久々の学校を終えたその日の夜―私は月光邸で大旦那様や婚約者候補達と夕食を囲んでいた。
だが婚約者候補達とはいっても、夜空君はモデルの仕事、一葉さんは大事な用事があるとかで今この席にはいない。それにしても、月光邸のコース料理はまるで芸術作品みたいに美しく、口に運ぶ度に至福の味が広がる。私は、その料理を堪能した。
「そういえば、羽闇ちゃん♪今日から学校に復帰したんだってね?久しぶりの学校は楽しかった?」
「うーん…どうだろ。私が休んでいる間に何か変な噂が流れていたみたいで。」
「えっ、何々!?いじめ?」
華弦の問いに、私は溜息混じりで答えながら苦笑いを浮かべた。その話を聞いていた鳳鞠君が心配そうに声を上げる。碓氷さんは静かに黙々と食事をしていたが、時折此方を見ている。少しでも私の事を心配してくれているのだろうか。
「ううん、そうじゃなくてね…!先週、夜空君とデートしたでしょう?実はそれを生徒の誰かに見られていたみたいで…。それで夜空君と私が付き合っているっていう噂が流れてしまったの。夜空君はモデルもやっているし、学園でも王子様って呼ばれる程人気があるから思っていたよりも大きな騒ぎになっていたみたいで…。」
「…成る程ねぇ。んで、結局その後はどうなったんだい?」
「今はもう大丈夫。夜空君が誤解を解いてくれたから。」
「ふーん、なら良かった♪学校にはよぞらんがいるから心配いらないだろうけど、何かあれば僕達も協力するから遠慮なく言ってくれるといいよ。」
「うん。ありがとう、華弦。」
華弦は、片手に持っていた水の入ったグラスを静かにテーブルに置く。噂も夜空君のお陰で誤解は完全に解け、もう問題はない。私は華弦に安心した笑みを浮かべた。
「それにしても夜空はいいよなぁ…羽闇と同じ学校なんてさ。しかも同じクラスなんて羨ましすぎるよ!」
その鳳鞠君の言葉に、華弦と碓氷さんがはそれぞれ異なる反応を示した。
「アハハッ!でもさ、まりりんは中学三年生なんだから飛び級でもしない限り羽闇ちゃんと同じクラスなんて無理じゃないのー?」
「そもそもこいつの学力では飛び級なんて無理な話だな。」
華弦はニヤニヤとした表情を浮かべながら鳳鞠君を茶化す。更に追い打ちをかける様に、碓氷さんも容赦のない言葉を続けた。
「んなっ!華弦も海紀も酷くないー!?確かに俺は、勉強が苦手でテストも赤点が多いけどさぁ…。っていうか華弦!まりりんって何だよぉ!?」
「年下には愛称で呼びたくてね。マスコットキャラみたいで可愛いじゃんか♪」
華弦は優雅な仕草でグラスを傾けながら答える。
「…みたいも何も、マスコットだと思うが。」
碓氷さんはフォークで優雅に肉を切り分けながらぽつりと呟いた。華弦だけでなく彼までも鳳鞠君をからかう事を楽しんでいる。
「マスコット言うなっ!…ったくもう!」
鳳鞠君はぷくっと頬を膨らませて反論した。その姿は、まるで拗ねた子供の様だ。
「あの、私も鳳鞠君と同じく華弦より年下のはずなんだけど…。」
「大丈夫だよ。羽闇ちゃんは年下じゃなくて、ちゃんと婚約者として見ているから♪」
私は苦笑いを浮かべながら呟くと、華弦は優雅な微笑みを浮かべて答えた。その言葉に、鳳鞠は更に頬を膨らませる。わいわいと言い合っている空間はまるで平和な日常に戻ったみたいで、私は少し安堵した。
すると食事が終わった大旦那様が立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「羽闇よ。次のデートの相手は決まったのか?」
「…え?またデート?」
大旦那様の唐突な質問に戸惑いを隠せず、私は思わず聞き返す。
「当然であろう、まだ星宮としかデートをしておらぬではないか…すぐに相手を決める事だな。いくぞ、壱月。」
「はい、大旦那様。」
そう告げた大旦那様は、私の返答を聞く前に壱月を連れて食堂を後にした。そういえば夜空君と以来、誰ともデートしていなかった。
でも、次の相手と言われても…。
「ねぇ、羽闇ちゃん♪次のデート…誰と行こうか迷っているんなら僕とどうだい?」
華弦は私の腕をそっと掴み、射抜く様な眼差しが私の心を捉えて離さない。その眼差しはまるで宝石の様に煌めいており、心を奪い取られるかと錯覚する。
「羽闇、次は俺としようよ!華弦よりも俺の方が絶対楽しいデートに出来るよ!俺、放課後デートとかしてみたいなー!」
鳳鞠君は私のもう片方の腕を掴み、必死な表情で訴えかけてきた。その勢いに私は少しだけたじろぐ。二人は目をキラキラさせながら、まるで自分を選んでほしいと言わんばかりに私を見つめている。
碓氷さんは食後の紅茶を飲みながらその様子を横目で見て、呆れた表情を浮かべている。
「二人共落ち着いて…!何も次に拘る事ないじゃない。」
私は二人の熱意に少し戸惑いながら、困った様に微笑む。
「拘らなきゃいけないんだよね〜。だって、もし羽闇ちゃんが次のデートの相手を正式な婚約者に選んだ場合、他の婚約者候補達との婚約は全て解消される事になるんだから。結局は早い者勝ちなのさ♪」
「そうそう!こう見えて俺達、結構焦ってるんだよ!?」
「…俺は別に焦っていないがな。」
碓氷さんは彼らと一緒にされているのが気に食わないらしくボソッと鳳鞠君の言葉を否定していたが、彼にだけはその言葉は全く届いていなかった。
「でも、華弦も言ってたじゃない?しっかり見極めて婚約者を選べば良いって。」
「確かに言ったけど…もし次のデートで正式な婚約者が決まったらどうするのさ?」
「だからこそ絶対華弦に譲るわけにいかないよっ!ねぇ、俺を選んでよ!」
「いーや、僕を選びなよ。絶対に後悔はさせないし、必ず君を魅了するよ♪」
私は目の前で繰り広げられる、どちらが自分と次のデートに行くかの口論にどうする事も出来ずにいた。
二人が更に踏み込んできた時、静かに、しかしはっきりと碓氷さんがティーカップをソーサーに置いた。
「いっその事、ジャンケンでもして決めたらどうだ?」
「「…あ」」
「(あ、ハモった…。)」
碓氷さんの言葉に二人は一瞬固まったが、すぐに闘志を燃やして向き合う。
「よーし!こうなったらジャンケンで勝負だ!負けないからね、華弦!」
「僕だって。これでもジャンケンには強い方だから、負ける気がしないな♪」
「「最初はグー…ジャンケンポン!」」
私はどちらが勝つのかドキドキしながら二人を見守る。
そしてこのジャンケンによって、次のデートの相手が決まったのだった。