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第4話 鉄の子供たち

「一体目、到着――」 


 ドルジークが淡々と告げると、夜空からさらに影が落ちてきた。


「なっ……?」


 バル・ゾラが目をみはる。

 落下した塊はいずれも着地と同時に装甲板が開き、腕や砲身がせり出す。

 破壊ブレイカー型、守護バスティオン型、砲撃ランサー型、それぞれ3~4体ずつ。

 計10体の魔道人形ゴーレムが、広場を囲むように配置された。


「私の子供たちだ」


 ドルジークが静かに立ち上がる。


「個体ごとの出力は貴様に劣る。しかし10体これだけそろえば、私の計算では99.9%……勝てる」


 バル・ゾラの鼻息が荒くなる。


「ふん……ガラクタの群れなどッ!」


 巨斧が再度うなりをあげた。


「皆、プランAだ」


 ドルジークの号令とともに、守護バスティオン型が前列へ躍り出る。

 バル・ゾラの巨斧が横薙ぎに閃く。

 しかし三枚の盾が重なり合い、刃を完全に受け止めた。

 火花と衝撃が散る隙に、左右へ跳び出した破壊ブレイカー型が脚部関節めがけて同時打撃。

 膝装甲がめくれ、流石の巨躯もぐらつく。


「ガアァァァッ!」


 怒号とともに巨斧が振り上がるが、その頭上に淡い光軌が走った。

 砲撃ランサー型の魔力投射砲が斧の柄を射抜き、握り込む指を強制的に痺れさせる。

 武器の制御を乱されたバル・ゾラは思わず体勢を崩した。


 すかさず守護バスティオン型が盾を開き、格子状の捕縛フィールドを展開。

 巨体の動きを一瞬だけ縫い止める。

 それが合図。

 残る破壊ブレイカー型二体が跳躍し、肩口と太腿へクロススラッシュ。

 裂けた装甲から黒い血が噴き出した。


「こ……小癪なァ!」


 バル・ゾラが猛り、衝撃波を身から解き放つ。

 前列の守護バスティオン型が文字通り壁となって受け止める。

 内部フレームが軋む音を立てたが、後列はびくともしない。

 盾が溶け落ちる寸前、ドルジークの声が飛ぶ。


「フィニッシュだ!」


 三体の破壊ブレイカー型が、守護バスティオン型の肩を踏んで跳躍した。

 バル・ゾラは大斧を握りなおし、飛び掛かる破壊ブレイカー型に狙いをつける。

 その瞬間。盾が左右へ開き、通路が生まれた。

 そこで砲撃ランサー型の砲身が同時起動、一直線に魔力を解き放つ。


 ドゥゴォッ!


 白紫の魔力弾が収束し、バル・ゾラの胸部中央へ集中砲火。

 砕けた胸骨を追うように、破壊ブレイカー型が着地して斧アームを突き立てた。

 鋭刃が肉体を貫き、赤黒い光が弾ける。


 巨躯がよろめき、膝を折った。

 バル・ゾラは信じられないという目でドルジークを睨んだが、何もできず地面へ崩れ落ちた。

 次の瞬間、その体内から魔力の脈動が広がった。

 黒紫の瘴気が風のように吹き出し、砕けた石畳を浮かせる。


「……そうか」


 ドルジークが顔を上げる。


「ただでは帰れんと、言うわけだな」


 バル・ゾラはぴくりと体を震わせ、口を開いた。


「私に与えられた命は……この都市の……壊滅。私の生死など、どうでもいい……!」


 脈動が激しさを増す。

 地鳴りのような魔力音。

 魔族の体内に眠る魔核の輝きが臨界に達し、赤黒い光が空を染める。

 都市を巻き込む

 それが、バル・ゾラの切り札だった。

 無論、こんな所で使うとは夢にも思っていなかったのだが。


「お前たち! 動け! 一刻も早く市民を避難させるんだ!!」


 ゲオルは冒険者たちに指示を出す。

 しかしバル・ゾラは大きく口を開けて笑った。


「グ、ハハ……もう遅い……! あと数秒後には……あたり一帯が――」


「――ハアアアァァ……」


 満足げに笑う魔人の言葉を遮ったのは、魔術師ドルジークの大きなため息。

 彼は左手でこめかみの辺りを押さえながら、がっくり肩を落としていた。


「……仕方ない。……子供たち、必ず私が元通りにしてやる。それまで、しばしの別れだ。――最終コード、起動」


 ドルジークの声が静かに響いた。

 ほぼ無傷で戦闘を終えた10体の魔道人形ゴーレムが、一斉にバル・ゾラへ向けて跳躍する。

 四肢でがっちりと魔族の体を押さえ込み、次々に展開された盾と魔導結界が層をなし、彼を密閉する檻となった。


「何を……貴様らッ……やめ、ろォォオオッ!!」


 その叫びは、結界の内側でかき消された。

 そして、爆発。


 ドォンッ!!


 閃光と轟音。

 だが爆風は結界の中に閉じ込められ、外へ一切漏れ出すことはなかった。

 それどころか、爆心地の地面さえわずかに焦げただけ。

 広場は、破壊から完全に守られていた。


 沈黙。


 煙が晴れた跡には、崩れ落ちた魔道人形ゴーレムの残骸だけが転がっていた。

 胴体は破れ、片腕のない機体もいる。

 けれど、全員が自らの役目を最後まで全うしていた。

 そしてその中心で、バル・ゾラがうつ伏せに倒れていた。

 全身が焦げ付き、もはや動く力もない。


「完敗……だ……」


 かすれた声が漏れる。


「しかし……次は……な、な……こ……しゃく……様が……」


 それを最後に、バル・ゾラの瞳から光が完全に消えた。

 しばらく、誰も動けなかった。


「……勝った、のか?」


 ゲオルの呟きだけが、広場の静けさに落ちていく。

 そんな沈黙の広場に、コツンと靴音が響いた。

 ドルジークが崩れた魔道人形ゴーレムの傍らに歩み寄り、破損した装甲をそっと指でなぞる。


「……身体破損率82%。想定より持ったな」


 ぽつり、と呟くような声だった。

 けれどその一言が、まるで号砲のように周囲を動かした。


「すごい……あの人が助けたんだ!」


「やったぞ! 生きてる! 全員無事だ!」


 市民や冒険者たちが一斉に駆け出した。

 歓声、拍手、叫び声、笑い声。

 混ざり合ったそれらが波のように押し寄せ、広場を埋め尽くす。

 つい数刻前まで、彼をだのだの指さしていた人々が、いまや声をそろえてその名を叫んでいた。


「ドルジーク様! あなたがいなければ……私の家族は……!」


「なんだよあの人形! あれ、どこで売ってんだ!?」


「あの人形たちもモチロンだけど、ドルジーク様ご本人もとっても強かったわ!」


「いや、まじで見直した……すげえよ、あんた……!」


 湧き上がる群衆は、止まることを知らない。

 どこかで赤子が泣き、誰かが名前を呼び、誰かが笑い、誰かが泣いていた。

 感情が、熱狂が、広場という器をあふれさせようとしていた。

 その中心にいたのが、ドルジークだった。

 だが彼は、群衆の賞賛にも感謝の言葉にも反応しなかった。

 彼の眉間には深いしわが刻まれ、その目は鋭く細められている。


「邪魔だ、どけ。……ええい、うっとうしい! 子供たちの検査が先だ!」


 そこへ街の高官らしきローブ姿の老紳士が息を切らしてやってくる。


「見た! すべて見届けた! ドルジーク殿、その働き、真に英雄と呼ぶにふさわしい! 我が魔術評議会は、正式にを決定する! 表彰式は早速明日じゃ! 皆、彼に祝福を!」


 老紳士の言葉に、周囲がさらに沸く。

 そんな中ゲオルが歩み寄り、いきなりドルジークに抱きついた。


「おまえ……本当にやったな……! さすがだ、ドルジーク……! 俺は、信じてたぞぉ……グスッ」


「やめろ、暑苦しい!」


 ドルジークは必死に暴れた。


「ゴーレムたちの破損状況を見せろ! 研究は生ものだぞ! 今が一番重要なんだ!」


 その姿に、笑いと拍手がさらに広がっていった。

 彼は何も変わっていない。

 それが、皆をさらに安心させた。


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