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第5話 その乙女ゲームは誰のため?


 おのれレッド・ブラックシー!

 必ずキサマを地獄へ叩き落す!


 その決意を胸に、私は卑劣なスケコマシレッド・ブラックシーの動向に目を光らせていました。ですが、私の意気込みとは裏腹に遅々として証拠集めは進みませんでした。


 それどころか、最近では完全にピスカ・シーホワイト嬢にうつつを抜かしているのです。


 本業の女遊びがおろそかになるとは何事ですか!


 まったく、小娘に骨抜きにされて女を泣かせるのを忘れるとは女誑しプレイボーイの風上にも置けぬやつ。


 名にし負う女泣かせなら、女を泣かせてなんぼでしょうが!


 くっ、これでは彼奴キャツめを断罪する為の決定的な証拠が得られません。


 早く女を泣かせろ~。


 ですが、私がどれほど願ってもスケコマシの名折れレッド・ブラックシーは本領を発揮せず、私がどんなに探っても本性を晒すことはなかったのです。


 こうして私が手をこまねいているうちに事態はどんどんと進展していきました。


 お嬢様にとって最悪な方向に……


 私の耳にも学園ではお嬢様がピスカ・シーホワイトを虐めていると聞こえてくるようになりました。


 心配になって私が問いただしてもお嬢様は学園での出来事を教えてはくれません。


 そうこうしているうちに、お嬢様は学園で完全に孤立してしまったようです。


 侍女の私は学園に入れませんので、お嬢様をお守りすることもできず歯痒い思いを抱いて悶々としておりました。


 そして、私がお嬢様をお迎えに上がったある日、その事件が起きました。


 下校時間となり馬車に乗るお嬢様に手をお貸ししていると、私達に一人の令嬢が近づいて来たのです。


「待ちなさい『悪役令嬢』マリーン・アトランテ!」


 悪役令嬢?


「どなたか存じませんが、礼儀知らずにも程があるでしょう」


 よく分かりませんが、私のお嬢様に無礼な物言いをするのは、どこのクソヤローですか?


「何よあんた、お高くとまって!」


 間に入った私に罵声を浴びせ睨みつけてきたのはピンク頭の無法者。容姿はそこそこ可愛いようですが、胸の辺りが少し寂しいようです。


 ふっ、お嬢様には遠く及びませんね。学園の制服を着ているところを見ると貴族令嬢のようですが。


「自分の方が身分が上だからって差別するつもりね」


 言葉遣いも立ち振る舞いがとんでもなく粗野です。恐らく高位の貴族令嬢ではないとは予測してましたが、やはり子爵位以下だったようです。


 いえ、例え男爵令嬢であっても、この態度は酷すぎますね。


「身分の上下は関係ございません。人には守るべき礼節というものがあるのがお分かりになりませんか?」

「ふん、私はいずれヴァルト様のお嫁さんになるんだから偉そうにしていられるのも今のうちなんだから!」


 身分の上下は関係ないと言っているのに、話の通じないおバカさんですか。それに、殿下とこの頭のおかしな令嬢がどうして結婚する話になるのです?


「ピスカ様も懲りませんねぇ」

「お嬢様、危険ですから前に出てはいけません!」


 お嬢様が前に出ようとされたので、私は慌てて右腕を上げお止めする。


「なによ人を猛獣みたいに言って!」

「噛みついてくるところは似たようなものではありませんか」

「ぷっ、くすくす」


 私と猛獣が言い争っていると、お嬢様が本当に可笑しそうに笑われました――ああ、尊い!


 この騒動に周囲で猛獣に白い眼を向けていたやんごとなき方々もお嬢様の笑貌に見惚れております。


 やはり、お嬢様の笑顔プライスレスです!!


「大丈夫よシーナ……それでピスカ・シーホワイト様はどのようなご用件で私を呼び止めたのかしら?」


 ピスカ・シーホワイト!?

 えっ? えっ? えっ?


 この珍妙な娘が例の尻軽令嬢なのですか!?


 こ、これに高位の貴族子弟達が次々に篭絡されまくっているんですか?


 ウソでしょ!?


 世の男性諸氏はおかしな娘が好みなんですか?

 それとも珍獣枠でペット扱いなのでしょうか?


「あんた、どうして私をイジメないのよ!」

「おっしゃっている意味が分かりかねますが?」


 全くです。


 イジメを所望するなんて……この方マゾですか?


「あんた『乙女ゲーム』の『悪役令嬢』なんだから、しっかり役割を果たしてよね。じゃないと『攻略』が進まなくて『ヒロイン』の私が困るんだから!」

「「???」」


 意味がこれっぽっちも理解できず思わずお嬢様と私が同時に小首を傾げてしまいました。見事にシンクロした主従の動き。


 我ながら今のちょっと可愛くね?


「そうやって他人をバカにしてぇ!」


 まあ、シーホワイト嬢は侮られたと勘違いしていますが。


「いえ、本当に意味が理解できないのですが……」

「どうせあんたも『転生者』なんでしょ!」


 この猛獣、なんだか訳の分からない事を叫んでおりますが……もしかして、精神に異常をきたしているのではありませんか?


「もう行きましょうお嬢様。とても同じ言葉の通じる人間とは思われません」

「え、ええ、そうね」


 私の本能が告げています。この女は危険だと。お嬢様を馬車へ押し込め、その場を逃げるように去ったのですが……


「貴様ァァァ! 逃げるなアア!! 責任から逃げるなアア!!!」


 走って追ってきやがりましたよ!?


「悪役令嬢が犯さなければいけない罪、悪業、その全ての役割は必ずやってもらう。絶対に逃さない!!」


 こわ! こわ! こわ!


 目を血走らせ髪を振り乱して馬車を追う姿は完全にホラーですよ。


「お、お嬢様、学園ではあんな獰猛な獣を放し飼いにしているのですか!?」

「そ、そうねぇ、ヴァルト様にそれとなく伝えておきます」

「飼い主は殿下でしたか」


 学園とは、かくもオソロシイ場所なんですか!


「明日から学園に登校されるのはお止めになられませんか?」

「そんなわけにはいかないわよ」


 むぅ、このままお嬢様を学園に通わせるのは気が進みません。


 かくなる上は私がお嬢様を陰ながらお守りいたします!


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