、できるだけ安く済ませようとネットでカツラを探しました。
そしてある中古ショップで「人毛」と記載された黒髪のカツラを見つけたのです。
値段は900円。人毛なのに格安ということもあり、私は迷わず購入しました。
──それが、すべての始まりでした。
カツラが届いたのは3日後のこと。
しかしその日から、私は体の異変を感じ始めました。
頭痛、吐き気、立っていられないほどの倦怠感。
病院では風邪と診断されたものの、症状は日に日に悪化し、ついには夜になると立ち上がることさえできなくなりました。
それでも無理やり横になり、眠りにつこうとした深夜2時過ぎ。
ふと目を覚ました私は、部屋の隅に“誰かが立っている”のが見えました。
闇の中に浮かぶその人影。
なぜか私は目をそらせず、金縛りにかかったように体が動かなくなっていました。
そこにいたのは、一人の女の人。
横顔しか見えませんでしたが、その存在は異様に“はっきり”と私の目に映っていたのです。
暗い視界の中で、彼女だけが妙に鮮明に見える。
目を閉じようとしても閉じられず、私はただ恐怖に飲み込まれていきました。
そして──
女が、こちらを向いたのです。
目が合った瞬間、彼女が何かを手に持っていることに気づきました。
それは、あの人毛のカツラだったのです。
「え……?」
思考が追いつく間もなく、女がするすると私の顔のすぐ前まで近づいてきて、
「これは、私のだよ」
と、低く、けれどはっきりと囁いたのです。
次の瞬間、私は意識を失いました。
朝、目が覚めたときには全身が汗で濡れていて、全てが悪夢だったのかとすら思いました。
けれど──ベッドの脇には、あのカツラが落ちていたのです。
震える手でそれを拾い、私はすぐにお祓いをしてくれる神社を訪ねました。
神職の方はカツラを見てすぐに言いました。
「これは……強い怨念が宿っています。すぐに手放してください」
私はその場で処分をお願いしました。
それ以来、体調は嘘のように回復し、あの女の影を見ることもなくなりました。
──あの髪の毛は、おそらくあの女性のものだったのでしょう。
彼女がどんな経緯で髪を失い、それが商品として流通したのか、私には知るすべもありません。
けれど、あれが“自分の意志”で提供されたものだとはどうしても思えなかったのです。
今もあのショップでは中古の人毛カツラが販売され続けています。
見た目は普通の品でも、そこに宿るものまでは誰にも分かりません。
どうか、皆さんも気をつけてください。
人の“髪”には、想いが宿ることがあるのです。