「あなたが……『LUI』ね?」
突然、背後――しかも至近距離から呼びかけられて、思わず一瞬だけ体が反応してしまった。
「ホントにそうなのね……」
半信半疑のカマかけだったのかもしれない。
しかし、俺の反応を見て、それは確信に変わってしまったようだった。
これは致命的か――。
だがまだだ。
まだあきらめない!
俺も影で生きることを心に誓った身。
こんな簡単なカマかけで正体を見破られたとあっちゃあ、『ステルス・シャドウ』のスキルが泣くってもんだぜ。ま、ダンジョンスキルはダンジョン以外では使えないけどな。
そう、ダンジョン以外では俺を含め、『覚醒者』はただの人間だ。
だから、身バレは絶対にNG。
家族以外には知られてはいけない。親しい友人にさえ、自分が『覚醒者』であることは隠すのが常識中の常識なのだ。
なぜなら『覚醒者』であることがバレると、命の危険があるからな。
これは誇張抜きでマジな話だ。
『覚醒者』は稼げる。すげぇ稼げる。
もちろん危険と隣り合わせなのだが、ダンジョンでモンスターを倒した時に手に入るドロップ品は、非常に高価で目ん玉が飛び出るような値がつくこともあるからな。ボスからドロップしたのが、レアアイテムだったりした日には……下手すると小さい国くらいはキャッシュで買えちゃう、かもな? もちろんボスの種類によるが。
地上では手に入らない未知のアイテムたち。
新たなエネルギー源になったり、新薬の開発に寄与したりする。もちろん、ダンジョン内で特殊な金属が手に入れば、使い道はいろいろあったりするしな……。
年齢も性別も国籍も関係なく、突然発現する『ダンジョンスキル』。
その『覚醒者』の人数は、世界人口の約10%ほどだと言われている。
『新人類』と呼ばれる俺たち『覚醒者』は、常に妬みの対象だ。
『覚醒者』となったことを公表したとある有名人が、公表翌日に謎の死を遂げたことはまだ記憶に新しい。
芸能人だろうと、俺のような高校生だろうと、自分が『覚醒者』であることは誰にも知られてはいけない。
俺たちは一般人の振りをして生きなければいけない。
だから絶対にあってはいけないんだ。
たとえば、俺が今いるこの場所――。
俺の通っている高校の中で、『覚醒者』であることがバレかかるなんてことはな……。
しかも『覚醒者』であることだけでなく、俺の動画投稿アカウント名まで知られているとは……。
この俺が身バレ、だと? ありえないくらい慎重に、それはそれは細心の注意を払ってきたっていうのに……まさか同じ学校のヤツに?
しかし誰だ? 女の声? 集中して聞かないと聞き取れないくらい、ぼそぼそしゃべるヤツだな……空耳の可能性もあるか? いや、ホントマジ誰だよ。
でも振り返って確かめるわけにはいかない。
俺は『LUI』なんて知らないし見当もつかない。そもそも今、俺は誰にも話しかけられていないから、誰の声も聞こえていない。ということにする!
「あー、腹減ったな。購買に行ってパンでも買うかー」
俺はわざとらしく大きく伸びをして、大股で歩き出す。
まずは自然にこの場を立ち去らなければ。
「あ、待って……『LUI』」
か細い声。
何も聞こえんなー。
「待ちなさいよ!」
「うぉ⁉」
まさか直接、手を引っ張られるとは思わなかった……女子に。
やわらかっ! 肌がモチモチで手のひらやわらかっ!
「安心して……。べ、別にバラすつもりはないの」
顔を近づけ耳打ちしてくる。
ぼそぼそとしゃべるその声が、ウィスパーボイスとなって俺の鼓膜を震わせる。距離近いって!
ん、バラすつもりはない? どういうことだ?
警戒しつつも、俺は足を止めて女子のほうに視線を送る。
「あなた『LUI』……なんでしょ」
陰キャな女。
真っ先にその印象が頭に浮かんだ。
小柄な背丈。
うつむきがちの顔。
長い前髪で目元が隠れていて、どんな表情をしているのかわからない。
手を掴んで話しかけてきておきながら、決して目を合わせようとはしてこないし。
重たい黒い髪を三つ編みにして――まあ、見覚えのない女子だな。
上履きの色からして同学年ではあるのか。
だが知らんなあ。
「わたし、『LUI』に言いたいことがあったの」
完全に俺が『LUI』であると断定したような物言いだ。
「あのな、『LUI』ってヤツが誰だか知らんが人違いだ。俺は3-3の
ここはあえて潔白をアピールするために、本名を名乗る。
一般の高校生が同級生に名前を名乗ることなんて普通だからな。『覚醒者』が身バレするのとは違う……はずだ!
「ア、わたしは
しまった。
見覚えがないが、同じクラスの女子だったのか!
うわっ、超気まずいっす!
「あー、すまん。女子の名前はあんまり憶えてなくて。光崎さんね。これからは同じクラスのよしみでよろしくな?」
自分で言っていてあれだが、何がよろしくなんだ?
「『LUI』さん。わたし……ミオです」
「だから俺は流野だって。光崎美緒さんね、覚えたよ」
なぜ2回名乗ってきた?
まさか俺のことが好きなのか⁉
ちょっと野暮ったい雰囲気だが……ぜんぜん大丈夫! 俺はぜんぜんいけるぞ⁉ 好意を寄せられてむげに断れるほどモテるほうじゃないしな! むしろ彼女いない歴=年齢です! はい! 光崎美緒さん、俺と付き合ってください! ってさすがにそれは違うか。
「だからわたし……あの時……助けてもらったミオなんです」
あの時……?
俺が誰かを助けるなんてことは……。
ふーん、美緒さん……。みおさん……ミオ……ミオ⁉
「おまっ! まさか⁉ ≪閃光≫のミオ=セリーヌ⁉」
動揺しまくって声が裏返ってしまったが、声のボリュームは最小限に抑えることができたと思う。
たぶん周りには聞こえていない。
我ながら、ギリギリグッジョブ。