「一体目、到着――」
ドルジークが淡々と告げると、夜空からさらに影が落ちてきた。
「なっ……?」
バル・ゾラが目をみはる。
落下した塊はいずれも着地と同時に装甲板が開き、腕や砲身がせり出す。
計10体の
「私の子供たちだ」
ドルジークが静かに立ち上がる。
「個体ごとの出力は貴様に劣る。しかし
バル・ゾラの鼻息が荒くなる。
「ふん……ガラクタの群れなどッ!」
巨斧が再度うなりをあげた。
「皆、プランAだ」
ドルジークの号令とともに、
バル・ゾラの巨斧が横薙ぎに閃く。
しかし三枚の盾が重なり合い、刃を完全に受け止めた。
火花と衝撃が散る隙に、左右へ跳び出した
膝装甲がめくれ、流石の巨躯もぐらつく。
「ガアァァァッ!」
怒号とともに巨斧が振り上がるが、その頭上に淡い光軌が走った。
武器の制御を乱されたバル・ゾラは思わず体勢を崩した。
すかさず
巨体の動きを一瞬だけ縫い止める。
それが合図。
残る
裂けた装甲から黒い血が噴き出した。
「こ……小癪なァ!」
バル・ゾラが猛り、衝撃波を身から解き放つ。
前列の
内部フレームが軋む音を立てたが、後列はびくともしない。
盾が溶け落ちる寸前、ドルジークの声が飛ぶ。
「フィニッシュだ!」
三体の
バル・ゾラは大斧を握りなおし、飛び掛かる
その瞬間。盾が左右へ開き、通路が生まれた。
そこで
ドゥゴォッ!
白紫の魔力弾が収束し、バル・ゾラの胸部中央へ集中砲火。
砕けた胸骨を追うように、
鋭刃が肉体を貫き、赤黒い光が弾ける。
巨躯がよろめき、膝を折った。
バル・ゾラは信じられないという目でドルジークを睨んだが、何もできず地面へ崩れ落ちた。
次の瞬間、その体内から魔力の脈動が広がった。
黒紫の瘴気が風のように吹き出し、砕けた石畳を浮かせる。
「……そうか」
ドルジークが顔を上げる。
「ただでは帰れんと、言うわけだな」
バル・ゾラはぴくりと体を震わせ、口を開いた。
「私に与えられた命は……この都市の……壊滅。私の生死など、どうでもいい……!」
脈動が激しさを増す。
地鳴りのような魔力音。
魔族の体内に眠る魔核の輝きが臨界に達し、赤黒い光が空を染める。
都市を巻き込む
それが、バル・ゾラの切り札だった。
無論、こんな所で使うとは夢にも思っていなかったのだが。
「お前たち! 動け! 一刻も早く市民を避難させるんだ!!」
ゲオルは冒険者たちに指示を出す。
しかしバル・ゾラは大きく口を開けて笑った。
「グ、ハハ……もう遅い……! あと数秒後には……あたり一帯が――」
「――ハアアアァァ……」
満足げに笑う魔人の言葉を遮ったのは、魔術師ドルジークの大きなため息。
彼は左手でこめかみの辺りを押さえながら、がっくり肩を落としていた。
「……仕方ない。……子供たち、必ず私が元通りにしてやる。それまで、しばしの別れだ。――最終コード、起動」
ドルジークの声が静かに響いた。
ほぼ無傷で戦闘を終えた10体の
四肢でがっちりと魔族の体を押さえ込み、次々に展開された盾と魔導結界が層をなし、彼を密閉する檻となった。
「何を……貴様らッ……やめ、ろォォオオッ!!」
その叫びは、結界の内側でかき消された。
そして、爆発。
ドォンッ!!
閃光と轟音。
だが爆風は結界の中に閉じ込められ、外へ一切漏れ出すことはなかった。
それどころか、爆心地の地面さえわずかに焦げただけ。
広場は、破壊から完全に守られていた。
沈黙。
煙が晴れた跡には、崩れ落ちた
胴体は破れ、片腕のない機体もいる。
けれど、全員が自らの役目を最後まで全うしていた。
そしてその中心で、バル・ゾラがうつ伏せに倒れていた。
全身が焦げ付き、もはや動く力もない。
「完敗……だ……」
かすれた声が漏れる。
「しかし……次は……な、な……こ……しゃく……様が……」
それを最後に、バル・ゾラの瞳から光が完全に消えた。
しばらく、誰も動けなかった。
「……勝った、のか?」
ゲオルの呟きだけが、広場の静けさに落ちていく。
そんな沈黙の広場に、コツンと靴音が響いた。
ドルジークが崩れた
「……身体破損率82%。想定より持ったな」
ぽつり、と呟くような声だった。
けれどその一言が、まるで号砲のように周囲を動かした。
「すごい……あの人が助けたんだ!」
「やったぞ! 生きてる! 全員無事だ!」
市民や冒険者たちが一斉に駆け出した。
歓声、拍手、叫び声、笑い声。
混ざり合ったそれらが波のように押し寄せ、広場を埋め尽くす。
つい数刻前まで、彼を
「ドルジーク様! あなたがいなければ……私の家族は……!」
「なんだよあの人形! あれ、どこで売ってんだ!?」
「あの人形たちもモチロンだけど、ドルジーク様ご本人もとっても強かったわ!」
「いや、まじで見直した……すげえよ、あんた……!」
湧き上がる群衆は、止まることを知らない。
どこかで赤子が泣き、誰かが名前を呼び、誰かが笑い、誰かが泣いていた。
感情が、熱狂が、広場という器をあふれさせようとしていた。
その中心にいたのが、ドルジークだった。
だが彼は、群衆の賞賛にも感謝の言葉にも反応しなかった。
彼の眉間には深いしわが刻まれ、その目は鋭く細められている。
「邪魔だ、どけ。……ええい、うっとうしい! 子供たちの検査が先だ!」
そこへ街の高官らしきローブ姿の老紳士が息を切らしてやってくる。
「見た! すべて見届けた! ドルジーク殿、その働き、真に英雄と呼ぶにふさわしい! 我が魔術評議会は、正式に
老紳士の言葉に、周囲がさらに沸く。
そんな中ゲオルが歩み寄り、いきなりドルジークに抱きついた。
「おまえ……本当にやったな……! さすがだ、ドルジーク……! 俺は、信じてたぞぉ……グスッ」
「やめろ、暑苦しい!」
ドルジークは必死に暴れた。
「ゴーレムたちの破損状況を見せろ! 研究は生ものだぞ! 今が一番重要なんだ!」
その姿に、笑いと拍手がさらに広がっていった。
彼は何も変わっていない。
それが、皆をさらに安心させた。