舞台の中央に立ったライナスは、会場を埋め尽くす観客たちの期待に満ちた視線を感じていた。
王族席には威厳のある国王フェルディナンド3世とその家族、隣には各国の使節団、そして学院の教授陣や貴族たち、一般市民まで、あらゆる階層の人々が見守っている。
(緊張しているけれど、これまでの練習を信じよう)
ライナスは深呼吸をして、精神を集中させた。
会場の照明が暗くなり、スポットライトが彼一人を照らし出す。
「それでは、『火の精霊と風の精霊の出会い』を始めさせていただきます」
ライナスの澄んだ声が、静寂に包まれた会場に響いた。
まず、右手のひらに小さな炎を灯す。しかし、これは普通の火ではなかった。
炎は深紅から黄金、そして青白い色へと美しく変化しながら、まるで生きているかのように踊っている。
「おお……」
観客席から小さなどよめきが起こった。
炎は手のひらから離れ、空中をゆっくりと舞いながら移動していく。まるで好奇心旺盛な小さな生き物のように、会場を見回している。
次に、左手で風の魔法を発動した。
透明であるはずの風が、微細な光の粒子によって可視化され、美しい螺旋を描きながら現れる。
風の精霊は優雅で上品な動きを見せ、火の精霊とは対照的な性格を表現していた。
二つの精霊が空中で出会う瞬間、会場の空気が張り詰めた。
最初、火の精霊と風の精霊は互いを警戒するように距離を置いていた。火は風によって消されることを恐れ、風は火によって乱されることを嫌がっているように見えた。
ライナスはここで物語に深みを加えた。
前世の演劇や映画の知識を活かし、二つの精霊の間に感情的な交流を作り出したのだ。
火の精霊が少しずつ風の精霊に近づこうとするが、風の精霊は身を引く。
しかし、火の精霊は諦めずに、美しい炎の花を作り出して風の精霊に贈った。
風の精霊はその美しさに心を動かされ、今度は風で作った透明な花を火の精霊に贈り返した。
「素晴らしい……」
王族席から感嘆の声が聞こえた。
二つの精霊が互いを受け入れると、魔法は新たな段階に入った。
火と風が合わさり、これまで見たことのない美しい現象が空中に現れる。
炎の竜巻が形成されるが、それは破壊的ではなく、むしろ芸術的で美しいものだった。
竜巻の中心では火と風が調和して舞い踊り、その周囲には無数の小さな炎と風の精霊たちが生まれていく。
ライナスは『魔法理論解析』の知識を密かに活用し、魔法の効率を最大限に高めていた。
【複合魔法効率:96%】
【演出完成度:98%】
【観客満足度:推定95%以上】
数値は完璧に近い値を示していたが、ライナスはそれに満足することなく、さらなる高みを目指した。
クライマックスでは、炎の竜巻が突然静止し、美しい花のような形に変化した。
その花の中心から、純白の光が溢れ出し、会場全体を柔らかく照らす。
光の中で、火の精霊と風の精霊が最後の舞を踊った。
二つの精霊は互いの周りを回りながら上昇し、最高点で一つの美しい光となって融合する。
その光は一瞬強く輝いた後、無数の小さな光の粒となって会場全体に散らばった。
まるで雪のように舞い散る光の粒は、観客たちの頭上でゆっくりと消えていく。
最後の光の粒が消えると、会場は完全な静寂に包まれた。
数秒間の沈黙の後、爆発的な拍手が響いた。
「ブラボー!」
「素晴らしい!」
「信じられない!」
観客たちは総立ちで拍手を送り、会場は興奮の渦に包まれた。
王族席では、国王自身が立ち上がって拍手をしている。
「見事でした、ライナス君」
国王の声が会場に響いた。
「これほど美しい魔法の演技は、初めて見ました」
ライナスは深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます、陛下」
「君の才能は、我が王国の誇りです」
国王の言葉に、会場はさらに大きな拍手に包まれた。
各国の使節団も明らかに感動しており、隣国のフェリックスは興奮した表情でメモを取っていた。
演技が終わり、舞台裏に戻ると、セバスチャンや上級生たちが駆け寄ってきた。
「ライナス、本当に素晴らしかった!」
「あんな美しい魔法、見たことないよ」
「君は本物の天才だ」
みんなの祝福の言葉に、ライナスは素直に嬉しかった。
「みなさんのおかげです」
「いや、君の実力だよ」
マーカスも感動で涙を流していた。
「僕も頑張らなきゃ」
学院祭の後半では、他の学生たちの演技も続いたが、ライナスの演技が最も印象的だったのは明らかだった。
終了後のレセプションで、ライナスは多くの人々から声をかけられた。
「素晴らしい演技でした」
「ぜひ我が領地でも演技をしていただきたい」
「息子の魔法の先生になっていただけませんか?」
様々な申し出があったが、ライナスは丁寧に対応しながらも、即答は避けていた。
「ライナス君」
振り返ると、院長が近づいてきた。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます、院長」
「国王陛下がお話ししたいとおっしゃっています」
「陛下が……?」
緊張しながら王族席に向かうと、国王が優しい笑顔で迎えてくれた。
「改めて、素晴らしい演技でした」
「恐縮です、陛下」
「君のような才能ある若者がいることを、心強く思います」
国王が続ける。
「将来、宮廷魔法使いとして仕えることを考えてみてはいかがですか?」
「宮廷魔法使い……」
ライナスは驚いた。まだ7歳の子供に、そのような重要な役職の話が出るとは思わなかった。
「もちろん、今すぐということではありません」
国王が微笑む。
「しっかりと学業を修め、十分な経験を積んでからで結構です」
「ありがたいお言葉です」
「君のような人材こそ、我が王国が必要としています」
国王との面談が終わった後、ライナスは混乱していた。
宮廷魔法使いという名誉ある地位への道が開かれた一方で、それは同時により大きな責任と注目を意味していた。
「どうでしたか?」
アルベルトが心配そうに尋ねる。
「宮廷魔法使いの話をされました」
「それは……大きな名誉ですね」
「でも、僕にはまだ重すぎます」
「確かにそうですね」
アルベルトが考え込む。
「しかし、悪い話ではありません。将来への道筋が見えたということです」
その夜、学院は祝賀パーティーで盛り上がっていた。
ライナスは多くの学生や教授たちから祝福を受け、改めて自分の演技の成功を実感していた。
「ライナス」
振り返ると、意外な人物が立っていた。
ロバート・フォンクリフだった。
「君の演技、見させてもらった」
ロバートの表情は複雑だった。
「……」
「正直に言うと、悔しい」
「ロバート……」
「君のような平民に負けるのは、プライドが許さない」
ライナスは警戒したが、ロバートの次の言葉は意外だった。
「でも、君の実力は本物だ」
「え……?」
「僕も努力しなければならないと、痛感させられた」
ロバートが頭を下げる。
「これまでの無礼を謝る」
「ロバート……」
「君を認める。そして、いつか正々堂々と勝負したい」
ライナスは驚いていたが、ロバートの言葉には確かに誠意が感じられた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は握手を交わした。
しかし、すべてが順調に見えた学院祭の夜に、新たな問題が発生していた。
祝賀パーティーの最中、黒いローブを着た複数の人物が学院の敷地内に侵入していたのだ。
「目標を確認した」
「あの少年がライナスか」
「国王の前であれほどの演技をするとは……」
「計画を実行する」
彼らはライナスを狙っていた。
パーティー会場から少し離れた場所で、ライナスは一人で夜風に当たっていた。
今日の出来事を振り返り、これからの人生について考えていた。
(国王からの申し出、各国からの注目、そして新たな友情……)
すべてが夢のような一日だった。
しかし、その時背後から殺気を感じた。
振り返ると、黒いローブを着た三人の人物が現れた。
「ライナス君ですね」
中央の人物が低い声で言う。
「どちら様ですか?」
ライナスは警戒しながら答えた。
「我々は君の特別な能力に興味がある」
「特別な能力……?」
「とぼけても無駄です」
別の人物が口を開く。
「魔法の構造を完全に把握する能力……非常に興味深い」
ライナスの心臓が早鐘を打った。
(『魔法理論解析』のことを知っている……?)
「我々と一緒に来ていただきたい」
「お断りします」
ライナスはきっぱりと拒否した。
「それは残念です」
中央の人物が手を上げる。
「では、力ずくで連れて行かせていただきます」
三人が同時に魔法を発動した。
しかし、それは攻撃魔法ではなく、捕獲用の魔法だった。
光る縄のようなものがライナスに向かって飛んでくる。
ライナスは咄嗟に風の魔法で回避したが、相手は手慣れていた。
「さすがに逃げ足は早いですね」
「しかし、子供では限界があります」
三人は連携してライナスを追い詰めていく。
(まずい……一人では対抗できない)
ライナスは助けを呼ぼうとしたが、声が出ない。
何らかの魔法で声を封じられているようだった。
絶体絶命の状況になった時、救いの手が差し伸べられた。
「そこまでだ」
アルベルトが現れた。
「アルベルトさん!」
「ライナス君、下がっていなさい」
アルベルトの魔法は、黒いローブの三人とは格が違っていた。
高度な複合魔法を瞬時に発動し、敵の攻撃を完全に無効化する。
「これは……高位の魔法使いですね」
「計画にはなかった」
「一時撤退しましょう」
三人は煙幕を張って姿を消した。
「大丈夫ですか、ライナス君?」
「はい……ありがとうございました」
「何者でしょうか?」
「分かりませんが、君の能力を狙っていることは確実です」
アルベルトが深刻な表情を見せる。
「今夜のような襲撃が再びある可能性があります」
「どうしたらいいでしょうか?」
「まず院長に報告し、警備を強化してもらいましょう」
すぐに院長室に向かい、襲撃事件を報告した。
「学院内で襲撃とは……許せませんね」
院長が怒りを露わにした。
「すぐに警備を強化します」
「ありがとうございます」
「しかし、彼らはライナス君の特殊能力について知っていたようですね」
「はい……」
「情報が漏れている可能性があります」
院長が考え込む。
「学院内にスパイがいるかもしれません」
翌朝、学院は厳重な警備態勢が敷かれていた。
しかし、学生たちの間では昨夜の事件についての噂が広まっていた。
「ライナス君が襲われたって本当?」
「黒い魔法使いが現れたらしいよ」
「やっぱり彼には何か秘密があるのかな」
ライナスは複雑な気持ちだった。
学院祭での成功によって名声を得たが、同時に新たな危険も招いてしまった。
「心配しないで」
マーカスが励ましてくれる。
「僕たちが君を守るから」
「ありがとう」
「それに、院長も本気で警備を強化してくれてる」
確かに、学院内の警備は以前とは比べ物にならないほど厳重になっていた。
しかし、ライナスは別の心配もしていた。
(もし『魔法理論解析』のことが完全にバレたら……)
転生者であることも含めて、自分の正体が明かされる日が来るかもしれない。
その日の授業中、エレナ教授が重要な発表をした。
「皆さん、昨夜の事件を受けて、しばらくの間夜間外出を禁止します」
「また、見知らぬ人物から声をかけられた場合は、すぐに教員に報告してください」
学生たちの表情が緊張した。
「特に、ライナス君に対する関心が高まっています」
エレナ教授がライナスを見る。
「十分注意してください」
授業後、ライナスはアルベルトの研究室を訪れた。
「昨夜の件で、色々考えました」
「どのようなことを?」
「僕の能力が危険を招いているなら、隠し通すべきかもしれません」
アルベルトが首を振る。
「隠すことで解決する問題ではありません」
「でも……」
「君の才能は、正しく使えば多くの人を幸せにできます」
アルベルトが続ける。
「大切なのは、その力を悪用されないよう注意することです」
「具体的にはどうすれば……?」
「信頼できる人たちとの絆を深めることです」
「絆……」
「そうです。院長、セバスチャン君、マーカス君、そして私……」
アルベルトが微笑む。
「君を支える人たちがいる限り、どんな困難も乗り越えられます」
その夜、ライナスは久しぶりに家族に手紙を書いた。
『お父さん、お母さん
学院祭で演技をしました。
国王陛下にも褒めていただき、とても嬉しかったです。
でも、有名になると色々大変なこともあります。
それでも、僕は諦めません。
村のみんなの期待に応えられるよう、頑張ります。
また近いうちに、手紙を書きますね。
ライナス』
手紙を書きながら、ライナスは改めて決意を固めた。
(どんな困難があっても、僕は前進し続ける)
学院祭での成功は、新たなスタートラインに過ぎない。
これから待ち受ける試練を乗り越え、本当の意味で強くなっていこう。
王立魔法学院での生活は、ますます複雑で困難なものになっていくだろう。
しかし、ライナスには信頼できる仲間たちがいた。
転生者としての秘密を抱えながらも、この世界で自分なりの道を歩んでいく。
その道のりは険しいが、必ず光が見えてくるはずだった。
翌週、隣国のフェリックスから正式な招待状が届いた。
「エーデルワイス王国魔法学院での特別講演」
それは、ライナスにとって新たな冒険の始まりを告げるものだった。