「ほ、鳳鞠君。ちょっと…!」
ファーストフード店を出ると、鳳鞠君はまるで何かを振り払うかの様に無言で私の手を強く握り、前だけを見つめて歩き出した。先程よりも明らかに強い力で手を引かれ、鳳鞠君の怒りがひしひしと伝わってくる。
「鳳鞠君ってば!!」
「…え?」
少し大きめの声で鳳鞠君の名前を呼ぶと、彼はハッとした様に肩を震わせ、ゆっくりと私の方へと振り返った。私の声に驚いたのか、ポカンと口を開けたまま目を丸くしている。
「どうしたの?さっきから様子がおかしいけど…」
「…そんな事ないよ。」
私は鳳鞠君の顔を覗き込もうとする。けれど彼はそっけない態度を崩さず、そっと顔を背けてしまう。
「嘘。いつもの明るい鳳鞠君じゃないもん。…私、何か怒らせる事したかな?もしそうなら、やっぱり辛いし謝りたいな。」
「なっ!何でっ!?羽闇は何もしてないよ!」
「じゃあ何で…」
鳳鞠君は何か重いものを吐き出す様に深く、長い溜め息をついた。次の瞬間、彼は唐突に縋り付く様に私を抱きしめた。その腕は優しく、しかし確かな力を込めて私の背中を包み込む。静寂が私達を包み込んだ。
時間の感覚が麻痺する程長く、濃密な沈黙。やがて、その沈黙を破る様に鳳鞠君の今にも消え入りそうな声が私の耳元で震えた。
「羽闇、絶対笑わない…?絶対に引かない…?」
「笑わないし引かないよ。理由を教えてくれたら、私も安心できるから。」
私は彼の不安げな瞳を真っ直ぐに見つめ返し、そう答える。すると、鳳鞠くんは私の言葉に少しだけ安心した様に再び小さく息を吐き出した。
「…そっか。じゃあ言うけど…悔しかったんだ。」
「え?」
「だって…俺は羽闇の婚約者候補だろ?なのに、周りからは只の友達同士に見えていたなんて…!いや、姉弟に間違われてた可能性だってあるのか…?昔から俺は周りに子供扱いされる事が多くて、早く一人前の男として認められたかったんだ。だからこそ、婚約者候補として堂々と羽闇の隣に立ちたかった。」
鳳鞠君は顔を真っ赤にしながら早口でそう言った。その言葉には、彼の切実な思いが込められていた。
「…それで、ずっと拗ねてたの?」
「拗ねてたっていうか…うん、そうかも。」
恥ずかしさのあまり、鳳鞠君は私の肩に顔を埋めてしまった。その姿に愛らしさを感じると同時に、笑いが込み上げてくる。
「アハハハハッ!!」
「羽闇〜!もー!笑わないって言ったのに〜!」
「だって、何か可愛かったから…!アハハッ!」
「それ褒めてない!だから言いたくなかったのに…!」
涙が止まらない程笑う私を見て、鳳鞠君は悔しさと恥ずかしさでいっぱいになった様に私から体を離した。
「アハハッ…ごめんごめん!でも、やっぱり引かないよ。だって、それは当然の事だと思うから。」
「え…?」
これは予想外の言葉だったのか、鳳鞠君はどう反応すればいいのか分からないといった様子で只々私を見つめている。
「まぁ…私って恋人いた事はないんだけど。もし仮に恋人が出来たとして、デート中に周りの人に友達同士と思われるのは確かにショックかもなーって。だから、鳳鞠君は恥ずかしがる必要なんてないよ。」
「羽闇…。」
少し照れ臭かったが素直な気持ちを伝えると、鳳鞠君は私の言葉をじっと聞いていた。
「それに、少し嬉しかった。鳳鞠君が周りにどう思われるか気にする位、真剣に私の事を思ってくれていたのが分かったから。ありがとう、鳳鞠君。」
「…お礼なんて、要らないよ。俺が羽闇の事が好きでやっているんだから。」
鳳鞠君は私の手を再び握り、熱を帯びた眼差しを私に向けた。手も先程より熱い。
「出会って間もないのは分かってるよ。だけど俺は真剣に羽闇に婚約したいと思ってる…この気持ちは本物だ。」
「…鳳鞠君。」
彼の真剣で熱い眼差しに、胸がドキドキと高鳴る。すると、鳳鞠君は先程の表情が嘘だったかの様にいつもの笑顔に戻る。
「…あっ、暗くなってきたしそろそろ帰ろっか!あんまり遅くなると皆に怒られちゃうよ〜!」
「あ、うん。そうだね。」
ポケットからスマホを取り出すと、時刻は丁度十九時半。そういえば…放課後デートを許可されているとはいえ、早めに帰ってくるようにと壱月に念を押されていたのだった。
襲撃事件の時の敵も野放しになっている今、これ以上時間が遅くなるわけにはいかず、私達は手を握ったまま月光邸へと帰った。
帰宅した時には既に二十時を回っており、壱月にこっぴどく叱られた。