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第2話 あー、腹減ったな。購買に行ってパンでも買うかー

「あなたが……『LUI』ね?」


 突然、背後――しかも至近距離から呼びかけられて、思わず一瞬だけ体が反応してしまった。


「ホントにそうなのね……」


 半信半疑のカマかけだったのかもしれない。

 しかし、俺の反応を見て、それは確信に変わってしまったようだった。


 これは致命的か――。


 だがまだだ。

 まだあきらめない!


 俺も影で生きることを心に誓った身。

 こんな簡単なカマかけで正体を見破られたとあっちゃあ、『ステルス・シャドウ』のスキルが泣くってもんだぜ。ま、ダンジョンスキルはダンジョン以外では使えないけどな。


 そう、ダンジョン以外では俺を含め、『覚醒者』はただの人間だ。

 だから、身バレは絶対にNG。

 家族以外には知られてはいけない。親しい友人にさえ、自分が『覚醒者』であることは隠すのが常識中の常識なのだ。


 なぜなら『覚醒者』であることがバレると、命の危険があるからな。

 これは誇張抜きでマジな話だ。


 『覚醒者』は稼げる。すげぇ稼げる。

 もちろん危険と隣り合わせなのだが、ダンジョンでモンスターを倒した時に手に入るドロップ品は、非常に高価で目ん玉が飛び出るような値がつくこともあるからな。ボスからドロップしたのが、レアアイテムだったりした日には……下手すると小さい国くらいはキャッシュで買えちゃう、かもな? もちろんボスの種類によるが。


 地上では手に入らない未知のアイテムたち。

 新たなエネルギー源になったり、新薬の開発に寄与したりする。もちろん、ダンジョン内で特殊な金属が手に入れば、使い道はいろいろあったりするしな……。



 年齢も性別も国籍も関係なく、突然発現する『ダンジョンスキル』。

 その『覚醒者』の人数は、世界人口の約10%ほどだと言われている。


 『新人類』と呼ばれる俺たち『覚醒者』は、常に妬みの対象だ。

 『覚醒者』となったことを公表したとある有名人が、公表翌日に謎の死を遂げたことはまだ記憶に新しい。


 芸能人だろうと、俺のような高校生だろうと、自分が『覚醒者』であることは誰にも知られてはいけない。

 俺たちは一般人の振りをして生きなければいけない。



 だから絶対にあってはいけないんだ。

 たとえば、俺が今いるこの場所――。


 俺の通っている高校の中で、『覚醒者』であることがバレかかるなんてことはな……。

 しかも『覚醒者』であることだけでなく、俺の動画投稿アカウント名まで知られているとは……。


 この俺が身バレ、だと? ありえないくらい慎重に、それはそれは細心の注意を払ってきたっていうのに……まさか同じ学校のヤツに?

 しかし誰だ? 女の声? 集中して聞かないと聞き取れないくらい、ぼそぼそしゃべるヤツだな……空耳の可能性もあるか? いや、ホントマジ誰だよ。


 でも振り返って確かめるわけにはいかない。


 俺は『LUI』なんて知らないし見当もつかない。そもそも今、俺は誰にも話しかけられていないから、誰の声も聞こえていない。ということにする!


「あー、腹減ったな。購買に行ってパンでも買うかー」


 俺はわざとらしく大きく伸びをして、大股で歩き出す。

 まずは自然にこの場を立ち去らなければ。


「あ、待って……『LUI』」


 か細い声。

 何も聞こえんなー。


「待ちなさいよ!」


「うぉ⁉」


 まさか直接、手を引っ張られるとは思わなかった……女子に。

 やわらかっ! 肌がモチモチで手のひらやわらかっ!


「安心して……。べ、別にバラすつもりはないの」


 顔を近づけ耳打ちしてくる。

 ぼそぼそとしゃべるその声が、ウィスパーボイスとなって俺の鼓膜を震わせる。距離近いって!


 ん、バラすつもりはない? どういうことだ?


 警戒しつつも、俺は足を止めて女子のほうに視線を送る。


「あなた『LUI』……なんでしょ」


 陰キャな女。


 真っ先にその印象が頭に浮かんだ。


 小柄な背丈。

 うつむきがちの顔。

 長い前髪で目元が隠れていて、どんな表情をしているのかわからない。

 手を掴んで話しかけてきておきながら、決して目を合わせようとはしてこないし。

 重たい黒い髪を三つ編みにして――まあ、見覚えのない女子だな。


 上履きの色からして同学年ではあるのか。

 だが知らんなあ。


「わたし、『LUI』に言いたいことがあったの」


 完全に俺が『LUI』であると断定したような物言いだ。


「あのな、『LUI』ってヤツが誰だか知らんが人違いだ。俺は3-3の流野陽一ながれのよういちだ」


 ここはあえて潔白をアピールするために、本名を名乗る。

 一般の高校生が同級生に名前を名乗ることなんて普通だからな。『覚醒者』が身バレするのとは違う……はずだ!


「ア、わたしは光崎美緒こうざきみお……です。一応……同じクラス」


 しまった。

 見覚えがないが、同じクラスの女子だったのか!

 うわっ、超気まずいっす!


「あー、すまん。女子の名前はあんまり憶えてなくて。光崎さんね。これからは同じクラスのよしみでよろしくな?」


 自分で言っていてあれだが、何がよろしくなんだ?


「『LUI』さん。わたし……ミオです」


「だから俺は流野だって。光崎美緒さんね、覚えたよ」


 なぜ2回名乗ってきた?

 まさか俺のことが好きなのか⁉


 ちょっと野暮ったい雰囲気だが……ぜんぜん大丈夫! 俺はぜんぜんいけるぞ⁉ 好意を寄せられてむげに断れるほどモテるほうじゃないしな! むしろ彼女いない歴=年齢です! はい! 光崎美緒さん、俺と付き合ってください! ってさすがにそれは違うか。


「だからわたし……あの時……助けてもらったミオなんです」


 あの時……?

 俺が誰かを助けるなんてことは……。

 ふーん、美緒さん……。みおさん……ミオ……ミオ⁉


「おまっ! まさか⁉ ≪閃光≫のミオ=セリーヌ⁉」


 動揺しまくって声が裏返ってしまったが、声のボリュームは最小限に抑えることができたと思う。

 たぶん周りには聞こえていない。


 我ながら、ギリギリグッジョブ。

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