無事編入試験を突破する事が出来たので、晴れて花の女子高生になる事が決まった。白いブラウスに無地のジャンバースカートというクラシカルな雰囲気の制服に身を包み、正門をくぐる。入ってすぐの守衛室で尋ねると、そのまま校舎に入って職員室に向かうよう指示された。
「ようこそ煌宣女子学院へ。私は、貴女が編入するクラスの担任を務めています阪井と申します。以後宜しく」
「クラス委員を務めている駒木育子です。宜しくお願い致します」
ほんわかした雰囲気の中肉中背の男性と、左右に三つ編みを下げている素朴な女の子が私を出迎えてくれた。二人ともにこにことしていて、裏があるようにも見えないので……気づかれないようにほっと息をつく。
「編入を許可頂きありがとうございます。槙原愛佳と申します、以後宜しくお願い致します」
「愛佳さまと仰るのですね。素敵なお名前です」
「ありがとうございます……ええと、育子さまで宜しいですか?」
「ええ、ええ、大丈夫ですよ! では早速、教室の方へ参りましょう!」
まるで花が綻ぶとはこの事か。彼女を見てそんな事を考えていると、いきなり右手を握られた。そして、有無を言わせぬまま教室へと連行される。阪井先生も彼女を特に咎めはしないので、本当にこんな接触が日常なのだ。
(……なるほど、噂には聞いていたが……)
この学校は、本当にお嬢様達の為の学校なのだ。どうしよう、私、出自そのものは一般家庭なのだけど大丈夫だろうか。変に浮いて遠巻きにされたりしないだろうか。
結論を言えば、そんな心配は無用だった。善意を擬人化した世界なのだろうか……と言いたくなるレベルのクラスメイト達は笑顔で出迎えてくれたし、先生方は困った事があったらいつでも言ってくれと皆親切に言ってくれた。今までいた世界が世界なので、こんな緩やかで平和な世界があったのかと思い……何か、それだけでも、この学校に来た意味があったんじゃなかろうかと、そんな事すら考えた。正直、この学校を卒業した後に芸能界に戻れるか不安になったレベルだ。
「校内案内は以上になりますが、何かお聞きになりたい事などはございますか?」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、とても分かりやすかったです」
「それは良かったです。では、教室に……あ」
昼休みを使って育子さんに校内を案内してもらっていると、彼女はある一点を見て声を上げた。どうしたのだろうかと思って同じ方を向くと、視線の先に居たのは一人の男性。
(……既視感?)
遠目なのでスーツを着ているというくらいしか分からないのだが、どうしてか胸の奥がざわざわとし始めた。それは、決して不快な感情ではなくて……期待に胸が膨らむような、そわそわと落ち着かない心地。
「愛佳さまは、まだ副担任の先生とお話された事はございませんよね?」
「そうですね。阪井先生と、先程の授業の先生くらいです」
「では参りましょう。館花先生!」
育子さんは教師の名を呼びながら、小走りで近づいていった。その後を追いかけて、私も小走りになる。息を弾ませながら件の教師の正面に立ち……叫び声を上げそうになったのを、辛うじて抑え込んだ。間違いない、彼だ!
「館花先生。こちらが、本日我がクラスに編入された槙原愛佳さまです! 愛佳さま、こちらが副担任の館花康輝先生ですわ。数学の先生なんですの」
「そう……なんですね。館花先生と、仰るんですね」
ひとりでに言葉が滑り落ちる。向こうの目も驚きで見張っていて、言葉を失っているようだった。
「本日付けでこちらに編入しました、槙原愛佳と申します。宜しくお願いします」
「……副担任の館花だ。担当科目は数学」
「数学の、先生」
初めて彼の声を聞いた。少し低めの、落ち着いた声。ねばつくような媚や裏がないその声は、とても聴き心地が良い。
「……宜しく」
彼、もとい館花先生は一言だけ発すると、私達の前から去って行った。その背中を見送った後で、困ったような顔をした育子さんが私を振り向く。
「あの……大丈夫ですからね」
「何がですか?」
「館花先生、怒ってらっしゃる訳では無いので……元からあんな感じの方ですので……」
「ああ、大丈夫ですよ」
ともすれば不愛想とも取れる彼の態度に、私が傷ついたのではないかと心配してくれたらしい。育子さん、普通に良い子だ。良い子過ぎて、変な男に引っ掛からないか心配になってくるが……この学校に通っているくらいだし、まぁ大丈夫だろう。
「綺麗な声だなって思っていただけですから」
「そうでしたか。それなら良かったです」
ほっとしたらしい彼女のお下げが風で揺れる。そのタイミングで予鈴が鳴ったので、二人で教室に戻った。