ある日の放課後。私は学校の校門前である人を待っていた。
そのある人とは―…
「羽闇!お待たせー!」
そう、鳳鞠君だ。
遠くから声が聞こえ、振り向くと息を切らした鳳鞠君が走ってきた。先日の華弦とのジャンケンに勝利した彼は今日、念願の放課後デートを実現するのだ。そして、いつもは壱月が車で迎えに来るけれど今日だけは既に断ってある。
「こっちから誘ったのに、待たせてしまってごめんね…!」
「ううん、私もさっき終わったばかりだから大丈夫だよ。それに鳳鞠君の通う学校からも少し離れているから仕方ないよ。」
「まぁそれもあるけど…部活の助っ人頼まれてしまって断るのが大変だったんだ。」
「へぇ〜。鳳鞠君、部活してるの?」
「ううん、俺は帰宅部!体動かすのは好きではあるけど、スポーツにそこまで興味が無いんだよなぁ。チームで競い合うよりも、一人で体を動かす方が好きだし。」
鳳鞠君は困った表情で頭を掻いている。部活の助っ人を頼まれたけれど、自分は帰宅部だしどうしたものかと悩んでいるみたいだ。
気を取り直した様に鳳鞠君は少し照れくさそうに笑うと、そっと私の手を握った。その手は運動をしている人特有の、硬くて温かい手だった。そして、先程とは少し違った明るい笑顔を浮かべる。
「それよりもさ!俺、今日のデートをずっと楽しみにしていたんだ!」
「うん、放課後デートしたいって言ってたよね。何処に行くか決まってるの?」
「勿論!頑張って羽闇を満足させるから楽しみにしてて!まずはこっちだよ!」
「え、ちょっと、鳳鞠君!?」
私は鳳鞠君に手を引かれたままの状態で走らされ、デートの場所へと向かっていく。鳳鞠君はまるで風の様に駆け抜けていき、私は彼の背中を追いかけようと必死に足を動かした。
鳳鞠君に手を引かれて走るのは、まるで子供の頃に戻った様で胸が高鳴った。しかし、こんなに速く走っているけど一体何処に連れて行かれるんだろう…?暫くすると近くの商店街へと入っていき、目的の場所へと到着したのか足を止めた。
「到着〜!!」
「ぜぇ、ぜぇっ……!鳳鞠君、走るの速すぎるよ…!」
「ふぇ?ああっ、ごめん羽闇!大丈夫!?」
「な、何とか…!はぁ…鳳鞠君は疲れないの…?」
「俺は学校が終わってからよく走ったりしてるから全然!これでも加減してたんだけど…ごめんね。」
「(あれで加減してたんだ…。)」
あんなに走っておいてた息切れ一つしていないどころかケロッとしている鳳鞠君は本当に凄いと思う。鳳鞠君は申し訳なさそうな表情で、「うーん、まさか羽闇がこんなに疲れてしまうなんて思わなかった…。」と呟いた。
鳳鞠君はペースを合わせられなかった事に落ち込んでいるのかしゅんとしており、私はそんな彼の気遣いが嬉しく思い、そっと頭を撫でる。
「大丈夫、久し振りに走ってちょっと疲れただけだから。」
鳳鞠君の頭を撫でると彼は少し驚いた様に目を丸くしたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。そんな彼を見て、私も心が温かくなった。
「それより、鳳鞠君。此処って―…」
「ん?見たまんま、ゲーセンだよ!…もしかして羽闇、こういう所来た事ないとか?」
到着したその建物を見上げてみると、何処にでもある普通のゲームセンターだった。此処ではないが、私だってたまに向日葵と陽葉と一緒にゲーセンに行っている。でも、私と陽葉はゲームはあまり得意じゃないから、基本的には向日葵の付き添いが多い。色とりどりの光がゲーセンの看板を照らし出しており、その賑やかな看板を見上げながら私は少し意外な気持ちになった。鳳鞠君が私を此処に連れてきたのは、何か特別な理由があるのだろうか。
「いや、普通にあるけど。此処でデートするの?」
「うん!放課後デートの定番といえば、やっぱりゲーセンかなって思って。俺、羽闇とずっとやりたかった事あったんだ〜!入ろ入ろっ!」
鳳鞠君に背中を押されて、私達はゲーセンへと足を踏み入れる。中に入ると色んな学生服を着たグループがあちこちに散らばっており、クレーンゲームやガンシューティングゲームを楽しんでいる。
鳳鞠君は私の手を引いて店内の奥の方へと進んでいくと、プリクラコーナーに立ち止まった。
「これは…プリクラ?」
「えへへっ!実は羽闇とやりたかった事ってコレなんだー!プリクラって撮った事なくてさ。俺から希望しておいて何も分からないのは格好悪いと思ったから、事前に試しておきたかったんだけど…男だけじゃ駄目みたいで。女の子と一緒じゃないと入れないんだってさ。それで、どうかな?羽闇と一緒に撮りたいな。」
鳳鞠君は不安そうな目で私を見つめた。プリクラを撮りたいという彼の願いが私に受け入れて貰えるかどうか心配しているのだろう。プリクラ機の側には最新機能などを紹介している看板が置いてあり、私は興味津々でしゃがみ込んでその看板に顔を近づける。そこには最新の盛り機能や人気のポーズ集などが紹介されていた。
「へぇー…最新機能も色々あるんだ。プリクラって久し振りだから上手く撮れるかちょっと不安だけど、何だか面白そうだね!」
「…じゃあ、一緒に撮ってくれるの?」
「うん!私も鳳鞠君と一緒にプリクラ撮りたいな。あと、私このピンク色のプリクラ機がいいかな。キラキラしてて可愛いし!」
「えへへ…分かった。じゃあ、入ろうか!羽闇、早く早く!」
「待って、鳳鞠君!そこは落書きコーナーだよ!あと、そのコーナーはまだ人が居るから入っちゃ駄目ー!」
鳳鞠君は私がプリクラを撮ることに賛成してくれた事に安堵したのか、少し照れ臭そうにしながらも何処かホッとした表情を浮かべている。鳳鞠君はまだ中に人がいる落書きコーナーへ入っていこうとしていたので、私は何とか彼の腕を掴んで撮影コーナーの方へと連れて行った。プリクラ機の中に入ると、様々なポーズや背景を選ぶ画面が現れる。私達はどのポーズにするか、どの背景にするか、最新機能をどう使うか…あれこれと相談しながら何とか撮影を終えた。
久々のプリクラは思ったよりも難しかったけれど、鳳鞠君と一緒に色々なポーズを試したり、最新機能で遊んだりするのはとても楽しかった。