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第24話【夜空の導き】

壱月の言葉に、私は戸惑いを隠せないでいた。


「羽闇様、どうかされましたか?以前の様に、月姫様の姿へとお変わりになって頂きたいのですが。」


壱月は不思議そうな表情を浮かべながら、同じ言葉を繰り返す。


「そんな、いきなり月姫に変身しろって言われても…」


以前の戦いで、ペンダントの力によって月姫へと変身出来た事は紛れもない事実。だが、あの時はただ必死でどのように変身する事が出来たのか覚えていない。


「…もしかして、どうやって月姫の姿に変わったのか覚えていないのかしら?」


「…はい、あんまり。」


有栖川さんのその言葉に核心を突かれると私は息を詰まらせ、体が硬直した。激しい自己嫌悪に陥り、自分の不甲斐なさに打ちのめされた。


「…本当に、覚えていないの?」


「…ごめんなさい。」


「聞いて呆れたわ。月姫は特別な力を持つ存在なのに、自分がどうしてそうなれたのかも分からないなんて…。」


有栖川さんは信じられないといった様子で、軽く溜め息をついた。その様子に私は更に心が痛んだ。

その事を知った壱月も、腕を組みながら深刻な表情で呟いた。


「しかし、困りましたね。それでは特訓のしようが…」


「…もういいわ。萱がどうしてもっていうから仕方なく引き受けてあげたけれど、貴方には期待するだけ無駄だった様ね。」


有栖川さんの冷たい言葉が私の胸に突き刺さる。

そして、有栖川さんは私に背を向け、冷たい視線を残して去っていく。彼女の背中がどんどん遠ざかる。


「ちょっと待って下さい。」


その時、静寂を破る声が響いた。

振り返ると、私達の様子を少し離れた場所から見ていた夜空君が何か言いたげな表情で此方へ近づいてきた。


「有栖川さん、まだその判断は早いと思いますよ。」


「シエレトワール…いいえ、星宮夜空君だったかしら。何故その様な事を?」


「僕は彼女が月姫へと姿を変えたのを直接目にしています…そこで少し気になった点があるんですよ。羽闇ちゃん、ちょっといいかな。」


「夜空君…?」


「羽闇ちゃん。君はあの日、怪我を負ってしまった僕を敵から助けてくれたよね。あの時、君は何を思ったのかな?」


「何をって…?」


夜空君の言葉に私は少し戸惑いを覚える。夜空君は穏やかだが真剣な眼差しで私を見つめ、静かに問いかけた。


「僕がやられてしまって、君もまだ月姫に覚醒していなかった。当然、あの麗夢って子に勝てるとは思わなかった筈だよね…なのにどうして君はあの子に立ち向かっていったのかな。何か覚悟を決めていたの?それとも、他に何か理由があったとか…?」


「それは…!」


「よく思い出してみて…月姫へと覚醒したのには必ずきっかけが、があるんだよ。」


きっかけ…確か夜空君はもう助からないと判断した私は只々泣きじゃくっていて、それで…?

そういえばあの時…大旦那様や麗夢の言葉が頭を掠めた瞬間、まだ希望があるかもしれないって…。


「そうだった。私はこのペンダントに麗夢を倒したい、夜空君を助けたいって願いを込めたんだ…。それで急に石が光り出して、気が付いたらあの姿に…。」


思い出した…!どうして今まで忘れていたのだろう…?

あの時、胸を焦がした切実な想いこそが月姫として覚醒する為の何よりも重要な鍵だった筈なのに。夜空君の優しい言葉が閉ざされていた記憶の扉を静かに押し開いた。夜空君は全てを理解したかの様に穏やかな笑みを浮かべる。


「成る程ね、君のその強い想いが覚醒のきっかけになったんだね。」


「夜空君、ありがとう!夜空君が思い出させてくれなかったらきっと…」


「アハハ、大した事はしていないよ。それに、お礼を言うのは僕の方だよ、羽闇ちゃんは僕の命の恩人なんだから。さぁ…これで鍵は見つかったね、後は…」


夜空君はそう言って照れくさそうに笑う。その笑顔は私の心をじんわりと温かくした。

けれど、そんな温かさも今は束の間の休息。気を取り直した私はペンダントへと視線を落とす。


「うん、月姫の鍵は『想いの強さ』だと思うの。だったら私のやるべき事は―…!」


大切な人達を、皆を守りたい。守られるだけの存在じゃなくて、私自身が皆を守れる月姫になる―!

石の部分を握りしめながら、心の底から湧き上がる強い想いをペンダントに込めた。

すると、とっさに呪文の様な言葉が頭に流れ込んできた。


「…―ルナ•ラディアンス。」


私はその呪文をポツリとそう呟いた瞬間だった。石は微かな熱を帯び始め、眩く優しい光が部屋中に満ち溢れる。

やがて光は私の体を包み込み、光がゆっくりと弱まると私は月姫の姿へと静かに変化していた。

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