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第25話【試練の始まり】

「出来た…。やったぁ!変身出来たぁ!」


再び月姫の姿へと変える事が出来た私は、驚きと共に嬉しさが湧き上がってきてその場で何度も飛び跳ねて喜びを爆発させていた。


「凄い凄い〜!流石羽闇ちゃんだねぇ。」


夜空君は目を輝かせながらも、何処か安心したような表情で呟く。その声は喜びと安堵が入り混じった優しい響きを持っていた。そして、私を見守っていた壱月もまた薄い笑みを浮かべながら静かに拍手を送る。


「お見事でしたよ、羽闇様。月姫様へと変わられる方法が分からないと仰った時は正直どうなる事かと危惧しておりましたが…まさか、あの様な形で再び月姫様の力に目覚められるとは私も想像しておりませんでした。」


「えへへ…ありがとう、壱月。」


私は照れ臭そうに笑うと、壱月の言葉に甘んじる様に頷いた。


「でも今は月姫にまた変身する事が出来たってだけで、まだまだ分からない事だらけだよ。これからもっともっと月姫の力を理解して、皆を守れる様に頑張るから。」


「私も微力ながら、羽闇様のお力添えをさせて頂きます。後は…」


壱月は言葉を切ると、有栖川さんへと視線を向ける。その眼差しには何か言いたい事がある様だ。

有栖川さんは先程まで講師としてのサポートを拒否していた。しかし、今こうして月姫へと姿を変えた私を目の当たりにし、壱月は再び有栖川さんに私の講師をお願いしたいと考えているのだろう。


「有栖川様…先程は羽闇様の講師を辞退されましたが今一度、羽闇様のお力添えを頂けないでしょうか?月姫様の力は偉大ですが、まだまだ未知数な部分も多く、有栖川様の知識と経験がきっと羽闇様の助けになるはずです。」


「…月姫へと姿を変えられた以上、仕方がないわね。それに私は、一度でも講師を引き受けてしまった身。」


「それでは…!」


有栖川さんは静かにそう言い放った。その口調は諦めにも似た響きを含みつつも、どこか覚悟を決めた様にも聞こえた。その有栖川さんの返答に壱月は表情を変えずに、しかし口調には微かな期待を滲ませながら、彼女を見つめる。


「但し、私の指導は無期限ではないわ。今後の特訓次第で、羽闇さんの成長が見込めないと判断した場合はその時点で講師を辞退させて頂きます。」


「あ、ありがとうございます! これから始まる特訓、必ず乗り越えてみせます…改めて宜しくお願いします!」


相変わらず冷淡ではあったが、先程の私を拒絶する様な冷たさとは少し違っていた。けれど有栖川さんの口調は厳しく、私に気を引き締めさせる。私は意気込んだ様子で有栖川さんに向かって深々と頭を下げる。生半可な気持ちで挑むつもりはない…これから始まる特訓への覚悟を静かに、しかと。確かに胸に刻み込んだ。


「私が貴方に教えるのは、『力の制御』。そして『その力を最大限に引き出す事』。まずは力の制御から始めるわ…覚悟はいいかしら?」


有栖川さんの声は静かで落ち着いており、凪いだ水面の様に穏やかだった。しかし、その奥には決して揺るがない強い意志が感じられる。力の制御、そして最大限の引き出し。それは私が月姫として、皆を守る為に、どうしても身につけなければならない力だった。


「は、はい!」


私は迷わず答えた。不安がないと言えば嘘になる。それでも、早く力をつけて皆の役に立ちたいという気持ちの方が遥かに強かった。私の返事を聞くと、有栖川さんは静かに小さな鉢植えを差し出した。そこには今にも枯れてしまいそうな、儚い桃色の撫子の花が咲いていた。


「この撫子の花は、かつて戦場で咲き誇った強い生命力と破壊力を秘めた花…けれど、少々弱ってしまっているの。貴方の歌でどの程度まで回復させられるか試してみて。但し、この花は特別なものでもあるから、力の制御には注意して頂戴。誤れば完全に枯れてしまうか、思わぬ事態を招くかもしれないわ。」


戦場で咲き誇った、強い生命力と破壊力を持つ花。そんな特別な花を、私の歌で回復させる…?それに、力を間違えれば枯らしてしまうかもしれない。しかし、それでも私は―…!


「…分かりました、やってみます!」


私は差し出された鉢植えを両手で受け取ると、足元にそっと置いた。そして手に持っていた月下美人をマイクへと変化させ、静かに目を閉じ、深く呼吸を繰り返す。以前夜空君の怪我を癒し、母から託されたあの温かい歌を心の糸を手繰り寄せる様に紡ぎ始めた。歌声は微かに光を帯び、撫子の花を優しく包み込んでいく。しかしその光は不安定で、時折強く輝き、またすぐに弱まってしまう。力の制御…やはり、難しい。暫くすると、撫子の花は更に色褪せ、力なく枯れてしまった。


「やはり、枯れてしまったわね。」


「ごめんなさい、私のせいで…。」


有栖川さんは淡々と、しかし確実に私の失敗を告げた。彼女の瞳には失望の色はなかった。けれど、私は力のなさに打ちのめされる。私の歌は、その小さな命を繋ぎ止めることすら出来なかったのだ。


「大丈夫よ、こうなる事は大体予想がついていたから。」


「え…?」


「この程度で落ち込んでいる暇はないわよ。まだ花はあるから、気にせず早く特訓を続けるのよ。」


有栖川さんはそう言いながら、予備の鉢植えをいくつか取り出した。その手際の良さに、彼女が何度も同じ光景を見てきた事が伺える。失敗を恐れずに挑戦し続ける。それが彼女の教えだった。


「は、はい!」


私は再び前を向いた。それは、まだ始まったばかりの特訓。これからどんな困難が待ち受けているのだろうか…。それでも、私は諦めない。必ずこの特訓を乗り越えてみせる。

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