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第13話


舞台の中央に立ったライナスは、会場を埋め尽くす観客たちの期待に満ちた視線を感じていた。


王族席には威厳のある国王フェルディナンド3世とその家族、隣には各国の使節団、そして学院の教授陣や貴族たち、一般市民まで、あらゆる階層の人々が見守っている。


(緊張しているけれど、これまでの練習を信じよう)


ライナスは深呼吸をして、精神を集中させた。


会場の照明が暗くなり、スポットライトが彼一人を照らし出す。


「それでは、『火の精霊と風の精霊の出会い』を始めさせていただきます」


ライナスの澄んだ声が、静寂に包まれた会場に響いた。


まず、右手のひらに小さな炎を灯す。しかし、これは普通の火ではなかった。


炎は深紅から黄金、そして青白い色へと美しく変化しながら、まるで生きているかのように踊っている。


「おお……」


観客席から小さなどよめきが起こった。


炎は手のひらから離れ、空中をゆっくりと舞いながら移動していく。まるで好奇心旺盛な小さな生き物のように、会場を見回している。


次に、左手で風の魔法を発動した。


透明であるはずの風が、微細な光の粒子によって可視化され、美しい螺旋を描きながら現れる。


風の精霊は優雅で上品な動きを見せ、火の精霊とは対照的な性格を表現していた。


二つの精霊が空中で出会う瞬間、会場の空気が張り詰めた。


最初、火の精霊と風の精霊は互いを警戒するように距離を置いていた。火は風によって消されることを恐れ、風は火によって乱されることを嫌がっているように見えた。


ライナスはここで物語に深みを加えた。


前世の演劇や映画の知識を活かし、二つの精霊の間に感情的な交流を作り出したのだ。


火の精霊が少しずつ風の精霊に近づこうとするが、風の精霊は身を引く。


しかし、火の精霊は諦めずに、美しい炎の花を作り出して風の精霊に贈った。


風の精霊はその美しさに心を動かされ、今度は風で作った透明な花を火の精霊に贈り返した。


「素晴らしい……」


王族席から感嘆の声が聞こえた。


二つの精霊が互いを受け入れると、魔法は新たな段階に入った。


火と風が合わさり、これまで見たことのない美しい現象が空中に現れる。


炎の竜巻が形成されるが、それは破壊的ではなく、むしろ芸術的で美しいものだった。


竜巻の中心では火と風が調和して舞い踊り、その周囲には無数の小さな炎と風の精霊たちが生まれていく。


ライナスは『魔法理論解析』の知識を密かに活用し、魔法の効率を最大限に高めていた。


【複合魔法効率:96%】

【演出完成度:98%】

【観客満足度:推定95%以上】


数値は完璧に近い値を示していたが、ライナスはそれに満足することなく、さらなる高みを目指した。


クライマックスでは、炎の竜巻が突然静止し、美しい花のような形に変化した。


その花の中心から、純白の光が溢れ出し、会場全体を柔らかく照らす。


光の中で、火の精霊と風の精霊が最後の舞を踊った。


二つの精霊は互いの周りを回りながら上昇し、最高点で一つの美しい光となって融合する。


その光は一瞬強く輝いた後、無数の小さな光の粒となって会場全体に散らばった。


まるで雪のように舞い散る光の粒は、観客たちの頭上でゆっくりと消えていく。


最後の光の粒が消えると、会場は完全な静寂に包まれた。


数秒間の沈黙の後、爆発的な拍手が響いた。


「ブラボー!」


「素晴らしい!」


「信じられない!」


観客たちは総立ちで拍手を送り、会場は興奮の渦に包まれた。


王族席では、国王自身が立ち上がって拍手をしている。


「見事でした、ライナス君」


国王の声が会場に響いた。


「これほど美しい魔法の演技は、初めて見ました」


ライナスは深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます、陛下」


「君の才能は、我が王国の誇りです」


国王の言葉に、会場はさらに大きな拍手に包まれた。


各国の使節団も明らかに感動しており、隣国のフェリックスは興奮した表情でメモを取っていた。


演技が終わり、舞台裏に戻ると、セバスチャンや上級生たちが駆け寄ってきた。


「ライナス、本当に素晴らしかった!」


「あんな美しい魔法、見たことないよ」


「君は本物の天才だ」


みんなの祝福の言葉に、ライナスは素直に嬉しかった。


「みなさんのおかげです」


「いや、君の実力だよ」


マーカスも感動で涙を流していた。


「僕も頑張らなきゃ」


学院祭の後半では、他の学生たちの演技も続いたが、ライナスの演技が最も印象的だったのは明らかだった。


終了後のレセプションで、ライナスは多くの人々から声をかけられた。


「素晴らしい演技でした」


「ぜひ我が領地でも演技をしていただきたい」


「息子の魔法の先生になっていただけませんか?」


様々な申し出があったが、ライナスは丁寧に対応しながらも、即答は避けていた。


「ライナス君」


振り返ると、院長が近づいてきた。


「お疲れさまでした」


「ありがとうございます、院長」


「国王陛下がお話ししたいとおっしゃっています」


「陛下が……?」


緊張しながら王族席に向かうと、国王が優しい笑顔で迎えてくれた。


「改めて、素晴らしい演技でした」


「恐縮です、陛下」


「君のような才能ある若者がいることを、心強く思います」


国王が続ける。


「将来、宮廷魔法使いとして仕えることを考えてみてはいかがですか?」


「宮廷魔法使い……」


ライナスは驚いた。まだ7歳の子供に、そのような重要な役職の話が出るとは思わなかった。


「もちろん、今すぐということではありません」


国王が微笑む。


「しっかりと学業を修め、十分な経験を積んでからで結構です」


「ありがたいお言葉です」


「君のような人材こそ、我が王国が必要としています」


国王との面談が終わった後、ライナスは混乱していた。


宮廷魔法使いという名誉ある地位への道が開かれた一方で、それは同時により大きな責任と注目を意味していた。


「どうでしたか?」


アルベルトが心配そうに尋ねる。


「宮廷魔法使いの話をされました」


「それは……大きな名誉ですね」


「でも、僕にはまだ重すぎます」


「確かにそうですね」


アルベルトが考え込む。


「しかし、悪い話ではありません。将来への道筋が見えたということです」


その夜、学院は祝賀パーティーで盛り上がっていた。


ライナスは多くの学生や教授たちから祝福を受け、改めて自分の演技の成功を実感していた。


「ライナス」


振り返ると、意外な人物が立っていた。


ロバート・フォンクリフだった。


「君の演技、見させてもらった」


ロバートの表情は複雑だった。


「……」


「正直に言うと、悔しい」


「ロバート……」


「君のような平民に負けるのは、プライドが許さない」


ライナスは警戒したが、ロバートの次の言葉は意外だった。


「でも、君の実力は本物だ」


「え……?」


「僕も努力しなければならないと、痛感させられた」


ロバートが頭を下げる。


「これまでの無礼を謝る」


「ロバート……」


「君を認める。そして、いつか正々堂々と勝負したい」


ライナスは驚いていたが、ロバートの言葉には確かに誠意が感じられた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


二人は握手を交わした。


しかし、すべてが順調に見えた学院祭の夜に、新たな問題が発生していた。


祝賀パーティーの最中、黒いローブを着た複数の人物が学院の敷地内に侵入していたのだ。


「目標を確認した」


「あの少年がライナスか」


「国王の前であれほどの演技をするとは……」


「計画を実行する」


彼らはライナスを狙っていた。


パーティー会場から少し離れた場所で、ライナスは一人で夜風に当たっていた。


今日の出来事を振り返り、これからの人生について考えていた。


(国王からの申し出、各国からの注目、そして新たな友情……)


すべてが夢のような一日だった。


しかし、その時背後から殺気を感じた。


振り返ると、黒いローブを着た三人の人物が現れた。


「ライナス君ですね」


中央の人物が低い声で言う。


「どちら様ですか?」


ライナスは警戒しながら答えた。


「我々は君の特別な能力に興味がある」


「特別な能力……?」


「とぼけても無駄です」


別の人物が口を開く。


「魔法の構造を完全に把握する能力……非常に興味深い」


ライナスの心臓が早鐘を打った。


(『魔法理論解析』のことを知っている……?)


「我々と一緒に来ていただきたい」


「お断りします」


ライナスはきっぱりと拒否した。


「それは残念です」


中央の人物が手を上げる。


「では、力ずくで連れて行かせていただきます」


三人が同時に魔法を発動した。


しかし、それは攻撃魔法ではなく、捕獲用の魔法だった。


光る縄のようなものがライナスに向かって飛んでくる。


ライナスは咄嗟に風の魔法で回避したが、相手は手慣れていた。


「さすがに逃げ足は早いですね」


「しかし、子供では限界があります」


三人は連携してライナスを追い詰めていく。


(まずい……一人では対抗できない)


ライナスは助けを呼ぼうとしたが、声が出ない。


何らかの魔法で声を封じられているようだった。


絶体絶命の状況になった時、救いの手が差し伸べられた。


「そこまでだ」


アルベルトが現れた。


「アルベルトさん!」


「ライナス君、下がっていなさい」


アルベルトの魔法は、黒いローブの三人とは格が違っていた。


高度な複合魔法を瞬時に発動し、敵の攻撃を完全に無効化する。


「これは……高位の魔法使いですね」


「計画にはなかった」


「一時撤退しましょう」


三人は煙幕を張って姿を消した。


「大丈夫ですか、ライナス君?」


「はい……ありがとうございました」


「何者でしょうか?」


「分かりませんが、君の能力を狙っていることは確実です」


アルベルトが深刻な表情を見せる。


「今夜のような襲撃が再びある可能性があります」


「どうしたらいいでしょうか?」


「まず院長に報告し、警備を強化してもらいましょう」


すぐに院長室に向かい、襲撃事件を報告した。


「学院内で襲撃とは……許せませんね」


院長が怒りを露わにした。


「すぐに警備を強化します」


「ありがとうございます」


「しかし、彼らはライナス君の特殊能力について知っていたようですね」


「はい……」


「情報が漏れている可能性があります」


院長が考え込む。


「学院内にスパイがいるかもしれません」


翌朝、学院は厳重な警備態勢が敷かれていた。


しかし、学生たちの間では昨夜の事件についての噂が広まっていた。


「ライナス君が襲われたって本当?」


「黒い魔法使いが現れたらしいよ」


「やっぱり彼には何か秘密があるのかな」


ライナスは複雑な気持ちだった。


学院祭での成功によって名声を得たが、同時に新たな危険も招いてしまった。


「心配しないで」


マーカスが励ましてくれる。


「僕たちが君を守るから」


「ありがとう」


「それに、院長も本気で警備を強化してくれてる」


確かに、学院内の警備は以前とは比べ物にならないほど厳重になっていた。


しかし、ライナスは別の心配もしていた。


(もし『魔法理論解析』のことが完全にバレたら……)


転生者であることも含めて、自分の正体が明かされる日が来るかもしれない。


その日の授業中、エレナ教授が重要な発表をした。


「皆さん、昨夜の事件を受けて、しばらくの間夜間外出を禁止します」


「また、見知らぬ人物から声をかけられた場合は、すぐに教員に報告してください」


学生たちの表情が緊張した。


「特に、ライナス君に対する関心が高まっています」


エレナ教授がライナスを見る。


「十分注意してください」


授業後、ライナスはアルベルトの研究室を訪れた。


「昨夜の件で、色々考えました」


「どのようなことを?」


「僕の能力が危険を招いているなら、隠し通すべきかもしれません」


アルベルトが首を振る。


「隠すことで解決する問題ではありません」


「でも……」


「君の才能は、正しく使えば多くの人を幸せにできます」


アルベルトが続ける。


「大切なのは、その力を悪用されないよう注意することです」


「具体的にはどうすれば……?」


「信頼できる人たちとの絆を深めることです」


「絆……」


「そうです。院長、セバスチャン君、マーカス君、そして私……」


アルベルトが微笑む。


「君を支える人たちがいる限り、どんな困難も乗り越えられます」


その夜、ライナスは久しぶりに家族に手紙を書いた。


『お父さん、お母さん


学院祭で演技をしました。


国王陛下にも褒めていただき、とても嬉しかったです。


でも、有名になると色々大変なこともあります。


それでも、僕は諦めません。


村のみんなの期待に応えられるよう、頑張ります。


また近いうちに、手紙を書きますね。


ライナス』


手紙を書きながら、ライナスは改めて決意を固めた。


(どんな困難があっても、僕は前進し続ける)


学院祭での成功は、新たなスタートラインに過ぎない。


これから待ち受ける試練を乗り越え、本当の意味で強くなっていこう。


王立魔法学院での生活は、ますます複雑で困難なものになっていくだろう。


しかし、ライナスには信頼できる仲間たちがいた。


転生者としての秘密を抱えながらも、この世界で自分なりの道を歩んでいく。


その道のりは険しいが、必ず光が見えてくるはずだった。


翌週、隣国のフェリックスから正式な招待状が届いた。


「エーデルワイス王国魔法学院での特別講演」


それは、ライナスにとって新たな冒険の始まりを告げるものだった。

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