「誰が二度と恋愛なんてするかー!」
腰に剣を下げた男がサリア魔法学園の三階テラスで叫んでいた。
男の名はカール・フォン・サリア。この魔法学園を含むサリア領の領主、その嫡男である。
「……うるさい」
すると、上からそんな声が聞こえてくる。
「え、誰?」
この学舎は三階建てだ。これより上には屋根しかない。
屋根の上を見上げると、そこには白いワンピースに茶色のマントを纏った少女が座っていた。
短髪をまとめた白い髪に赤い瞳が、とても映えており、よく目立つ。
屋根に腰掛けた少女は足をカールの方に向けており、むき出しの白い太ももが普通の男子高校生には眩しいくらいだが、カールは動じずに言葉を続ける。
「ウォルフさんか。そんなところで何を?」
少女の名前はラウラ・ウォルフ。その美貌と性格から、クール美少女として有名で、彼女のクラスメイトどころか学年問わず人気の高いカールのクラスメイトであった。
「……別に、いつもここにいるってだけ」
「そうだったのか。それは騒がしくしてすまない」
ラウラは昼休みに気がついたらどこにもいない、とよく噂になっていた。
まさか三階テラスのさらに上、屋根の上に陣取っているとは誰も思うまい。
「……そんなことより、もう恋愛しないって? 領主嫡男様なら、相手は選び放題でしょうに」
面白くなさそうにラウラが言う。
「だからこそさ」
そんなラウラの言葉をカールは否定しなかった。
このサリア領の領主である正騎士クラウス・フォン・サリアの嫡男たるカールはその家柄と経済状況から大変女性から人気がある。
「誰も僕自身を見てない。僕がモテるのは家柄とお金を持っているからの二つだけだ」
「……だから、さっきの子も振ったの? 付き合った期間、三日だっけ? 最短記録じゃない? あの子、泣いてたけど」
「そんなところまで見てたのか。いや、失礼。君の方が先にいたんだろうね。
彼女の涙はそんな良いものじゃないよ。僕と言う後ろ盾を無くして悲しんでただけだ。彼女は所謂〝没落貴族〟だからね。サリア家の息子の婚約者というポジションが欲しかっただけさ」
「……ふぅん」
カールの言葉にラウラは興味なさそうに頷く。
「なんだ、聞いておいて随分適当な返事じゃないか」
「……別に。ただ、魔法の才も剣の才も家柄もお金も、全てを持ってる人間は言うことが違うな、と思っただけ」
ぴょん、と跳躍し、ラウラが屋根の上から飛び降りて行く。
テラスを飛び越えて、三階より上から、文字通りの地面へと飛び降りたのだ。
慌ててカールが欄干に走るが、ラウラは赤い魔法陣を纏って、自ら転がるように地面に着地していた。
赤い光は身体強化の魔法のサイン。それに加えてパルクールの理論を応用して着地の衝撃を和らげている。
ラウラの背中が大きく開いたデザインのワンピースだけが、もうお前に興味はない、と告げていた。
「魔法も身体能力も、君だって大したものじゃないか」
こちらを振り返りもせず、校舎内に戻っていうラウラを見て、カールは呟くようにそう言った。
六限目、これが終われば学校も終わると言うその授業は魔法実践学だった。
何人かずつ選ばれた生徒が標的用の魔法道具に向けて魔法を放っていく。
出来る生徒は念動力の魔法で黄色い椅子を作って座りながら、出来ない生徒は体育座りをしながら、それぞれ自分の番を待っている。
当然、カールは椅子を作って座っている。
「お前、次の狙いはクール美少女様なのか?」
そんな時、隣の生徒が声をかけてくる。
カールは恋多き男であった。恋して付き合い、あるいは告白されて恋に落ちることもあった。だが、その殆どがカールの側から言い出すことで破局している。
「なんだ、ヴィンセント。またゴシップか。今度の根拠はなんだ? また占星術か?」
「あたりー! っても俺の占星術じゃないけどな」
なんだかんだ仲の良い友人であるヴィンセント・フォン・フェスターは遠くに領地を持つ正騎士の第二子である。
「占星術が得意のお前のファンが、前の彼女を振った上で、ウォルフさんと喋ってるお前を見たってよ」
「そりゃ、勘違いだ。僕はただ……、ちょっと別れ話をした場所に先客としていたウォルフさんの機嫌を損ねただけだよ」
「ふーん、そりゃ残念だねぇ」
などと話していると、ちょうどラウラが杖を構えていた。
学校では生まれによる差を生まないために、規定の杖を借りて使うのが通例だ。
(あれ?)
と、カールは疑問を覚えた。
先程三階の屋根から飛び降りたラウラは杖など持っていただろうか? いや、そもそもラウラが授業の貸し出し杖以外を持っているところをカールは見たことがなかった。
指輪などを魔法の発動体にする技術も存在するが、ワンピースにマントというシンプルなファッションのラウラは指輪などはつけていない。
当然、考えても答えなど出ない。
そんなことを考えている間に、ラウラは橙色の魔法陣を杖の先端に出現させ、見事な大きさの火炎球を標的に向かって放つ。
標的には受けた魔法を跳ね返す魔法がかかっており、素早く魔法が跳ね返される。
ラウラは素早く黄色い魔法陣を展開。斥力場を展開し、魔法を受け止めた。
「相変わらず見事な魔法力と反応速度だ。お前にも勝てそうだよな、カール。いや、お前なら接近戦に持ち込めば勝てるか」
「どうかな、赤の魔法も得意そうだったし……、身のこなしも凄かった」
「なんだよ、よく見てんじゃないか」
「たまたまだよ。もう恋するのは辞めたんだ」
「……そうかよ」
ヴィンセントはカールほどはモテない。所詮次男坊である彼は金こそあれど正騎士の身分までは約束されないからだ。
大騎士から叙任される正騎士の身分は新たに叙任されない限りは、世襲制であり、嫡男が引き継ぎ、第二子以降には引き継がれないのが普通だ。
けれど、同じ正騎士を親に持つ子供として、カールの気持ちは分かるつもりだった。なので、もう恋をしない、とカールが言うなら、それを強く追求するつもりはなかった。
もっとも、第二子であることを良いことに自由に生きるつもりのヴィンセントと、嫡男としての強い責任感を持つカールでは必ずしも心は一致しないわけだが、そこはヴィンセントが弁えているので、二人の友情が成立している形だ。
「次、ヴィンセント、カール」
ちょうどそのタイミングで二人が呼び出される。二人は素早く杖を受け取り、試験に挑んだ。
授業が終わり、放課後。
カールは家に帰った。
帰り着く先は大きな屋敷。
両親は執務のため、別宅にいることの方が多いため、この屋敷に住んでいるのは、カールとごく僅かな使用人だけだ。
「おかえりなさいませ、カール様」
最近ようやくおぼっちゃまと呼ばなくなってくれた執事長から出迎えられ、カールはいつもありがとう、と頷く。
「ご主人様からお手紙を預かっております」
「父上から? 珍しいな」
執事長から手紙を受け取る。
「部屋で読むよ」
「はい。手紙の内容に関連してお話ししたい事がございますので、読み終わりましたら声をおかけください」
左の階段を登って廊下の最初の扉を開けて自室に入る。
手紙を開くと、手紙が藍色に発行し、顔の形に変化する。
「久しいな、カール」
「父上! 擬似精神魔法とは!」
「うむ、お前の様子をじかに見ておきたいと思ってな」
驚くカールに顔が頷く。それは超上級な魔法で自分の精神を手紙に宿し手紙越しに会話が出来ると言う優れものだった。しかも、精神を宿して回収する方式なので、本人がいくら忙しくても問題がない。
正騎士とはいえカールの父、クラウスが単独で使えるような魔法ではないので、恐らく付き人の魔法使いに頼んだのだろう。
しばらく近況報告のやりとりをしたのち、そうだった、とわざとらしくクラウスが話を切り出す。間違いなくこれからが本題だ、とカールは思う。
「お前の今住んでる本邸だが、空き部屋が多いだろう?」
「そうですね、私と使用人しか住んでおりません」
先に説明した事情から、この屋敷は空室だらけだ。
使用人の使う西館でさえ空室だらけなので、屋敷の主人たちが使う東館に至ってはカールの部屋以外は全て空室である。
「そこでな、空き部屋を貸し出そうと思うのだ」
「はい!?」
思わぬ言葉に理想的な騎士の顔をしていたカールの顔が崩れる。
「お前、高等生徒にもなって相変わらず決まった相手がおらんだろう? それを探すのにも役立つと思ってな。年頃の女性限定で貸し出すと言う条件で触れを出してある」
「な、何を言ってるんですか? って、もう出してるんですか??」
カールの混乱は止まらない。
「うむ。この手紙が届く頃には希望者も出ていよう。仲良くやるのだぞ」
そう言って手紙は動きを止めて地面に落ちた。その中身には先程までの会話が自動筆記されて記述されている。
「また父上は無茶な事を。……だが、よく考えれば、年頃の男がいる家に年頃の
そう思い直し、カールは手紙を手紙ボックスに仕舞い込んでから、部屋を出る。
「カール様、お手紙は読み終わりましたか?」
そこには紅茶を持って来た執事長が立っていた。
「あぁ、紅茶、ありがとう……。ん、待て、君、さっき手紙に関して話したい事があるとか言っていたか?」
カールは途端に嫌な予感がして来た。
「はい。入居希望者がおります」
「……私に拒否権はないのだろうね?」
「はい、ご主人様のご意向ですので」
執事長はカールに尽くしてくれてはいるが、あくまで主人はクラウスだ。
「なら、会いに行こうか」
「ではこちらへ」
そう言って応接間へと二人は移動する。
「……お昼ぶりね、サリア君」
そこにいたのは、彼のクラスメイトのラウラ・ウォルフだった。