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第5話 深夜2時34分の足音

これは私が数ヶ月前に体験した話です。


2ヶ月ほど前から私はなかなか夜に寝つけなくなっていました。

眠りが浅く、夜中に何度も目が覚める。


そんな状態が続くうちに「どうせ眠れないのなら」と、深夜にひとりで読書をするのが習慣になっていました。


静かな部屋でページをめくる音だけが響く時間。

最初はそれが意外と落ち着いて心地よかったのです。


けれど、ある日――

私は“あること”に気がついたのです。


それは深夜2時34分になると必ず足音が聞こえるということ。


ヒールを履いた女性の足音。

カツ、カツ、と階段を上がってくる音が部屋に微かに響く。


私は階段のすぐ近くの部屋に住んでいたので音が聞こえるのは不思議ではありません。

でも――奇妙だったのは玄関が開く音がしないということ。


毎日同じ時間に足音がするのに、誰も出入りする気配がない。


最初は気にしないようにしていたけれど、同じことが繰り返されるにつれどうしても気になって読書にも集中できなくなっていきました。


そして、一ヶ月前。


私はついに決意しました。


(もし今日も足音がしたらドアスコープを見てみよう)


深夜2時32分。

私は怖さをこらえて玄関の前でじっと音を待っていました。


心臓の音が大きくなる。

手がじっとりと汗ばむ。


そして――


2時34分。


カツ、カツ……。


いつものようにヒールの音が階段を上がってくる。

私は息をのんで、ドアスコープを覗き込みました。


(……いない)


音はするのに誰の姿も見えない。


(え……?)


違和感に戸惑ったその瞬間、


視界の中心に“何か”が現れたのです。


ドアスコープのほんの数センチ向こうに――

女性の顔がじっとこちらを見つめている姿があったのです。


(……え?)


息が止まった。


どこから来たのか。

なぜ見えなかったのか。

理解する前に体が硬直していました。


慌ててドアスコープから目を離すと――


コン……コン……


扉を何かがノックしているのです。


ゆっくりと、確実にそこに“いる”ことを知らせるように。


私はもう声も出せず、動くこともできず。

急いで寝室に戻り毛布にくるまり、朝が来るのをただひたすら待つことしかできませんでした。


翌朝、恐る恐るドアスコープを覗いてみるとそこにはもう誰もいませんでした。


けれど――

その日以降も毎晩2時34分になるとあの足音は聞こえていました。


私はもう2度と覗くことができない。

何がそこにいるのか、知りたくもない。


私が引っ越すまで毎日その音は静かに鳴り響いていたのです。



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