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<3・Pretty>

 自分で言うのもなんだが、フィオナは己の容姿に結構な自信がある。

 やや外遊びが過ぎて肌は焼けているが、それも健康的な美を補強する要素にしかならないし、長い金髪の手入れを書かせたことはない。瞳は燃えるルビーのように赤々と輝き、会う人会う人に絶賛されている。

 それこそ、自分が本気で誘えば、女性だって落とせなくはないだろうと思っていた。無論、クリシアナ教の信者が多いご時世で、露骨なナンパなどできようはずもないのだが。

 とにかく、己の見目にそれだけ自信があればあるからこそ、自身の目のそれなりに肥えているという自覚があったのだ。エメリーをはじめ、周囲に美形が多かったからというのもある。

 己の好みのタイプは、活発で元気の良い女子。

 見た目で言うのなら、ちょっと日焼けしているくらいがいい。胸は大きくてお尻も大きくて、ちょっとふっくらしているくらいがタイプ。心の中で、ずっとそう思ってきたのだが。


「は、は、初めまして。キャンディと申します」


 緊張で裏返った声。

 赤毛でそばかすだらけのその少女を一目見て、フィオナは魅了されてしまったのだった。けして、美少女ではない。美しさであったら、エメリーや姉、母といった者達の方が各段に上だろう。しかし、なんだその鈴が鳴るような声は。そして、黄金を思わすような輝かしい瞳は。

 何より、低い身分の、まだ十四歳の少女が一人で面接に挑んできた。その気概を、フィオナは快く思ったのである。


「……そんなに緊張しなくていいのよ」


 可愛い。仲良くなりたい。できれば主とメイドではなく、ちゃんとした友達として。

 弾む気持ちを抑えて、フィオナは笑顔を作ったのだった。


「身分の差とか、いろいろ言ってくる人もいるでしょうけれど気にしないで。わからないことがあったら私が何でも教えてあげるから」

「で、でもお嬢様……」

「いずれ、その呼び方も変えて欲しいわね。年が近い友達が欲しかったの。いつか貴女に、私のことをフィオナと呼ばせてみせるわ」


 伯爵家の中でも、ファイス家は歴史のある高貴な家柄だ。そんな家の『お嬢様』が想像以上にフレンドリーだったことに、キャンディと名乗った少女は少しばかり戸惑っていた様子だった。

 当然だろう。痩せて骨ばった肩、ぺったんこの胸にお尻、こけた頬。今までさほど栄養状態が良くなかったのが透けて見える。誰かに親切にされたこと自体、初めてだったのかもしれない。 


――絶対、ふっくらと可愛い子に仕上げてみせるわよ!もとより、素材がいいんだから!




 ***




 考えるより動け、が信条のフィオナだ。

 まず最初に、母に手を打った。キャンディを含めた召使たち全員に、しっかりご飯を食べさせてほしいこと。なんなら、自分が彼女たちに手料理をふるまうことを許して欲しいことなどなど。


『え、えええええ!?』


 母はフィオナのそんな態度に、目をひんむいて驚いていた。それは、フィオナがキャンディに恋愛感情を持ったことに気が付いたからだとか、そういうわけではなくて。


『だ、大丈夫なのフィオナ!?だ、だって貴女、学校の調理実習でピザを焼こうとしてオーブンを爆発させて、あまつさえ学校でボヤ騒ぎを起こしたことで有名じゃない!ついでに言うなら家でクッキーを焼こうとして素晴らしく真っ黒な炭を錬成したのも私は知っているのよ!?メイド長が、丁寧に教えたはずなのにどうしてこんなことに、お嬢様は炭の錬金術師だったんでしょうかと白目をむいて言っていたのも忘れていないわ。やめておきなさい全力で!いいこと、貴族の娘がキッチンに立つ必要なんかないのよ?特に貴女は、ていうか貴女限定で遠慮するべきだと私は思うというかもう強くお勧めするわ、ていうか心の底からお願いしたい気持ちでいっぱいなのよ家が火事になったら私たち路頭に迷ってしまうというか、歴史あるファイス家の屋敷をまさか娘の料理で失うなんて悲しすぎて涙が出るというかキッチンでテロをしてくれるのは本当の本当にやめてほしいというかなんというか!!』

『……そこまで必死になるほどデスカ』


 普段はゆったり喋ることが多い母が、こんな調子でマシンガントークをぶちかました。流石にフィオナも腐りたくなる。

 確かに、自分は不器用だ。

 というか、じっとしているのが苦手で、多くのことに失敗してきたという自覚がある。ただの座学のみならず、料理や裁縫でもそれはいかんなく発揮されているのだ。

 例えばピザを焼く時の失敗は、さっさと焼けないのが腹立たしくて時間を短縮しようと、オーブンの火を最大火力にしてしまった挙句、中身が焼けていないと嫌だからと最終的にはガスバーナーで仕上げをしようとしたことに起因している。ピザに塗りたくった油に引火して、まさか家庭科室でキャンプファイヤーをやる羽目になるとは思ってもみなかった。

 ああ、あの時の、先生と友達はマジで泣きそうな顔といったら!


『一人でやるなんて誰も言ってないでしょ!?ちゃ、ちゃんと人に教えて貰って、うまくできるようになってからにするわよ!』


 そんなわけで、母の説得にはかなりの時間を要したのだった。まあ、召使たちの食事を豪華にしてほしいということと、年の近いキャンディと仲良くしたいという話は納得してもらったが。


「ふふふふふ、あはははははははははははははっ!ははははははははははははははははははっ!ははははははははははははははははははっ!ははははははははははははははははははっ!」

「ちょっとエメリー、笑いすぎでしょ!?」


 そんなわけで。

 いろいろ報告もかねてエメリーの家を訪れ、話をした直後にこれである。美しい青年は、ソファーの上でお腹を抱えて笑い転げている始末。そんなに自分はおかしな話をしただろうか。


「す、すまんすまん。いやあ、あまりにも、お、お母様の反応が想像できてしまうものだから、つい……!」


 やや涙さえ浮かべつつ、エメリーは続けた。


「だって、なあ?うんうん、フィオナの調理実習の一件はあまりにも有名だ。初等部でも、中等部でも、半ば伝説と化していたものな!」

「やかましい、ぶっ殺すわよあんた」

「伯爵家のお嬢様とは思えない罵倒どうも。はっはっは、それでこそフィオナだ!」

「褒めてないでしょ絶対!」


 まったくもう、とフィオナは頬を膨らませる。


「私だってねえ、気になる子に手料理くらいふるまってあげたいわけよ。……キャンディに限ったことじゃないわ。召使の人達はみんな、私達貴族ができない仕事をいつも一生懸命こなしてくれているわけでしょ?感謝の気持ちを伝える機会があってもいいんじゃないかなって。それっておかしなこと?」


 それが手料理というのは、少々安直かもしれないとは思うが。少なくとも、自分が読んだ少女向け小説では、ヒロインは料理を恋人にふるまって喜ばせていたのだ。

 貴族の女子ならば、確かに料理など人に任せてしまっていても問題ないというのはわかる。しかし、自分のためにこれを一生懸命作ってくれたのだ、という事実が恋人はきっと嬉しいのだ。これが友達であっても同じことではなかろうか。ぽん、と高価な品物をプレゼントするより、よほど真心が伝わるのではないかと思っているのだけれども。


「フィオナのその気持ちは素晴らしいよ。何も間違ってなんかない」


 くすくすと笑う、エメリー。


「ただなあ、君。ただ料理が苦手、というだけではないだろう?料理をすること自体好きではないというか、自分に向いていないことだっていうのもわかっているはずだ。嫌いなことを、人の為とはいえ無理にやろうとするのはどうかとは思うよ」

「それは、そうかもしれないけれど……」

「君は君の、得意なことで彼女の役に立てばいいじゃないか。幸いにして、君は体も丈夫だし、女性にしては腕力も体力もある。普段の召使たちの仕事を一緒に手伝うというのでも悪くないのではないか?あるいは、君が誘ってどこかにお出かけするのもいいと思うぞ。君が率先して仲良くしようとすれば、彼女たちだって心を開いてくれるだろうし……思いがけず貴族のお嬢様に優しくされたらみんな嬉しいだろうよ」

「そういうもの、かしら」

「そういうものだよ。どうせ君のことだから、漫画か小説のヒロインの行動を参考にしようとしたんだろうけどね」

「う」


 やっぱり、彼には何でもお見通しであるようだ。思えば、昔から本を読んで意見を交換することが多いこともあり、愛読書は被っているものが多いのである。男性向け、女性向け問わず、自分達が一番好きなのはファンタジー小説だ。時々恋愛小説やミステリー、ホラーも読むといった具合。フィオナの好みは、エメリーもよく把握していて然りなのである。


「……そうね。私は、私にできることを頑張ればいいのかも」


 ばふ、とクッションに顔をうずめながらフィオナは言った。


「同性だから恋人にはなれないでしょうけれど、友達にはなれるもの。……自分でもわかるの、本気の恋だって。だから……少しでもいいから、彼女を喜ばせたいわ。自分にできる、精一杯で」

「いいじゃないか、それで」


 ところで、と。

 改まったように、エメリーはソファーに座り直した。そして。


「……同年代の一般的な庶民の男子が、好きなものってなんなんだろうか。その、私はヒキコモリ的な趣味しか持ってなくてだな……」

「あんたもかい!」


 二人は、正反対の性格なのに、時として双子のようにそっくりな道を歩むような関係だった。恋なんていいところだろう。二人でほぼ同時に、新しく入ってきた使用人の少年少女に恋をしていたのだから。

 恋は切なく、苦く、しかし恋をするだけで時に人は幸せになれるものだと聞いたことがある。何故なら相手を想うだけで世界がバラ色に輝いて見えるし、相手を喜ばせるためにどうしようかと全力で考え続けることができるからだと。

 自分達は、初恋をした。そして、それを相談できる相手がいた。

 きっとこれ以上なく、幸せなことであったに違いない。



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