マリーンお嬢様を庇うように前に立つ私。
ピスカ・シーホワイトの壁となる側近達。
互いに守る者のために一歩も譲らず対峙し睨み合う。
先ほど、私に投げ飛ばされた騎士科の側近達も懲りずに戻ってきました。壇上で八つの瞳と二つの瞳が空中でぶつかり合い、激しい火花が散る。
「この化け物め!」
「さすが悪女の子飼いだな」
「何度もお嬢様を悪女、悪女と罵りおってからに……お嬢様はやっていないとおっしゃっているでしょう!」
お前らの耳は飾りですか?
それとも腐ってんですか?
「口では何とでも言える!」
「こいつは噓偽りで周囲を欺く毒婦だからな!」
「お嬢様が犯人という確たる証拠はあるのですか?」
お嬢様はそんな下劣な振る舞いをするお方ではありません。やってないんですから、そんな証拠などあろうはずがないでしょう。
「当然だろう」
「これら破かれ汚されたピスカの私物の数々が揺るぎない証拠だ」
「これを見てもまだ言い逃れするのか」
自分達が持ってきた制服や教科書などを自信満々に指差すアホども。
「そんなもの何の証拠にもならないではありませんか」
誰がやったかなんて分からないでしょうに。それが証拠になるなら誰だって好きに犯人に仕立て上がられます。
「だいたい自作自演の可能性だって否定できませんよ」
「ピスカが自分でやったと言うのか!」
「我らが聖女を侮辱するな!」
あの珍獣のどこが聖女なんだか。それこそ聖女という言葉の侮辱でしょう。聖女とはマリーンお嬢様にこそ相応しいのです。いえ、聖女イコールマリーンお嬢様と言っても過言ではありません。
「そもそもピスカがその悪女に虐められたと言ったのだ」
「そうだ、これ以上の証拠はあるまい」
「バカですかあなた達!」
それこそ口では何とでも言えるではないですか!!
「もういいです。あなた方は幾ら口で言っても人の言葉が理解できない生物のようなので――」
ならば肉体言語にて語るまで!!!
「私はお嬢様の前に立ち塞がる全ての理不尽を
「どうしてすぐ暴力を振るうおうとするんですか」
おらぁ、かかってこいや!ってクイックイッと手招きしたら、珍獣ピスカ・シーホワイトが前に出て祈るように手を組みました。目をウルウルさせてるところが気持ち悪いですね。
「私はただ悪い事をしたら謝ってくださいと、当たり前のことを言っているだけじゃないですか」
この女、まだ言いやがりますか。
「話し合いでの解決こそが大切なのに」
「うんうん、まったくその通り」
「さすがピスカ、良い事を言った!」
「すぐに暴力に訴える野蛮人め」
こいつら頭がおかしいんじゃありません?
「あなた達が先にお嬢様へ暴力を振るったんでしょうが!」
「あれは暴力ではない」
「そうだ正義の鉄鎚だ!」
どうやらこいつらは頭が腐っていたようです。
「公的な法に
私は右拳を固め脇に、左の掌を眼前に構える。
「アトランテ伯爵家への侮辱行為の数々、このシーナ・サウスが許しません!」
「ただ謝るだけができず爵位を盾にするなんて」
「権力を笠に着る卑怯者!」
「おおかた殿下の婚約者だから王家の虎の威を借るつもりなのだろう」
何を訳の分からない事をごちゃごちゃと。笑わせないでください。
「私に権力なぞ不要! この絶対の
「ついに本性を現したな!」
「お前たちは権力を盾にし、すぐに暴力に訴える」
「やはり貴様は殿下の婚約者に相応しくない!」
いきり立ち、騒ぐバカども。
ふんっ、羽虫がうるさいわ。
「よって我らが婚約破棄を申し渡す」
「もうお前らに王家の庇護は無いと思え」
ヴァルト殿下はこの騒ぎをずっと後方で静観しておりましたが、この時になってゆっくりと前に出てきました。
「さあ殿下、この悪女に裁きを!」
くっ、さすがに王族に刃向かえば下手をすると逆賊の扱い……ですが、私は国王相手でも殺っちゃいますからね!
たとえ神が相手だろうと私のお嬢様を傷つける者は全て排除です。
さあ、どこからでもかかってこいや!と、意気込み臨戦態勢を取った私の拳を優しく包み込む柔らかい手。
「お、お嬢様?」
「ダメよシーナ」
お嬢様がふるふる首を横に振って私を諫める。
どうしてなのです?
ここまでされてもまだお嬢様は……みるみる私の戦意が
「ですが、このままではお嬢様が……」
「大丈夫よ。ヴァルト様はきちんと道理の分かるお方だもの」
お嬢様はにこりと私に笑いかけると殿下の前へと進み出ました。
ですが、私の拳を握っていた手は微かに震えておりました。
恐怖に耐えて気丈に振る舞っておられるに違いありません。
ああ、お嬢様……なんて
「ずいぶん騒ぎを大きくしてくれたものだな」
「ヴァルト様……」
殿下から厳しい言葉を掛けられ、お嬢様の眼差しは悲しそうに濡れる。
「覚悟はよいなマリーン!」
そんなお嬢様を凍てついた目で殿下が睥睨しながら冷たく言い放ったのです。
「ヴァルト・オーシャンはここに宣言する。マリーン・アトランテ……お前との婚約を破棄する!」
「そ、そんなヴァルト様!」
殿下から婚約破棄を宣言されたお嬢様は膝から崩れ落ちてしまわれました。
「お嬢様」
「うっ、うっ、うっ……」
私がしゃがんで労わるように背中を支えると、お嬢様の嗚咽が耳に届きました。
あゝ、お可哀想に。相当ショックを受けられたようです。
キッと怒りに見上げれば、冷淡な表情でこちらを見下ろしておられるヴァルト殿下と目が合いました。その背後には嘆き悲しむお嬢様に
このぉぉぉ!
私のお嬢様に婚約破棄を突き付け
テメェが王族だろうと容赦なく叩き潰すかんな!!!
――クンッ!
しかし、俯いたままのお嬢様が私の袖を引っ張られて動きを封じられました。
「お嬢様?」
「……」
呼び掛けても反応がありません。
「ふんっ、さすがの悪女も観念したか」
「正義は必ず勝つのだ!」
「自分の過ちを認めたらちゃんと謝ってください」
悲嘆するお嬢様の姿を見てピスカ・シーホワイト達が勝ち誇りやがる。
おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ!!!
私のお嬢様を傷つける無頼漢どもめ!
このシーナがまとめて成敗してくれる!
「……ぷっ……くすくす……」
「お、お嬢様?」
ところが、いきなりお嬢様が吹き出したかと思うと急に笑い出したのです。
「お、お嬢様お気を確かに」
あまりのショックに気でも狂われましたか!?
「……くっくっくっ」
「「「で、殿下?」」」
今度は殿下ですか!?
笑い声に顔を上げればヴァルト殿下が顔を右手で覆い隠して肩を震わせていました。
堪えようにも笑いを堪えられないといった様子です。
「あははは、ヴァルト様……わ、笑っては……なりません」
「くっ、くふふ、はぁはっはっは……は、始めに笑ったのは……ひっひっひっ、マリーンではないか」
何です!? 何です!? 何なんです!?
お嬢様と殿下が人目を