ラウラの言う共同墓地は街外れにあった。
それなりの距離があるので、マリアンは馬車を出すことを提案してくれたが、「夜更けに馬車を動かせば、人目を引くかもしれない、とラウラがこれを拒絶。
カールも市民を下手に不安にさせたくないと言う意図から、ラウラに賛同し、結局三人はランタンもつけずに街中を歩いて共同墓地に向かうことになった。
この世界にはまだ燃料や電気といったインフラといった概念が薄い。当然、電灯はもちろん、ガス灯のようなものさえもなく、僅かにこの夜分にまだ起きている人々が部屋の中で蝋燭か魔法で部屋の中を照らしている明かりが外に漏れているくらいで、基本的には真っ暗闇だ。
そんな真っ暗闇の中を、ラウラは迷うことなくずんずんと前へ前へ進んでいく。
「随分迷いなく進んでいるが、もしかして、死神って夜目が効くのか?」
カールがふと思いついた、と言うようにラウラに問いかける。
亜人族の中には猫人族など、夜目が効く種族がいる。もしかして死神もそうなのかな、と思ったのだ。
「……そりゃ、魂が飛び回るのは夜だもの。そんな種族が夜目効かなかったら嘘でしょう?」
なるほど、とカールは思った。確かに、真昼間に魂を食べる、と言うのは死神のイメージに合わない。
「じゃあ、本当は夜型な種族なのか、死神というのは」
「……そうね。それは否定しないわ」
「だとしたら大変だな。学校は朝起きて行かないとだから」
「……そ、そうね。そんなことを言われたのは初めてだわ」
「? そりゃ君が死神だってことをほとんどの人間は知らないんだから、そりゃそうだろ」
「……まぁ、それはそうなのだけど」
ラウラはカールのまっすぐな言葉に毒気を抜かれながら、道を進んでいく。
「そういうことだ、マリアン。ウォルフさんがなかなか起きない時は、そういう種族だから、というのも加味してあげてくれ」
カールは右斜め後ろに布陣し周囲を警戒するマリアンにそう言って声をかける。
「はい、カール様がそうお望みなのであれば」
そして、マリアンはカールの言葉に応じる。本心ではカールがラウラに心を砕くことには不満があったが、それは表に出さない程度には、マリアンはカールのメイドなのだった。
「……まずい、もう始まってるわ」
共同墓地が視界に入るなり、ラウラはそう言ったかと思うと、即座に死神の姿へと異貌し、大鎌を構えて駆け出す。
その脚には赤い魔法の光を帯び、身体能力を強化していることが分かる。
「あ、待ってウォルフさん」
カールは慌てて剣を抜きつつ、剣に施された魔法発動体処理を利用して自身とマリアンに赤く光る身体強化魔法を施す。
「……サリア君、迂闊に前に出ちゃダメ!」
だが、そこにラウラから警告が飛ぶ。
同時、前進するカールとマリアンが透明な壁のような何かにぶつかる。
と思った直後、その首が強い力で締め上げられる。
「ぐっ……なんだ……」
「……そこに亡霊がいるの!
「そういう……ことか!」
カールの剣に藍色の光が溢れ、正面を切り払う。何か手応えを感じ、首を絞める感覚が霧散する。
「マリアン!」
そのまま側面に跳躍し、同じく首を締め上げられもがいているマリアンの正面の何もない空間を藍色の光を纏った剣で上段に切り落とす。
「助かりました、カール様」
それでマリアンも解放され、略式の礼でカールに礼を言う。
「相手が精神だけの存在なら、精神攻撃で撃破出来るって考えだったけど、うまくいってよかった。なら、精神を見る魔法で視認も出来るはずだ」
そう言って、カールが剣を構え直すと、藍色の光がマリアンとカールの目に纏わりつく。
それで、敵が見えるようになった。
不定形な雲のような見た目に目と鼻のような空洞が出来た真っ白い怪物。それが亡霊という魔物であった。
カールがさらに魔法を発動し、マリアンが両手に構えるナイフにも藍色の光を纏わり付かせていく。
藍色の光は精神に関与する魔法の証であった。
そんな中、ラウラは次々となんの光も帯びていない大鎌で亡霊を切り裂きながら、奥へ奥へと進んでいく。
「ウォルフさんを一人には出来ない。追いかけるよ、マリアン」
「仰せのままに、マイロード」
カールとマリアンも赤い光を帯びた足で地面を蹴り、ラウラを追いかける。
元々亡霊というのは姿が見えないのを活かして攻撃してくる存在である。それ故、姿を見られると弱い。
俗に亡霊が引き起こすとされるポルターガイストと呼ばれる現象も姿の見えない亡霊が物を飛ばしている様子に過ぎず、姿が見えているなら、ただの投擲攻撃に過ぎない。
カールは冷静に黄色い光の壁を展開して攻撃を受け止めつつ、ラウラを追って走り続ける。
ラウラは並み居る亡霊をなんの魔法も伴わない大鎌であっさりと切り裂き霧散させていく。
「本来、アストラル体の魔物なんてそういないはずなのに……」
「……新鮮な魂に引き寄せられているのよ。それでもこんなに多いなんて、よほどの人格者だったようね」
倒しても倒しても亡霊が湧いてくるという珍事に思わずカールがぼやくと、ラウラが的確に応じる。
(あれだけの亡霊を相手しながらこっちとの会話に気を配る余裕もあるとは、流石ウォルフさんだ)
そう感心しつつも、確実に亡霊を倒し前進するカール。
「っ……!」
対して不安が残る状況なのは、ナイフ一本で亡霊と戦っているマリアンだった。
マリアンは騎士として鍛えられているカールを護衛するために鍛錬を積んだメイドであったが、その得物はどこにでもスカートの中に隠して持ち運べるナイフのみ。
ナイフは大鎌や剣に比べて攻撃可能な範囲がどうしても短く、周囲のものを投擲しながら迫ってくる複数体の亡霊を捌くにはどうしても武器の面で不利であった。
飛んでくる投擲物そのものはカールの展開した斥力の魔法で防げるが、目眩しにはなるし、実際に近づいてくる亡霊の攻撃そのものは防げない。
亡霊にそれを見抜く知能はないのが救いだったが、偶然、マリアンに対して三体の亡霊が同時に襲いかかった。
このうち一体はマリアンが自身のナイフで後の先をとって撃破し、もう一体の攻撃は回避したが、最後の一体の攻撃までは防ぎきれない。
「マリアン!」
咄嗟にカールは足を踏ん張り、脚力にさらに赤の身体強化魔法をかけて、後方に跳躍、マリアンの側まで跳んで、亡霊二体を剣で両断する。
「こっちへ!」
カールはそのままマリアンの足と首を腕で抱き込み、所謂「お姫様抱っこ」の姿勢を取る。
「か、カール様!?」
「一気にウォルフさんの元まで跳ぶ。そこが一番安全だ」
顔を真っ赤にしてマリアンが動揺した声を出すが、その動揺には気付かないまま、カールは再び脚力を強化して、ラウラの側まで跳躍する。
「……時間がない、急ぐわよ」
「おかしい、この共同墓地はこんなに広くなかったはずだ」
「……魂の規模が大きいから時空が歪んでるのよ。本当なら大地主とか大富豪とかでもない限り、こんな規模を持つことはないはずなのだけど……」
ラウラが道を切り開き、マリアンを抱き抱えたカールがそれを魔法で援護する方式に切り替えることしばし、ようやく、その墓は見えてきた。
共同墓地の中にある身寄りのない死体を埋めるための領域が見えてくる。
そして、精神を藍色の輪郭で視認出来るようになっているカールとマリアンにも、その藍色の大きな光の球体がはっきりと見えた。
無数の亡霊がその球体に集まっている。
「もしかしてあれか!?」
「……えぇ。魂がだいぶ汚染されつつある。これ以上汚染される前に、いくわよ」
「分かった」
まず、カールが藍色と橙色の混ざった色の雷を放って攻撃する。これは精神攻撃に精霊属性を混ぜたもので、精神を文字通り〝感電〟させる能力がある。
「……上手いわ!」
〝感電〟して動きを止めた亡霊を、一気に地面を蹴って魂の元まで肉薄したラウラがまとめて一振りで切り捨てる。
それで、魂を取り巻く亡霊は一旦消えた。
まだ周囲に亡霊は存在しているが、こちらを脅威と見て、遠巻きにしている様子だ。
「……それじゃ、いただきましょうか」
そう言って、ラウラがカール達には藍色の球体と見える魂に手を伸ばす。
ラウラは魂を手に取り、その舌の上に乗せる。
「やっぱり、待っ——」
魂を食べる、その事実にやはり躊躇が生じたカールは思わず声をかけようとするが、それより早く、ラウラは魂ごと舌を口の中に戻し、そして、飲み込んだ。
「……苦い。裏切られた、絶望の味がする」
そして、小さくラウラは呟いた。
周囲の亡霊は自らの目的とする魂がなくなったと見るや、すぐさま周囲に散っていった。
「裏切り?」
思わず、カールが聞き返す。
「……ねぇ、サリア君。もう一つ、頼みが出来たわ」
異貌を解除し、人間の姿に戻ったラウラがカールに向き直る。
「……この魂の持ち主は、誰かに裏切られて絶望していた。この裏切りを、制裁したいの」
手伝ってくれる? とラウラが問いかける。
「裏切り……。何らかの不正義がこの町で行われた、とウォルフさんはそう言っているんだね?」
「……えぇ。間違いない、この魂の持ち主は、殺されたのよ」
「なら、殺人が行われたということだ。領主の息子として、僕はそれを捨ておけない。協力させてくれ、ウォルフさん」
ラウラのまっすぐな視線に嘘はない、と判断し、カールが頷く。
「そ、それはいいですから、カール様、戦いは終わったのでそろそろ降ろしてください」
それで話が途切れたと判断し、顔を真っ赤にして今にも倒れそうなマリアンがそう告げる。
「あ、あぁ、すまない、マリアン。女性を緊急時以外にも抱き抱え続けるのは無作法だったね」
カールがそれでマリアンを抱き抱えたままだったことを思い出し、マリアンを解放する。
「……そういうことじゃないと思うけど」
と、ラウラが小さく呟いた言葉は誰の耳にも入らなかった。
「とりあえず、帰ろう。それなりに派手に立ち回ったからね、周囲の人間に顔を見られると、良くない」
そう言って、カールが促し、三人は屋敷に戻ったのだった。