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第5話 ドルジークの最終定理

 翌日、丘の上の屋敷はいつも通り静かだった。

 破損した魔道人形ゴーレムたちは広間に並べられている。

 鋳鉄の胴体は開かれ、管やら鉱石やらもむき出し状態。

 その中で、白衣の袖をまくったドルジークはもくもくと工具を動かしていた。


「……盾パーツの融着が酷いな。魔族の熱攻撃に耐えられなかったか。素材選定、見直し要」


 彼の手元にはノートと、昨夜から一睡もせずに走り続けた観察メモの束。

 そこへ、扉が軋んで開く音。


「よお、差し入れだ。お前、どうせ朝から飯も食ってないだろ」


 現れたのは、紙袋をぶら下げたゲオルだった。

 ドルジークは手も止めずに言う。


「食事はキャミィに頼んである……が、その甘露は糖分補給に悪くない。置いていけ」


「礼くらい言えよ」


 ゲオルは工具台の隅に紙袋を置き、半ば呆れ顔で部屋を見回す。


「しかしまあ、相変わらずだな。街じゃあ今、お前のことで持ちきりだっていうのに。まるで英雄扱いだ……いや、もう本当に英雄になったんだったな」


「肩書きなんぞに価値はない」


 ドルジークは即答した。


「昨日の戦闘を覚えているうちに、対魔族型の戦闘プランを設計したい。一秒たりとて無駄にできんというのに、時間を割いて表彰式に出てやっただけ、ありがたく思え」


「……やれやれ」


 ゲオルは肩をすくめ、何気なく床に散らばっていた紙の束を一枚拾い上げた。

 魔術式の隅に、金色の飾り罫と封蝋が見える。


「…………ああああああああああっ!!」


 急に叫び出したゲオルに、ドルジークが顔だけ上げる。


「うるさい。邪魔をするなら帰れ」


「お前……これ……これ、表彰状じゃないか!?」


 ゲオルは紙を両手で掲げ、裏返し、再確認する。


「間違いない! の表彰状だ! こんなの、歴代でも五人しかもらってないのに……!」


「裏がちょうど空いていた」


 ドルジークは淡々と答えた。


「表彰状をメモ用紙にする奴があるか!」


「――余白は有効活用すべきだ、足りなくなると困るだろう?」


 ゲオルは両手で頭を抱え、深いため息をついた。

 そして、若き天才はまたノートにペンを走らせる。

 愛する子供たちを二度と失わない、ただそれだけのために。


 ――あそこには、が住んでいる。


 日が暮れるたび、魔術都市エルミオンの子どもたち……いや、市民皆が丘を見上げてそう言う。

 しかしその英雄は、市民の前に姿を現すことは滅多に無かった。


 そう。

 彼にとって栄誉とは、新しい実験ノートの1ページに過ぎなかったのだ。

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