――などと楽観していた私がバカでした。
お見合いからしばらくの間は、お二人の関係はとても良好だったのです。ヴァルト殿下も足繫くお嬢様を訪ねてこられていましたし。
ところが……
「お待ちしておりましたヴァルト様」
「マリーンは相変わらず堅いな」
いつもお嬢様は一部の隙もないカーテシーを披露し殿下をお迎えいたします。ですが、とても恋人との逢瀬を楽しみにしている感じではありません。
殿下が苦笑いするのも無理ないでしょう。
私も腑に落ちないところもございましたが、特にお二人の仲が悪くは見えません。
だから、わたしはお嬢様がまだ慣れていないからだろうと勝手に推測していました。
「少しマリーンと二人きりで話したいのだが」
「それでは庭の方へ」
こうして殿下はお嬢様とお二人だけの時間を過ごされていましたので、男女の付き合いに不慣れな婚約者同士であっても仲は悪くないと思ったのです。
「今日もなかなか有意義な時間だった」
「恐れ入ります」
その後は決まって
「今度の芝居は楽しみだな」
「ふふふ、上手く踊ってくれると良いのですが」
ん? 芝居?
なんぞ観劇デートのお約束でも交わされたのでしょうか?
ですが、ここ最近は話題の公演はなかったと思いますが。
「次回までには良い報せを届けられそうだ」
「期待してお待ちしております」
何でしょうか?
この二人の会話がとても婚約者同士の甘~い会話に聞こえないんですが。
「ふむ、マリーンはもう少し俺に甘えても良いと思うのだがな」
「これ以上を望むのは不敬ですわ」
「俺としてはもっと頼ってくれた方が嬉しいぞ」
まあ、それでも殿下の方はお嬢様にアプローチをしているように見受けられましたし。お嬢様も慣れていないだけで仲は上手くいっているのだと思っておりました。
会話が固いのが気にはなりますが、きっと真面目なお二人だからでしょう。それに、それらも時間が解決してくれるだろうと私は高を括っていました。
ところが――
お見合いから三ヶ月が経った頃でした。それまで足繁く通ってこられていたヴァルト殿下の来訪がピタリと無くなってしまったのです。
「最近、ヴァルト殿下がお見えになられませんね」
「そうねぇ、お忙しい方ですから仕方がないわ」
しかも、それだけではありません。悪い噂も私の耳に届くようになってきたのです。
「特定のご令嬢にはお時間を割いているようですが?」
「あら、そうなの?」
どうも、学園でヴァルト殿下がお嬢様とは違う一人の令嬢にご執心らしいのです。
「ピスカ・シーホワイトについてお嬢様のお耳にも入っているのではありませんか?」
「ピスカ様? ええ、可愛いらしい方よね……ご自分を『ヒロイン』だとおっしゃる痛い所もあるみたいだけど」
そのシーホワイト嬢なる人物がヴァルト殿下に擦り寄る泥棒猫。しかも、殿下の方もまんざらではないご様子だと聞こえてきます。
「そのヒロイン様とヴァルト殿下が親密な関係になっているそうではないですか!」
「まあ、殿下も学生気分が抜けないのでしょう。多少の浮気くらい多めに見るのも女の甲斐性よ」
どうしてお嬢様はこんなに余裕がおありなのでしょう。
「ですが、シーホワイト嬢は殿下との婚約の件でお嬢様を中傷していると聞いておりますが」
「そう言えばピスカ様は『ヴァルト様を自由にして』とか『あなたはヴァルト様に相応しくない』とか
「男爵令嬢風情が私のお嬢様にそんな暴言を!?」
「その程度でいちいち興奮しないの」
「ですが!」
「社交界ならこの程度の陰口など幾らもされるでしょ?」
むぅ~。なんだかお嬢様は殿下との婚約に興味がなさそうに見えます。
「お嬢様はあんな
「シーナ、他人様をそんな汚い言葉で詰るものではないわ」
「あの女は他にも殿下の側近達を始め高位貴族の子弟とも懇意にしている尻軽なんですから問題ありません」
「私もレッド様から殿下に乗り換えた身だから耳が痛いわ」
「いいえ、お嬢様は……」
お嬢様が尻軽?
思わずお嬢様がお尻を突き出してフリフリしている姿を想像してしまいました……いけませんカ、カワイすぎます!!
あっ、鼻血が出そう。
「急に上を向いてどうしたの?」
「い、いえ、無問題です……そう言えば――」
レッドで思い出しました。
「――レッド・ブラックシーもシーホワイト嬢の餌食になったそうじゃありませんか」
「――ッ!?」
一つ僥倖なのは、スケコマシのレッド・ブラックシーも骨抜きにされたらしいことでしょうか。
「レッド様はそんな方ではないわ!」
「お嬢様?」
「あっ、いえ、何でもないわ」
「まさか、お嬢様はまだレッド・ブラックシーと切れていなかったのですか!?」
ヴァルト殿下との婚約が決まって油断していました。
もしかして、お嬢様が殿下を篭絡されても堪えていないのは、あの男との関係を諦めていなかったから?
「な、なんの事かしら」
「盛大に目が泳いでおりますよ」
くっ、なんたる事。
この私の目を盗んで
「べ、別にいいじゃない。レッド様とは清い交際なんだし」
「良くありません!」
あの男は今や
「レッド・ブラックシーはお嬢様に対する誹謗中傷に加担しているとも聞きます」
「そんなはずはないわ!」
「いい加減に目を覚ましてください!」
「そんな事を言うシーナは嫌いよ!」
「ぐはっ!!!」
お嬢様の伝家の宝刀「嫌いよ!」が出ては私に抗う術はありません。
ぐぬぬぬぬぅ!
おのれレッド・ブラックシー!!
私のお嬢様を誑かす憎っくき女の敵めがぁぁぁ!!!
ヴァルト殿下との婚約が決まって今まで油断しておりました。こうなれば、お嬢様の未来の為にもレッド・ブラックシーの悪行を世に知らしめねば!
レッド・ブラックシー、首を洗ってまっていろ!
必ずや化けの皮を剥がして地獄へ叩き落としてくれる!