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第7話


オーガ討伐から一週間が経った。


ライナスは普段通りの生活を送ろうとしていたが、村の人々の視線が以前とは明らかに違っていることに気づいていた。


「おはよう、ライナス君」


「あ、おはようございます」


道ですれ違う村人たちが、以前よりも丁寧に挨拶をしてくる。中には畏敬の念を込めた表情で見つめる人もいた。


(やはり魔法を使ったことがバレているのか……)


ライナスは不安になった。あまり注目を集めすぎるのは危険だ。


家に帰ると、両親が深刻な表情で話し合っていた。


「ただいま」


「おかえり、ライナス」


ミエが振り返るが、その表情は複雑だった。


「お父さん、お母さん、どうしたの?」


ハルオとミエは顔を見合わせてから、ライナスを座らせた。


「ライナス、正直に答えてほしい」


ハルオが真剣な表情で口を開く。


「一週間前のオーガの件で、君は魔法を使ったのかい?」


ライナスは観念した。隠し通すのは無理だろう。


「……はい」


「やはりそうか」


ハルオが深いため息をつく。


「どうして黙っていたんですか?」


ミエが心配そうに聞く。


「みんなに迷惑をかけると思って……」


「迷惑? 君は村を助けてくれたんだよ」


「でも、子供が戦うなんて危険すぎます」


ライナスは両親の反応を伺った。怒られるかと思ったが、二人の表情は複雑だった。


「確かに危険だった。でも……」


ハルオが続ける。


「君の魔法がなければ、もっと大きな被害が出ていたかもしれない」


「そうなんですか?」


「ああ。あの時、オーガが最初に攻撃を受けたおかげで、みんなが逃げる時間ができた」


ミエも頷く。


「村長さんも、ライナスのおかげだって言ってたわ」


ライナスは少しホッとした。しかし、ハルオの表情はまだ深刻だった。


「ただし、問題もある」


「問題?」


「君の魔法の噂が、村の外にも広まっているんだ」


ライナスの心臓が止まりそうになった。


「村の外って……」


「隣の村の商人から聞いた話では、『タケノ村に天才魔法少年がいる』という噂が街まで届いているらしい」


(まずい……これは本当にまずい……)


「それで、どうなるんですか?」


「わからない。でも、君に興味を持つ人が現れるかもしれない」


ハルオが心配そうに言う。


「魔法学院の関係者や、貴族、場合によっては他国のスパイまで……」


ライナスは青ざめた。アルベルトが警告していた通りの事態になりつつある。


「お父さん、お母さん、僕はどうすればいいんでしょうか?」


「しばらくの間は、魔法を使うのを控えた方がいいかもしれない」


ミエが提案する。


「でも、もし危険な時は……」


「その時は仕方ない。君の安全が一番大切だから」


ハルオが優しく言ってくれたが、ライナスの不安は消えなかった。


その夜、ライナスは一人で考え込んでいた。


(このままでは、いずれ正体がバレてしまうかもしれない……)


転生者であることだけでなく、『魔法理論解析』のスキルまで知られたら、確実に研究対象として狙われるだろう。


(アルベルトさんに相談しよう)


翌日、ライナスは森でアルベルトと会った。


「やはり噂になっているようですね」


事情を説明すると、アルベルトは深刻な表情で頷いた。


「予想していた事態だ。しかし、思ったより早く広まったね」


「どうしたらいいでしょうか?」


「いくつか選択肢がある」


アルベルトが指を折りながら説明する。


「一つ目は、君が村から離れること。別の場所で身を隠すんだ」


「村を離れる……」


「二つ目は、魔法の才能を隠し通すこと。もう魔法を使わずに普通の子供として生活する」


「それは……難しそうですね」


「三つ目は……」


アルベルトが少し躊躇してから続ける。


「積極的に魔法学院に入学すること」


「魔法学院?」


「そうだ。どうせ注目されるなら、正式なルートで魔法を学ぶという選択肢もある」


ライナスは考え込んだ。どの選択肢にもメリットとデメリットがある。


「でも、魔法学院って遠いんですよね?」


「王都にあるから、ここからは馬車で一週間ほどかかる」


「家族と離ればなれになってしまう……」


「それは辛いね。でも、君の安全を考えれば……」


その時、森の奥から人の声が聞こえてきた。


「この辺りだって言ってたけど……」


「本当にここにいるのかしら?」


ライナスとアルベルトは緊張した。


「誰かが来る」


「隠れよう」


二人は茂みの陰に身を潜めた。


すると、見知らぬ大人が三人現れた。一人は高級そうな服を着た中年男性、もう一人は魔法使いらしき女性、最後の一人は武装した護衛のような男性だった。


「確かこの森で魔法の練習をしているという話でしたが……」


高級な服の男性が周囲を見回している。


「子供の魔法使いなど、本当にいるのでしょうか?」


魔法使いの女性が疑問を呈する。


「村人の証言では間違いないはずです。7歳で複合魔法を使えるという……」


「もし本当なら、是非とも我が魔法学院で引き取りたいものですね」


(魔法学院の関係者……?)


ライナスは息を殺して聞いていた。


「しかし、このような辺境の村に本当の天才がいるとは思えませんが……」


女性魔法使いが嘲笑的に言う。


「まあ、確認するだけでも価値はあるでしょう」


三人は森の中を探し回ったが、ライナスたちを見つけることはできなかった。


「今日は見つからないようですね」


「村に戻って、もう少し詳しく聞いてみましょう」


三人が立ち去った後、ライナスとアルベルトは茂みから出てきた。


「やはり来ましたね……」


「ああ。恐らく王立魔法学院の関係者だろう」


アルベルトが深刻な表情で言う。


「彼らは才能のある子供を探して、各地を回っているんだ」


「それって……悪いことなんですか?」


「必ずしも悪いわけではない。しかし、君の場合は特殊すぎる」


「特殊……」


「ステータス画面や『魔法理論解析』のことがバレれば、普通の学生として扱われなくなる可能性が高い」


ライナスは理解した。確かに、研究対象として扱われるのは危険だ。


「どうしましょう……」


「今日のところは、彼らが諦めて帰ってくれることを願おう」


しかし、翌日になっても三人は村に留まっていた。


「ライナス君という子供について教えていただけませんか?」


高級な服の男性が、村の人々に聞き込みをしているという情報が入ってきた。


「これは長期戦になりそうですね」


アルベルトが心配そうに言う。


「彼らは簡単には諦めないでしょう」


「僕、どうすればいいんでしょうか……」


「とりあえず、彼らと接触するのは避けよう。しばらくの間は家から出ない方がいい」


ライナスは家に籠もることになった。しかし、状況は悪化するばかりだった。


「ライナス、大変よ」


三日目の朝、ミエが慌てて部屋に駆け込んできた。


「どうしたの、お母さん?」


「魔法学院の人たちが、直接会いたいって言ってるの」


「ついに来ましたね……」


ライナスは覚悟を決めた。もう逃げ回ることはできない。


「どうする? お父さんは断った方がいいって言ってるけど……」


「いえ、会ってみます」


「でも……」


「大丈夫です。ちゃんと普通の子供として振る舞いますから」


ライナスは両親を説得して、魔法学院の関係者と会うことにした。


応接間に通されると、昨日森で見た三人が待っていた。


「初めまして、ライナス君」


高級な服の男性が立ち上がる。


「私はロイ・アルケミア、王立魔法学院の副院長です」


「よろしくお願いします」


ライナスは丁寧にお辞儀した。


「こちらはエレナ・マリス教授、そしてガード役のダン・ハートです」


「よろしく」


エレナ教授が値踏みするような目でライナスを見つめる。


「さて、ライナス君。君が最近魔法を使ったという話を聞いているのですが……」


「はい、少しだけ……」


ライナスは謙遜しながら答えた。


「どのような魔法が使えるのですか?」


「火と水と風の基本的な魔法です」


「基本魔法……それで複合魔法も使えると聞きましたが?」


エレナ教授が詳しく聞いてくる。


「はい。火と風を組み合わせることができます」


「7歳で複合魔法とは……なかなかですね」


ロイ副院長が感心したような表情を見せる。


「実際に見せていただけますか?」


「えっと……」


ライナスは躊躇した。ここで魔法を見せれば、さらに注目を集めることになる。


「遠慮しなくていいのよ」


エレナ教授が促す。


「私たちは君の才能を正しく評価したいだけですから」


ライナスは意を決して、小さな複合魔法を発動した。手のひらに風で増幅された炎を作り出す。


「おお……」


三人とも感嘆の声を上げた。


「確かに複合魔法ですね。しかも制御が非常に精密だ」


エレナ教授が驚いている。


「誰に習ったのですか?」


「お父さんに基本を教わって、後は自分で練習しました」


「独学で複合魔法まで……これは本物の天才ですね」


ロイ副院長がエレナ教授と目を合わせる。


「ライナス君、君には特別な才能があります」


「ありがとうございます」


「そこで提案があります」


ロイ副院長が身を乗り出す。


「王立魔法学院で学んでみませんか?」


「魔法学院で……」


「そうです。君のような才能を持つ子供には、最高の教育を受ける権利があります」


「でも、僕はまだ子供ですし……」


「年齢は問題ありません。特別に飛び級での入学を認めます」


エレナ教授が続ける。


「学費は全額免除、寮での生活費も学院が負担します」


非常に魅力的な条件だった。しかし、ライナスは迷っていた。


(魔法学院に行けば、より高度な魔法を学べるかもしれない。でも、転生者としての秘密を隠し通せるだろうか……)


「少し考える時間をいただけませんか?」


「もちろんです。ただし……」


ロイ副院長が少し困ったような表情を見せる。


「実は、他の魔法学院からも接触があるかもしれません」


「他の魔法学院?」


「君のような才能の持ち主は、各校が争奪戦を繰り広げることになります」


「そうなんですか……」


「ですから、なるべく早くお返事をいただければと思います」


三人が帰った後、ライナスは家族と相談した。


「どうしようか、ライナス」


ハルオが心配そうに聞く。


「魔法学院に行けば、確かに良い教育を受けられるだろう。でも……」


「家族と離ればなれになってしまうのが心配です」


ミエが涙目になっている。


「でも、ライナスの将来を考えれば……」


ライナスは複雑な気持ちだった。魔法学院で学ぶことには興味があるが、家族と離れるのは辛い。


そして何より、転生者としての秘密やスキルのことを隠し通せるかどうかが不安だった。


(アルベルトさんに相談してからでないと決められない……)


その夜、ライナスは密かに森に向かった。緊急事態なので、アルベルトも来てくれるはずだ。


案の定、アルベルトは既に森で待っていた。


「状況は聞いていたよ」


「アルベルトさん、どうしたらいいでしょうか?」


「難しい選択だね……」


アルベルトが考え込む。


「魔法学院で学ぶことには大きなメリットがある。しかし、リスクも同じくらい大きい」


「リスク……」


「君の特殊能力が発覚する可能性が高まる。魔法学院には優秀な魔法使いが多数いるからね」


ライナスは頷いた。


「でも、断り続けることも難しいでしょう」


「そうですね……他の学院からも来るかもしれないし……」


「それなら……」


アルベルトが何かを決意したような表情を見せる。


「私も一緒に王都に行こう」


「えっ?」


「私も魔法学院の関係者として潜り込む。そうすれば、君をサポートできる」


「そんなことができるんですか?」


「私の経歴なら、客員研究員として招聘してもらうことは可能だ」


アルベルトの提案に、ライナスは希望を感じた。


「でも、それって危険じゃないですか?」


「確かにリスクはある。しかし、君を一人で行かせるわけにはいかない」


「アルベルトさん……」


「決めた。明日、魔法学院の人たちに特別な条件を提示してみよう」


「特別な条件?」


「君が入学する代わりに、私も研究員として雇ってもらうという条件だ」


ライナスは感動した。アルベルトが自分のためにそこまでしてくれるとは……


「ありがとうございます」


「何、同じ転生者同士じゃないか」


アルベルトが優しく微笑む。


「それに、私も王都の最新魔法理論には興味がある。お互いにとって良い機会かもしれない」


こうして、ライナスの人生に大きな転機が訪れることになった。


村での平穏な生活から、王都の魔法学院という新しい世界へ。


転生者としての秘密を抱えながら、どのような困難が待ち受けているのか……


それは、まだ誰にも分からなかった。

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