「今回の件はヴァルト様の側近達がピスカ・シーホワイトに篭絡されてしまった事に端を発しているのよ」
お嬢様は
「殿下はピスカ・シーホワイトに篭絡されてはおられなかったのですか?」
「ええ、もともとヴァルト様はピスカ様を
まあ、それはそうですよね。あんな珍獣、まともな神経の持ち主なら誰だってお断りです。
「だけど、いくら避けても何かと接触してこようとするし、自分を守るはずの側近達が彼女に手を貸す始末。ヴァルト様もいい加減うんざりしておられたらしいわ」
「そんな愚かで不忠な者達を殿下はよくお側付きになさいましたね」
「ヴァルト様も無能を傍には置いておきたくはなかったらしいのだけれど……」
彼らの実家はそれなりに発言力のある有力貴族で、殿下も無下にもできずに仕方なしに側近として受け入れていたそうです。世知辛かぁ。
「ヴァルト様はそんな頭痛の種にいつも悩まされていたそうよ」
私だったら有無を言わさず鉄拳制裁で根性叩き直してやりますけどね。
「しかも、ついに側近の方々がご自身の婚約者に婚約破棄を突きつける事件を起こしてしまわれたの。ピスカ様を迫害したと難癖をつけてね」
「あの阿婆擦れは他にも同じ事をやっていたんですか!?」
さすがの殿下も堪忍袋の緒が切れてしまったんですね。無能な側近達に見切りをつけ、彼らをさっさと切り捨ててしまおうと信頼できる部下と画策し始めたそうです。
しかし、婚約は家同士の話であり、加えて側近はそれぞれ影響力のある家柄の者が多く、殿下と言えどもその程度の過失では罷免できませんでした。
「そんな時に降って湧いた私との婚約話にヴァルト様は今回の作戦を思いつかれたらしいわ」
「つまり、婚約破棄事件を引き起こすように殿下とお嬢様が始めから示し合わせていたのですね?」
「そうよ。私が婚約者であると思わせれば、ヴァルト様を狙っているピスカ様は必ずちょっかいを掛けてくると踏んだってわけ」
ピスカ・シーホワイトや側近達は騎士達に連れて行かれて各家で謹慎しております。これから王家やアトランテ家より抗議文が送られ、各家で彼らの処遇がくだされるでしょう。
息子だからと甘い処分にしてしまえば、王家より睨まれアトランテ家を敵に回すのが目に見えています。おそらく彼らには各当主から厳しい処分を下されるでしょう。
「お話はだいたい理解できました」
ですが、どうしても一つだけ解せないことがあります。
「それで、殿下にご助力したお嬢様にいったい何の益があったというのでしょう?」
この事件は公になっております。
「むしろ不利益しかないように思われますが?」
確かにお嬢様の方に大義がありますが、それでもピスカ・シーホワイトを嵌めた事実は残ります。自分を騙すかもしれないと考えれば殿方はお嬢様との結婚に躊躇されるでしょう。
殿下の為に骨を折られたお嬢様に残されたのは、結婚条件が不利になった状況だけです。
ですが、私の指摘にお嬢様はにぃっと妖しく口の端を上げたではありませんか。
「んふふふふ、そこはちゃんと交換条件があるのよ」
「……それは今からお会いになる御仁と関係があるのですか?」
私の気が重くなりました。なんせ今、向かっているのはレッド・ブラックシーが拘留されている牢なのです。
「ええ、大いに関係があるわ」
嬉しそうに頷くお嬢様の様子に全て合点がいきました。
つまり、お嬢様が一芝居うったのはレッド・ブラックシーと結ばれたかったからなのですね。
お嬢様自身の価値が下がればあのクソ野郎と結ばれる可能性が生まれるから。
「お嬢様、いい加減に目を覚ましてください!」
「あら、私はちゃんと起きているわよ?」
「茶化さないでください」
「もう、そんなに怒らないで」
「あの最低男は学園でお嬢様の悪い噂を広めていた張本人ですよ!」
あんな男に私のお嬢様を奪われるなんて想像しただけで憤死しそうです。
「こればかりは、お嬢様の望みでも私は断固阻止いたします」
「どうしても?」
「たとえお嬢様に命じられてもこればかりは聞けません」
「そんな聞き分けてくれないシーナは嫌いよ。ついて来なくてもいいわ」
「うわーん、置いていかないでぇぇぇ!」
お嬢様に捨てられたら生きる意味が無くなってしまいます。
私は必死に足にしがみつきました。ですが、お嬢様は物ともせず私をズルズル引き摺って進み、まるで意に返していません。
さすが国一番の武闘派アトランテ家のご息女。
お嬢様の小さく細いお体のどこにそんな力が?
「お嬢様ぁぁぁ! 捨てちゃいやぁぁぁ!」
「つーん、シーナなんて知らない」
「嫌っちゃイヤァァァ!」
「だったら口答えはなしよ」
くっ!
やはり、私ではお嬢様を止められない。
おぉのぉれぇ〜レッド・ブラックシー!
聡明なお嬢様を狂わせる憎っくき女の敵!
かくなる上は私シーナ・サウスが物理的に拳で排除してくれる!!