「うーん!久し振りの学校だー!」
「羽闇様、ご無理はなさらないで下さいね。何か御座いましたら、すぐにお迎えに上がりますので。」
「分かってるわよ。」
水族館での事件から一週間後。私は徐々に身体を動かせるようになり、ようやく学校へ復帰出来るまで回復した。病み上がりで体力がまだ充分でないことに加え、以前の様な襲撃に備えて今後は壱月に車で送迎して貰う事となった。
本当は同じ学校でクラスも一緒の夜空君も一緒に乗りたいところだが、彼はモデルの仕事の関係で遅刻や早退が多い為難しい。それに、もし彼と車に乗っている瞬間を誰かに見られたら私達が同居している事が周囲に知られてしまう。その為、彼は別の車で送迎して貰う事になった。
「ご到着致しました。」
「ありがとう、じゃあ行ってくるね。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
校門に到着し、私は車を降りて教室へと向かった。教室へ向かう途中、ちらほらと生徒達の視線を感じた。何だろう…と不思議に思ったが、あまり気にしないでおこうと教室の扉を開けた。
「皆、おはよー。」
教室に入った途端、クラスメイトたちの視線が一斉に私に注がれる。
私を見てひそひそと何か話しているけれど、何かしたかな…?気まずい空気の中、私は気にしないふりをして自分の席に座る。すると向日葵と陽葉が慌ただしく駆け寄り、勢いで私に話し掛けてきた。
「ちょっと、羽闇!」
「やみちゃん!」
「おはよう…向日葵、陽葉。そんなに慌てて一体どうしたの?」
「どうしたも何もないでしょ!?あんた、学園中でとんでもない噂になってるんだから!」
「う、噂って何の事よ…!?」
「あんた―…」
まさか水族館での戦闘を見られたとか…?だとしたら、どう説明すれば…!
「ほっしーと付き合ってるんでしょ!?」
「………へ?」
私と夜空君が…付き合ってる?
思わず口を開けて呆然とした。信じられない気持ちで胸がいっぱいになる。そんな私の様子に気付いていない二人は、悪戯っぽい笑みを浮かべて噂話で盛り上がっている。
「いやー、恋愛に興味なさげな羽闇の彼氏がまさかあのほっしーだったなんてねぇ…。ぐふふ。」
「星宮君と付き合っているから、草原先輩の告白を断ったんだね。付き合ってるならもっと早く教えて欲しかったなぁ。それでね、今度演劇部でオリジナルの台本を私が作るんだけど、やみちゃん達の恋愛模様を是非参考にしたいなぁ…♡」
二人の言葉に周囲の生徒達までもがざわつき始める。あちこちから、「え、やっぱりマジな話だったの?」やら「あの星宮君と?」といった声が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!話がよく分からないんだけど…大体何でそんな噂が流れてるの!?誰がそんな事言ってたの!?」
「え?だって、先週辺りにほっしーとマーメイドフィッシュキャッスルでデートしてたんでしょ?」
「実はあの水族館で、やみちゃんと星宮君が手を繋いで歩いているのを見た人がいたの。星宮君はモデルもやっているし学園内でも人気者でしょ?それで学園中が大騒ぎになって、あっという間に噂が広まったんだよ。」
成る程。朝から視線を感じていたのはこのせいか。確かに、手を繋いでいる場面を目撃すれば誰だって付き合っていると勘違いしてしまうだろう。
「そういえばさー…羽闇がほっしーとデートしてた日に水族館で事件があったって聞いたんだけど、あれは大丈夫だったの?」
「…ああ、それね。私達はお昼前には解散してたから被害とかは特に何も無かったよ。あの後、何か事件が起こったっていうのは聞いたけど詳しい事は知らないんだよね。」
「そうなの…?暫く休んでいたからてっきり巻き込まれたんじゃないかって心配してたけど、やみちゃん達が無事で良かったよ。」
事件の話が出ると、心臓がドキリと跳ね上がる。平静を装おうと努めるが、内心は焦りでいっぱいだ。何とか気持ちを落ち着かせ、あたかも自分とは無関係であるかの様に振る舞う。幸いな事に夜空君との水族館デートは目撃されていたものの、敵との戦闘まで目撃した者はいなかったらしい。当然といえば当然かもしれない…あの時は既に来場者全員が避難していたのだから。
「で、話戻すけどさー!ほっしーとはいつから付き合ってんの?」
「私も気になる!」
ずいっと迫ってくる二人に圧倒されそうになり、いつの間にか周囲の生徒達までもがじりじりと距離を詰めてきているのが分かった。相変わらずチラチラと此方を見ているし、絶対聞き耳を立てているに違いない。
「いや、私達まだ付き合ってるわけじゃ…」
「僕が頼んだんだ、あの日だけでも恋人になって欲しいってね。」
「夜空君!?」
周囲に圧倒される中、背後から声が聞こえると同時に夜空君が背後から腕を伸ばして私を抱き締めてきた。夜空君に想いを寄せている女子達は私を酷く睨みつけ、今にも飛び掛かってきそうな程に目を血走らせながら歯を食いしばっている。
「おはよう、皆。実は今度、恋人同士をテーマにした撮影があるんだ。だけど、経験がないせいで恋人の感覚が全然分からなくて…。それで相談に乗ってくれた羽闇ちゃんに練習として付き合って貰ったんだ。」
「あっ、だから手を繋いでたって…。」
陽葉は目を丸くして、納得した様に呟いた。その声は周囲のざわめきにかき消される事なく、私の耳に届いた。
「そう、恋人らしく見える練習をしていたんだ。そうだよね?羽闇ちゃん。」
「う、うん…。」
夜空君が私にウィンクをして、そうだよね?とでも言う様に同意を求めてくる。私は彼に応える様に頷くと、先程まで私を睨んでいた女子達が何処かホッとした表情へと変わっていく。
「皆にも誤解させちゃったみたいで、本当にごめんね。」
私達が付き合っていないと知って、安堵の表情を浮かべる者もいればつまらなそうに肩を落とす者もいた。こっそりと私達を囲んでいた生徒達はそれぞれ散らばっていき、夜空君は困った様に眉をひそめて申し訳なさそうに頭を掻いた。
「羽闇ちゃんも。噂は耳にはしていたんだけど、ここまで広がってるとは知らなくて…僕のせいでこんな噂が流れちゃって本当にごめん。」
「夜空君のせいじゃないって!別に誰も悪くないと思ってるし!それにあのデート…夜空君の彼女になれた気分が味わえて私は凄く楽しかったよ。だから、また遊ぼうね!」
私は夜空君の目をまっすぐと見つめながら笑顔でそう言った。夜空君はほんのりと頬を赤らめると、はにかむように微笑む。そして、私の耳元へと顔を寄せて何かを囁こうとしてきた。
「…こんな事言ったら怒っちゃうかもしれないけど、羽闇ちゃんと恋人同士だと思われて嬉しかった。これから本当の恋人になれるように頑張るから覚悟していてね。」
そう囁いた夜空君は、満足そうな笑みを浮かべて自分の席へと戻っていった。
本当の恋人…!?夜空君の言葉を心の中で繰り返す。その言葉の響きに胸が高鳴り、頬が熱を帯びる。私はどうしようもなく気恥ずかしくなり、暫く彼の姿をまともに見る事が出来なかった。