黒塗りの高級車が静かに屋敷の門を潜り抜けた。車窓から見えるのは、広大な庭園と荘厳な佇まいの建物。まるでヨーロッパの古城を思わせるその光景に、私は息を呑んだ。
「羽闇様。ご到着致しました、此方へどうぞ。」
期待と不安が入り混じる複雑な気持ちを抱えたまま私は車を降りる。私はサングラスの男達に囲まれ、屋敷の中へと案内された。彼らはまるで私を監視している様にも思える。
磨き上げられた廊下を歩きながら、私は周囲を見渡す。壁には豪華な絵画が飾られ、天井にはシャンデリアが輝いている…まるでおとぎ話に出てくるお城の中だ。しかしその豪華さとは裏腹に、屋敷全体に漂っている重々しい雰囲気に息苦しさを感じた。
やがて、重厚な扉の前に到着した。
「大旦那様、羽闇様をお迎え致しました。」
「うむ、入るがよい。」
男が扉を開けると、部屋の中央に老人が座っていた。白髪頭で小柄な老人だったが、その鋭い眼光は私を射抜く。
「お主が月光羽闇だな?」
「ええ、そうよ。大旦那様というのは貴方で間違いないかしら。」
「如何にも、よくぞここまで来てくれた。月の姫…いや、
老人は表情一つ変えずにそう言った。その言葉に歓迎の意は感じられない。むしろ、何かを試されている様な、そんな緊張感が私を包み込んだ。
「月の姫?孫…?失礼ですが、誰かと勘違いをなさっているのではないですか?私に親戚なんて一人もいません。それに母が亡くなった後、私を引き取ってくれたのは母の友人です。」
私は冷静を装いながら答えた。しかし、内心はとてつもなく動揺している。この老人が一体何を企んでいるのか…全く見当もつかない。
「…そう思っていても無理はないだろう。月光家との縁を切っていたのは、お前の母親と交わした契約だからな。」
「…は?」
お母さんとの契約…?どういう事?
「お前の持っているペンダント…それは少し特殊な力を宿しており、我が家に代々伝わる家宝でもある。もしその石が月白色に変色した時、お前を『月の姫』として月光家に迎え入れる。そう、お前の母親―
私は胸元で光るペンダントを見つめた。これはお母さんの形見であり、私にとって大切なもの。このペンダントが、私の運命を左右しているのだろうか…?
「その…どうして母はそんな契約を?今更この家に迎え入れて貰えたところで何か良い事でもあるんですか?」
「月の姫として迎え入れられればだがな。まず、月光家の女達は二十五歳までに月の力を発揮出来なければ死に至る。それだけではない…周囲にいる月光家の人々までもが、まるで
そういえば、お母さんは二十五歳で亡くなっている。二十五歳に近づくにつれて、徐々に体が弱っていくのが目に見えて分かった。まさか、本当に月のの力を発揮出来なかったせいだというの?そんな非科学的な事がありえるのだろうか?
「そして月羽は、自分が月の力を発揮する事が出来れば誰も死なずに済む―そう思ったらしくお前を宿した頃、私にこう言った。『自分が月の力を発揮するまでは月光家とは縁を切るべきだ。但し、もし自分か娘かが力を発揮した場合には、月の姫として月光家に再び迎え入れてほしい』と。」
「力を発揮…このペンダントの変色がその証だとでも?」
「左様、それはお主が月の姫として選ばれた証。先程も言ったが、そのペンダントは特殊な力を宿しており…それは月光家当主に相応しい女だけが代々身につける事を許されている家宝。だが、いくら相応しいといえど、月の力を発揮出来ない者は少なくない。そしてその中に稀に力を発揮する者が現れると、その石が月白色へと染まる―そう代々伝わっているのがこの一つ目のペンダントの伝説。そして二つ目の伝説は
「歌…?」
「月光家には代々伝わる歌の伝説もあってな、歌で様々な能力を使う事が出来る。月の姫が歌う歌は、ある時は相手の傷を癒し…またある時は相手に攻撃を食らわせるなど、歌により様々な能力を発揮する。月の姫は月光家から生まれる存在なのは確かだが、二百年に一度生まれるかどうかであり、この伝説も真実なのかは未だ分からん。」
私は歌が大好きで、将来は歌手になるのが夢と思う程だ。母も歌が大好きだった…。そういえばペンダントの変色以降、歌う機会がなかった…以前はよくカラオケに通っていたんだけれど。この人も真実かは分からないと言っているし、本当にそんな力があるか少し試してみたさはある。けれど、今はそれよりも―。
「この石が変色した以上、私が月の姫に選ばれたということは分かりました。復縁も別に問題ありません。でも迎え入れるって…私もこの家に住むって事ですよね?」
「当然であろうが。月の姫に選ばれた者は花嫁として狙われやすい。その力を利用したい―そう思う者が多すぎるのだ。」
「でも月の姫は二百年に一度生まれるかどうかでしょ!?伝説って言われてる位なんだから、もう今の時代にそんな奴は…!」
「これは裏情報ですが、既に羽闇様は狙われている様ですよ。」
突然、部屋の入口の方角から聞き慣れない低い声が聞こえた。後ろを振り返ってみると、そこには執事の格好をした美しい男性が立っていた。