「それで、特訓って何から始めれば良いの?さっき、第一段階がどうとか言ってたけど…」
「ええ、第一段階として羽闇に受けて頂くのは『力の制御及びその力を最大限に引き出して頂く特訓』で御座います。ですが、その前に羽闇様にご紹介したい方がおります。その方には事前に羽闇様の講師をお願いさせて頂いたのですが…。」
月姫としての特訓を受けると決意した私は、壱月の言葉に少し緊張した面持ちで耳を傾けている。果たしてどんな特訓が待っているのだろうか…。すると、静かな部屋に控えめなノックが響いた。
「壱月さん、いますか?」
私と壱月は扉に視線を注ぐと、扉の向こうからは聞き覚えのある声がした。壱月が扉を開けると、そこには夜空君が立っていた。
「…星宮様?どうかなさいましたか?」
「夜空君!」
「あ、羽闇ちゃんも一緒だったんだね。実は壱月さんに呼ばれたという女性がいらっしゃっていて…その人から恐らく此処にいるって聞いたので。」
夜空君は私に気が付くと、にこやかな笑顔を浮かべる。
「(夜空君…うぅ、今日もキラキラしていて格好良いよぅ。)」
そういえば、最近仕事で忙しいみたいで学校に来てなかったから何だか久し振りに会えた気がする。最後に会ったのはいつだっただろう?確か、噂の件以来だったような…。そう考えていると、夜空君の背後から落ち着いた女性の声が聞こえた。
「久し振りね、萱。」
「お久し振りです。お待ちしておりました、
夜空君と共に現れた女性に、壱月はいつもの丁寧な物腰で深々と頭を下げる。壱月のその姿は普段の凛とした佇まいとは異なり、何処か畏怖の念を抱いている様にも見える。…凄く綺麗な人。見た感じだと年齢は二十代前半だろうか…?彼女の佇まいは静寂の中に凛とした存在感を放っており、物静かで聡明な印象は彼女の周りの空気すら澄み切ったものに感じさせる程だった。縁なしの眼鏡の奥で何処かミステリアスな冷たさを帯びた涼やかな深緑の瞳。腰まで伸びた淡い水色の髪は光を浴びるとまるで水面のように煌めき、背中に沿って流れ落ちている。そして身に纏った上品な光沢を放つ淡い紫色の着物には、可憐な撫子の花が静かに咲き誇っている。
「壱月、もしかしてこの人が…?」
「ええ、羽闇様。この方は先程言っていた羽闇様の講師を担当して頂く、
この人が自分の特訓の講師…?期待と緊張が入り混じる中で、私は女性の顔をじっと見つめた。
「…初めまして。貴方が月姫に選ばれたと噂されている月光羽闇さんで間違いないかしら。」
「えっ、あ、そうです!初めまして、月光羽闇です!この度は特訓のご指導、宜しくお願いします。」
「…宜しく。」
私は狼狽えながらも有栖川さんに向けて頭を下げるが、彼女の表情は変わらずに只一言そう呟いた。その声は凍てつく様に冷たく、私を突き放している様に感じられた。私、何か失礼な事をしてしまったのだろうか…?
「では、羽闇様。有栖川様もいらっしゃいました事ですし、特訓についての説明を続けさせて頂きますね。」
どうやら特訓の説明は、引き続き壱月が担当するらしい。私はてっきり、この後は有栖川さんから直接指導を受けるものだと思っていたので少し意外だった。
「羽闇様、例のペンダントはお持ちですか?」
「あぁ…うん。ちゃんと首にかけてるよ、ホラ。」
私はそう言いながら、首にかけていたペンダントをそっと鎖からつまみ上げて壱月に見せた。亡き母の形見であり、月姫の力を与えてくれる大切なもの。しかし同時に、私にとって大きな重荷でもある。
「宜しいでしょう。それではまず、以前の様にそのペンダントを使って月姫様の姿へと
「うん、分かっ……はい?」
壱月の言葉に、私は内心激しく動揺してしまい思わず間の抜けた声が出てしまった。