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働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
異世界ファンタジー内政・領地経営
2025年06月14日
公開日
7,173字
連載中
「働かなくていいって、最高すぎでは?」 現代日本でブラック企業勤めの末に過労死したOLセーラは、目覚めると異世界で貴族令嬢に転生していた。しかも、結婚相手は冷徹そうに見えて実は超優しいイケメン侯爵様!? 「お好きに過ごしてくださって構いませんよ」と言われ、理想の寝坊・読書・お茶三昧な生活を謳歌するつもりだったセーラだが―― 「メイドさんとお茶したい」「帳簿がぐちゃぐちゃなのが気になる」「ソロバンを導入しましょう!」と気づけば屋敷の改革に乗り出し、しまいには商人ギルドの顧問に任命されて……? 「えっ、私、働かないはずじゃなかったのに!?」 これは、“働かなくていい”を満喫するはずが、好きなことで次々と仕事を生み出してしまう元OLと、そんな彼女に恋し続けていた旦那様との、ゆるふわ異世界ラブストーリー。

第1話 :転生と白い結婚

1-1. 働かなくていい生活、最高!


 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。


 白い天蓋付きのベッド。シルクのシーツ。淡いブルーの壁紙が上品に輝き、窓から差し込む陽光が金色に反射している。


 「……ん?」


 セーラは寝ぼけた頭で、ゆっくりとまぶたを開けた。


 どこだろう、ここは?

 天井は自分の知っているアパートのものとは明らかに違う。

 第一、こんなふかふかのベッドで寝た覚えがない。


 視線を横にずらすと、大きな姿見があった。

 そこに映るのは、自分よりもずっと華奢で、透き通るような肌をした少女――。


 「……誰?」


 セーラは思わず、鏡の前に駆け寄った。

 つややかな金髪がふわりと揺れ、深い青の瞳が自分を映している。

 背中まで伸びた髪は、まるで絹のような手触りで、指を通すとさらさらと流れ落ちる。


 ――これは、夢?


 混乱しながらも、記憶をたどる。


 最後に覚えているのは、オフィスでの残業。

 締め切りに追われ、机に山積みの資料とにらめっこしながら、冷めたコーヒーを啜っていた。

 時計を見たとき、確か夜の11時を回っていたはずだ。


 そして――。


 ガクン、と体が崩れ落ちる感覚。

 目の前が真っ暗になり、意識が遠のいた――。


 「……私、死んだ?」


 呆然とつぶやいた瞬間、コンコンと部屋の扉がノックされた。


 「お嬢様、お目覚めでしょうか?」


 優しげな女性の声。


 「朝食の準備が整っております。お着替えをお手伝いしましょうか?」


 「あ、はい……?」


 とりあえず返事をすると、扉が開かれ、上品なメイド服を着た女性が入ってきた。

 彼女は丁寧な所作でカーテンを開け、部屋に朝の光を取り込む。


 「本日も良いお天気ですわ、お嬢様。」


 微笑む彼女の顔を見ながら、セーラはますます混乱していた。


 どうやら自分は、転生したらしい。

 それも、かなり裕福な貴族の令嬢として――。


 数日が経ち、セーラはこの世界のことを少しずつ理解してきた。


 どうやらここは「エヴァンス王国」という国らしく、彼女は エヴァレット侯爵家の一人娘 であるらしい。

 つまり、かなりの高貴な身分ということだ。


 家にはメイドが数十人おり、執事や料理人、庭師までいる。

 広大な屋敷には美しい庭園が広がり、どこへ行くにも馬車が用意されている。


 そして何より――。


 「働かなくていいなんて、最高!!」


 セーラは心の中で小躍りしていた。


 前世では、朝から晩まで働き詰めだった。

 会社では上司に叱られ、終電ギリギリまで残業し、休日出勤も当たり前。

 ろくに食事もとれず、家に帰れば即寝るだけの生活。


 それが今、何もしなくても三食きちんと用意され、豪華な部屋で眠り、使用人が何でも世話をしてくれる。

 貴族生活、すごすぎる……!


 「もう二度と働きたくない!」


 そう決意し、セーラは「働かない貴族生活」を満喫し始めた。


 朝は遅めに起きて、メイドに着替えを手伝ってもらいながら優雅に紅茶を飲む。

 昼は豪華なランチを楽しみ、午後は読書やお昼寝。

 夕方には庭を散歩し、夜は贅沢なディナーを味わう。


 「なんて幸せな生活なの……!」


 彼女は貴族夫人としての理想の生き方を、着実に実践していた。


 ところが、ある日。


 父親である エヴァレット侯爵 に呼ばれたセーラは、彼の口から衝撃的な言葉を聞かされる。


 「お前の結婚が決まった。」


 「……は?」


 「次の満月の日に、リチャード侯爵と結婚することになった。」


 「……けっ、けっこん!?」


 セーラは目を見開いた。

 確かに貴族社会では政略結婚が当たり前とはいえ、あまりにも唐突すぎる。


 「お相手は、若くして侯爵位を継いだ優秀な方だ。冷徹で有能な男と評判だが、お前にとって悪い縁談ではない。」


 冷徹で有能な男――?


 彼女の脳裏に、硬派な男性の姿が浮かぶ。


 「ちょっと待って! 私、前世で恋人すらできなかったのに、いきなり結婚!?」


 まともな恋愛経験もなく、ましてや貴族としての結婚なんて、何をすればいいのかさっぱり分からない。


 「……でもまあ、いいか。」


 セーラはすぐに結論を出した。


 政略結婚といっても、おそらく貴族の夫人として過ごすだけ。

 それなら今の生活と大して変わらないし、むしろ働かなくていいなら さらに楽な生活ができるかもしれない!


 「よし、結婚しよう!」


 あっさりと覚悟を決めたセーラ。


 彼女はまだ知らなかった。

 この結婚が、彼女の人生を大きく変えることになるとは――。


1-2. 結婚式と白い契約


 結婚式当日。


 セーラは純白のドレスを身にまとい、大きな鏡の前でじっと自分の姿を見つめていた。


 「……私、本当に結婚するんだ。」


 どこか他人事のような感覚だった。

 前世では仕事に追われ、恋愛とは無縁の生活を送っていた。

 告白されたこともなければ、デートをしたこともない。


 それが今、こうして豪華なドレスを着て、結婚式を迎えようとしている。


 結婚相手――リチャード・カーヴィス侯爵。

 若くして爵位を継ぎ、冷徹で有能な男と評判の人物。


 「とても感情を表に出さない方のようですわね。」

 メイドの一人が囁く。


 「でも、お優しい方だと聞いておりますわ。」


 「無駄に口出ししてこないのであれば、それでいいわ。」


 セーラは心の中で決めていた。

 「私は働かない貴族夫人として生きる!」


 結婚しても、日々を優雅に過ごすだけなら問題ない。

 夫が仕事に打ち込んでいる間、彼女は屋敷でのんびりと紅茶を楽しめばいいのだ。


 「お嬢様、お時間です。」


 扉の向こうから執事の声がする。


 深呼吸をし、セーラはゆっくりと扉を開けた。



---


 バージンロードを歩く。


 会場は豪華な装飾が施され、招待客たちの視線が彼女に注がれている。

 中央には、黒のタキシードをまとった リチャード・カーヴィス侯爵 の姿があった。


 彼は、確かに冷徹そうな雰囲気を持っていた。

 整った顔立ちに、冷静な瞳。

 しかし、その瞳はまっすぐにセーラを見つめていた。


 「……。」


 彼は表情を崩すことなく、彼女の前に立つ。


 神父が誓いの言葉を告げる中、セーラはふと自分の心が静かに高鳴っているのを感じた。


 ――前世では、こんな経験はなかった。


 結婚なんて、ドラマや映画の中の出来事で、自分には一生縁のないものだと思っていた。


 それが今、目の前に夫となる人がいて、彼女をじっと見つめている。


 「誓いますか?」


 神父の問いに、リチャードは低く答えた。


 「誓います。」


 その声は落ち着いていて、まったく迷いがなかった。


 次に、セーラへと視線が向けられる。


 「……誓います。」


 誓いの言葉を口にした瞬間、彼女の脳裏に電流のような衝撃が走った。


 ――あ……!


 ――前世の記憶が、完全に蘇る。


 会社での忙しい日々。

 終電を逃し、コンビニのパンをかじりながら歩いた夜道。

 倒れるようにして寝て、また朝になり、仕事へ向かった。


 そして――。


 突然の意識の喪失。

 気がつけば、この世界にいた。


 「……私、前世で恋人すらできなかったのに、いきなり結婚!?」


 結婚式の最中に、改めて自分がどれだけ突拍子もない状況にいるのかを痛感した。


 だが、誓いは交わされた。


 リチャードは彼女の手を取り、静かに口を開いた。


 「これで、君は私の妻だ。」


 その瞬間、拍手が鳴り響き、結婚式は無事に終了した。



---


 披露宴を終え、二人きりになったのは夜になってからだった。


 彼の屋敷に移り、夫婦として最初の夜――。


 セーラは緊張していた。

 結婚とはいえ、今までまともに男性と接したことがないのだ。


 そんな彼女の心を見透かしたように、リチャードは静かに言った。


 「君は、自由に生きていい。」


 「……え?」


 「君がやらなければならないことは、何もない。」


 彼は、淡々と言葉を続けた。


 「妻としての義務を果たせとは言わない。貴族社会のしきたりも、無理に従う必要はない。」


 セーラは目を瞬かせた。


 ――つまり、何もしなくていい!?


 「私は仕事で忙しい。君は好きなように暮らしてくれればいい。」


 「え、でも……それって、白い結婚?」


 つまり、夫婦という関係ではあるが、実質的な関係はなく、ただ名ばかりの夫婦ということになる。


 「働かなくていいし、束縛もされない……最高では?」


 セーラの中で喜びが弾けた。


 「ありがとうございます! 私、自由にさせてもらいますね!」


 彼女がにこやかに言うと、リチャードは驚いたように目を細めた。


 「……そんなに嬉しいのか?」


 「ええ! 旦那様、最高ですわ!」


 そう言って満面の笑みを浮かべる彼女を見て、リチャードは小さく微笑んだ。


 「……そうか。」


 それは、彼女が見たことのない穏やかな笑顔だった。


 しかし、この結婚が単なる「契約」に終わらないことを、二人はまだ知らなかった――。





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