それから数日後、お嬢様とヴァルト殿下のお見合いの日がやってまいりました。
お嬢様がどんなに嫌がっても王家の懇請とアトランテ伯爵の合意の元に決定した婚約を
「この国の第二王子、ヴァルト・オーシャンだ」
「アトランテ伯爵の娘マリーンでございます」
聞いていた通り俺様系のヴァルト殿下は会うなり尊大に名乗り、それに対してお嬢様はにこやかな笑顔で綺麗な
根が真面目なお嬢様は、どんなに嫌でも表面は完璧に取り繕ってしまうのです。
「ほう」
ヴァルト殿下が感嘆の声を漏らしました。
どうやらお嬢様の美しい容姿と完璧な所作に感心したご様子。私の嬢様の美しさは世界一ィィィ!なのですから当然ですね。
このまま殿下がお嬢様を気に入って恙なく婚約が成立すれば……そうすれば、レッド・ブラックシーとの関係が自然消滅してくれるから助かるのですが。私はそう願わずにはいられません。
「噂に聞いていた以上だな」
しかし、顎を摩りながらお嬢様をじろじろと見られる殿下の目はまるで値踏みでもするかのようで少し不躾ですね。
「俺は外見だけで中身のない女は好かん」
何ですその上から目線は。それは自分が容姿も優れているが、中身はそれ以上だと言っているようなものでしょう。
まあ、ちょい悪な感じのイケメンなのは認めますけど。
「容姿も美しいが所作はそれ以上だ。外見などより立ち振る舞いに人柄はよく現れるものだ」
そうでしょそうでしょ、私のお嬢様は世界で一番清らかな美少女なんですから!
くっくっくっ、どうやら殿下はきちんと物が分かる御仁のようですね。これは婚約も本決まりになるんじゃないんですか?
「……恐れいります」
お嬢様が澄まし顔で対応しておりますが、私の目は誤魔化せませんよ。あれは嫌がっている気持ちを隠している時の表情です。
ですが、お嬢様はどこまでいっても超真面目。
手を抜いて嫌われるなんて真似は出来ません。
お嬢様の思惑から外れ、お見合いはどんどん進展していきました。そのうちお決まりの若い者同士でとの流れに。殿下とお嬢様は連れ立って庭園の中をゆっくり散策しながら談笑を始めました。
そんなお二人を私と殿下の従者は離れた位置から見守っていたのですが……おや?
おや、おや、おやぁ?
なんかお嬢様の
殿下の方も心なしか表情が柔らかくなったように見えますが……殿下の従者も少し驚いますねぇ。珍しい事なんでしょうか。
これは良い雰囲気なんじゃありませんか?
殿下の俺様気質はちょっとあれですが、イケメンでお嬢様と比べても遜色ありません。並んで歩いている二人はとても絵になりますし。
他にもお嬢様の歩調に合わせたり、段差のある所では手を差し出したりと俺様系であっても意外とガサツではなさそうです。
ああ、このまま上手く事が運べ
「それは本当ですか!?」
ん?
お嬢様がはしたなく大きな声を出すのは珍しいですね。
「ああ、約束しよう」
約束?
何でしょう?
お嬢様はとても嬉しそうに、ヴァルト殿下はニヤリと含んだ笑いで並んで戻ってこられましたが……
「それでは今の話は進めても良いのだな?」
お茶を一口こくりと嚥下して、ティーカップをソーサーに音もなく置いた殿下が事務連絡でもするような口調で尋ねられました。
「はい、問題ございません」
う〜ん……
お二人ともにこやかなのですが、どうにも恋人同士とか婚約者の間柄とかそんな空気ではありません。
言うなれば仕事仲間のような。
「どうもアトランテ嬢は固いな」
いや、殿下もかなり口調が固いですよ?
「そうでしょうか?」
「ああ、これでは色々と支障があるぞ」
「それではいかが致しましょう?」
何ですかこの会話は?
糖度ゼロ%じゃないですか。
「そうだな……ヴァルトだ」
「殿下?」
「俺の事はヴァルトと呼んでくれ」
「ですが……」
「今は運命共同体なんだ」
運命共同体とはまた固い言い回しですねぇ。まあ、婚約すれば間違ってはいないでしょうけど。
「それに仮にも婚約者だろ?」
「……そうですね」
「俺もマリーンと呼ぶ」
「ヴァルト様のご随意に」
いったいこの二人は何なんですか!?
お互い名前で呼び合おうってイベントではもっとあま〜い空間になるものじゃありませんフツー?
二人の間に流れる空気は恋人と言うより戦友のそれですよ!
「では、マリーンこれから宜しく頼む」
「非才の身ですが宜しくお願いしますヴァルト様」
何故か握手を交わすお嬢様と殿下……
なんだか釈然としませんが、婚約は成立したようですので良しとしますか。
何はともあれ、これでお嬢様も目が覚めてレッド・ブラックシーと別れてくれるでしょう。