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第16話 その捕縛は誰のため?


 突然、大爆笑しだしたお嬢様と殿下に会場の全員が唖然。


 それはそうでしょう。先ほどまで婚約破棄というとんでもない事件イベントを見せつけられていたのに、対立していると思われていた二人が愉快そうに笑い合っているのですから。


「ちょっ、お嬢様も殿下も何がそんなに可笑しいのですか!」

「くすくす、ご、ごめんなさい……シーナ……ダメ……止まん……ない……くっくっ……」

「はぁはぁ、ひっひっひっ……ふふっ、まあ、この辺でいいだろう」

「そうですねヴァルト様。もう十分かと」


 ひとしきり笑うと嘆き泣いていたはずのお嬢様はいつもの穏やかな微笑みを湛えております。殿下を見れば先ほどまでは無表情だったのに、今はにやりと不遜な嗤いを浮かべております。


 二人とも完全に先程までと表情を一変させておりました。

 そして、殿下はキッと自分の側近達を睨み付けたのです。


「この愚か者どもを拘束せよ!」


 下ったのは殿下による捕縛命令。


 その途端、にわかに騒がしくなったかと思うと、ドタドタと会場中に足音が響き渡りました。


 いったい何処に隠れていたのでしょう。周囲から騎士達がわらわらと沸いて出てきました。


「キサマらいったいどこの騎士だ!」

「私達にこんな真似をしてただで済むと思っているのか?」

「俺はヴァルト殿下の側近だぞ!」


 そして、驚くことに彼らはピスカ・シーホワイト、側近達、レッド・ブラックシーをあっと言う間に拘束したではないですか!


「えっ? えっ? えっ?」

「ふふふ、そんな目をまん丸にして、せっかくの男装の麗人が台無しよシーナ」


 だって、だって、こんな予想外な展開、驚くに決まってるじゃないですか!


「ちょっと離してよ!」


 そして、こちらも先程までしおらしく振る舞っていた愛らしい令嬢の姿が一変。

 髪を振り乱しピスカ・シーホワイトが恐ろしい形相でお嬢様を睨んでおります。


「どう言う事なの!」

「どう言う事も何もご覧の通りですわ」


 分かりませんか?とお嬢様は騎士達に跪かされたピスカ・シーホワイトを見下ろしながらうそぶきました。


「意味が分からないわよ。捕まるのは『悪役令嬢』のあんたの役割でしょ!」

「それこそ意味が分かりません」

「『ヒロイン』の私がハッピーエンドで幸せになる為に『悪役令嬢』のあんたがザマァされて不幸になるのが『乙女ゲーム』じゃない!」


 お嬢様は小首を傾げて私に視線を送ってきましたが、私にだって意味不明ですと肩をすくめて応えました。


「やっぱりあんたも私と同じ『転生者』なんでしょ!」

「う〜ん、ピスカ様のおっしゃっておられる『悪役令嬢』とか『ヒロイン』とか『乙女ゲーム』とか『転生者』とか、それらもろもろの言葉の意味は理解できませんが……よろしいのですか?」


 お嬢様がくすりと笑う。

 なんか黒いですお嬢様。


「被っていた猫の皮が完全に剥がれていますよ」


 ピスカ・シーホワイトの凄まじい剣幕に周囲の生徒達が完全にドン引きです。まあ、あれだけかわい子ぶりっ子しておいて、今は完全に猛獣の姿をさらしているんですから当然ですね。


 もっとも、貴族子女がこんな程度の擬態を見破れない方がヤバイですけど。同じ事を思ったのか、ヴァルト殿下が呆れたようにため息を漏らされました。


「お前らこんな浅はかな女に手玉に取られるとは本当に情け無い」

「で、殿下」

「どうして我らにこのような仕打ちを?」

「捕まえるならアトランテ家の悪女の方ではありませんか」


 殿下に冷笑を向けられて、側近達は信じられないと唖然としております。


「なぜマリーンを捕まえねばならんのだ?」


 まあ別の意味で捕まえたいとは思っているが、と殿下がボソッと意味深に呟かれました。ふふふ、まあまあまあ。


「そ、それはピスカを虐めた女だからではありませんか」

「この女は殿下の最愛を虐げた極悪人ですよ」


 しかし、殿下の真意を側近達はまるで理解できないようですね。ぎゃいぎゃい騒いでおります。


「マリーンは何もしていないと言っていただろう?」


 騎士達に抵抗しながら訴える側近達に蔑みの目を向ける殿下。


「分かったわ。ヴァルト様はこの女に騙されているのね」

「俺が騙されている?」

「そうです、マリーンは『悪役令嬢』なんです。ヴァルト様お願い目を覚まして」


 ピスカ・シーホワイト達は期待の目を殿下へ向けましたが、当の殿下は冷ややかに見返されました。


「お前らは色々と勘違いをしているようだな」

「「「勘違い?」」」

「まず、俺はそこの勘違い女に惚れてなどいない」

「そ、そんなヴァルト様!」


 今まですっかり殿下の恋人気分だったピスカ・シーホワイトは勘違いとばっさり切られてショックを受けております。


「ピスカは殿下の最愛ではないですか!」

「いつ俺がこの女に惚れていると言った?」


 さも心外そうな殿下です。確かにこんな猫被りとお嬢様じゃ比較にもなりませんよね。


「で、ですが、いつも仲睦まじくされていたではないですか」

「そうよ。これまで私はちゃんと『フラグ』を回収したんだからぁ。ヴァルト様は私を好きなはずじゃなきゃおかしいわ」

「その『フラグ』なるものが何かは知らんが……」


 意味不明な発言の多いピスカ・シーホワイトは殿下の氷点下の視線を向けられ思わず身震いしております。


「名前で呼ぶのは止めろ。俺はお前に名前を呼ぶのを許した覚えはない」


 会場中が凍り付くのではないかと思えるような冷たい声が殿下の口から放たれ、ピスカ・シーホワイトにクリーンヒット!


 なるほど、殿下が以前「あの女」「鬱陶しい女」と呼んでうとんじておられたのはマリーンお嬢様ではなく、ピスカ・シーホワイトだったのですね。


「なんでそんな酷い事を言うんですか。マリーンだってヴァルト様って呼んでるじゃないですか」


 これ程の冷気攻撃を受けて、まだ口答えしますか。


 直撃していない私でさえ身震いしそうな一撃でしたが、ピスカ・シーホワイトの面の皮の厚さは私の想像を遥かに超えていいたようです。


「私はきちんとヴァルト様より許しを得てからお呼びしております」

「礼儀も知らず馴れ馴れしい態度で接してくるような女を俺が好むわけがなかろう」


 まともな神経の持ち主なら猛獣娘よりお嬢様を選択するのが当然の帰結ですね。


「だいたい俺はマリーン以外の女に名前を呼ばせるつもりはない」


 おやおや? おやおやおやぁ?


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