平本りこ
異世界恋愛ロマファン
2025年06月15日
公開日
1.2万字
連載中
星、波、岩。三柱の神々が姿を隠して幾星霜、この地は神々の加護を受けた御子によって統治されていた。
聖サシャ王国にて女神に仕える星の姫は、任期最初の日蝕までに、一生の主従関係を結ぶ騎士を叙任する風習である。この年、星の姫エレナに選抜で選ばれたのは、戦時中に孤児となかった少年ヴァンだった。
時折「怪物」のようなものに身体を奪われるヴァンは周囲を傷つけることを恐れ、騎士の任に気乗りしないのだが、幼少期を共に過ごした二人は着実に絆を深めていく。
時は過ぎ、かつてサシャから独立を果たした経緯のあるオウレアス王国に、不穏な動きが見え隠れする。次第に二人は謀略の渦に飲み込まれていき……。
神の絆で結ばれた姫とその騎士。それぞれの出生の秘密が明かされる時、時代は動き始める。
これは、神に導かれた二人の物語。
序章
0 神の囁き
愛おしく哀れな末の息子。あの子はいつか、私が織り上げた世界に牙立てる。
幾度も糸を紡ぎ直し、縦糸と横糸を入れ替え、運命を動かしてみたけれど、あの子が世界の破壊者となる未来は変わらない。それならばせめて、彼を止めるための強固な結び目を作りだそう。
交わるはずのなかった二本の糸をより合わせ、一つの壮大な模様へと織り上げる。それは大きく堅く結ばれた、唯一無二の縁。
人の子はそれを、愛と呼ぶらしい。
※
大神が糸を織り世界を創造した時、四柱の神が生れ落ちた。
空には星の女神、海には波の神、大地を統べるのは岩の神。そして最後の一柱は世界創造の残滓より生れ落ち、姿を持たぬまま遥か北へと追いやられた。
空と海と大地がこの世界を形作るように、三柱の神々は、決して分かたれてはならぬもの。三位一体となり、古くより信仰を集めてきた。
しかし平穏な時代は、突如として終わりを告げる。岩の神が人の子である岩の王に力を託し、姿を隠してしまったのだ。
岩の王は神の化身であっても神そのものではない。生物は利己的な存在である。次第に彼の一族は権力を振りかざし、他者を抑圧するようになる。
人の子は同族同士での戦いを繰り返す。空に血飛沫が舞い、海に亡骸が浮かぶようになる頃には、神はその力の断片を善良な人の子に託し、空の果てと海の深淵に隠れてしまう。
それから幾星霜、人の時代が続く。
やがて岩の王が討たれ、古くから連なる血脈が途絶えて久しい。統治者は幾度も変わる。新たな岩の王が立てば、もはや彼らは神の化身ではなく、その地位は名ばかりのもの。神より授かりし神具も色を無くし、人の世は神の威光を失った。
時は経ち、三神信仰の最後の寄る辺であった神殿で内部抗争が起こり、神の国サシャは分裂。波の神より力を受け継ぐ波の御子が逃亡し、北方にオウレアス王国を建国する。
対するサシャ神国は、名を聖サシャ王国と改めて、神の時代はここに終わりを告げた。
それから六十年余りが経つ。神の指先により合わされた二本の糸が今、出会いの時を迎えようとしていた。