翌日、丘の上の屋敷はいつも通り静かだった。
破損した
鋳鉄の胴体は開かれ、管やら鉱石やらもむき出し状態。
その中で、白衣の袖をまくったドルジークはもくもくと工具を動かしていた。
「……盾パーツの融着が酷いな。魔族の熱攻撃に耐えられなかったか。素材選定、見直し要」
彼の手元にはノートと、昨夜から一睡もせずに走り続けた観察メモの束。
そこへ、扉が軋んで開く音。
「よお、差し入れだ。お前、どうせ朝から飯も食ってないだろ」
現れたのは、紙袋をぶら下げたゲオルだった。
ドルジークは手も止めずに言う。
「食事はキャミィに頼んである……が、その甘露は糖分補給に悪くない。置いていけ」
「礼くらい言えよ」
ゲオルは工具台の隅に紙袋を置き、半ば呆れ顔で部屋を見回す。
「しかしまあ、相変わらずだな。街じゃあ今、お前のことで持ちきりだっていうのに。まるで英雄扱いだ……いや、もう本当に英雄になったんだったな」
「肩書きなんぞに価値はない」
ドルジークは即答した。
「昨日の戦闘を覚えているうちに、対魔族型の戦闘プランを設計したい。一秒たりとて無駄にできんというのに、時間を割いて表彰式に出てやっただけ、ありがたく思え」
「……やれやれ」
ゲオルは肩をすくめ、何気なく床に散らばっていた紙の束を一枚拾い上げた。
魔術式の隅に、金色の飾り罫と封蝋が見える。
「…………ああああああああああっ!!」
急に叫び出したゲオルに、ドルジークが顔だけ上げる。
「うるさい。邪魔をするなら帰れ」
「お前……これ……これ、表彰状じゃないか!?」
ゲオルは紙を両手で掲げ、裏返し、再確認する。
「間違いない!
「裏がちょうど空いていた」
ドルジークは淡々と答えた。
「表彰状をメモ用紙にする奴があるか!」
「――余白は有効活用すべきだ、足りなくなると困るだろう?」
ゲオルは両手で頭を抱え、深いため息をついた。
そして、若き天才はまたノートにペンを走らせる。
愛する子供たちを二度と失わない、ただそれだけのために。
――あそこには、
日が暮れるたび、魔術都市エルミオンの子どもたち……いや、市民皆が丘を見上げてそう言う。
しかしその英雄は、市民の前に姿を現すことは滅多に無かった。
そう。
彼にとって栄誉とは、新しい実験ノートの1ページに過ぎなかったのだ。