「さて、今から裁きをはじめる」
ファラオの威厳のある声が響き渡る。
「裁きの間」には、大勢の傍聴者。権力者であるムスタファが「ファラオ暗殺未遂」で裁かれるのだから、当然ね。
「進行はアイシャに任せる」
さあ、ショータイムよ。
「今回の罪状は『ファラオの暗殺未遂』です。先日、神聖な儀式の場で、犯人はファラオの食事に毒を盛りました。それは彼女――ハーラです」
観衆の視線がハーラに注がれる。
「彼女は、犯行を認めました。そして、部屋からはムスタファとの密書が見つかりました。そこには『準備は整った。あとはお前に任せる』と書かれていました。これは、暗殺命令にほかなりません」
「ほう、面白い。だが、それが暗殺命令だと言えるのか?」
予想通りムスタファが反論してくる。
「確かに、これだけでは不十分です」
「ふん、小娘が。一つの文書だけで犯人呼ばわりとは」
「ムスタファ、口を慎め。アイシャは神官だ」
ファラオの一言で、その場に静けさが戻る。
「話を続けます。ハーラは、ファラオを暗殺するのに、アペプの分身とされる蛇の毒を用いました。ご存知の通り、アペプは冥界に住まう邪神です。そして、ラーの敵でもあります」
一息ついて続ける。
「ファラオはラーの子孫です。つまり、彼女は神話通りに殺そうとしたのです」
「さっさと本題に入れ!」
ムスタファが唾を撒き散らしながら怒鳴る。
「失礼しました。さて、問題の毒蛇ですが、今この広間にいます」
あたりがざわつきだす。
「レイラ!」
「アイシャ様、こちらにおります」
レイラは合図を受けて、毒蛇を掲げる。
「おい、よせ! 穢れた血が触るな!」
「レイラ、やっておしまい」
レイラは大きく振りかぶると、毒蛇をファラオに向けて投げ込む。
数秒後、ファラオはゆっくりと倒れた。
「ファラオが……」「何をしやがる!」
観衆が罵るが関係ない。
「ムスタファ、あなたは『穢れた血が触るな』と言ったわね。つまり、アペプの信者以外が触るのを嫌ったわけ。そんなセリフを言うのは、信者であり、自らの計画でファラオ暗殺を成し遂げたかった人物のみ。つまり、あなたが黒幕ってことよ!」
ムスタファは「しまった」という顔をしている。
「……。まあ、いいさ。ファラオは死んだ! この国は滅びゆくのだ!」
ムスタファは恍惚とした表情で言う。
「それはどうかな?」
それは、床から起き上がったファラオのセリフだった。
「そんなバカな!」
「ムスタファ、悪いわね。あの蛇は神殿の庭で見つけた時に殺しているの。さあ、観念するのね」
「この悪女が! ファラオを道化にするなど、言語道断だ!」
「悪女で結構。ファラオのためなら、悪女にもなるわ!」
ファラオは「衛兵よ、ムスタファを牢獄に連行しろ」と静かに言う。
「こんなことがあってはならない。アペプ様、申し訳ございません……」
ムスタファは、壊れたラジオのようにアペプへの謝罪を繰り返しながら「裁きの間」から連行された。
「しかし、死者の書盗みの件が解決していない」
ファラオは、首を傾げている。
そう、墓を守っていた衛兵が簡単にやられたという件は未解決だ。
「これは推測ですが、ムスタファが賄賂で買収したんじゃないかと思います。息子のカーミルと同じ手段を使ったのかと」
彼らは親子。息子のカーミルは、父親から学んだに違いない。賄賂はすべてを解決すると。
「なるほど」
「ファラオ、悪事を暴くためとはいえ申し訳ございませんでした」
ファラオの近くに投げ捨てられた毒蛇の死体を片付けながら謝罪する。
「私は、責任をとって神官を辞めます。いえ、どのような罰も受け入れます」
いくら愛するファラオのためとはいえ、やり過ぎたことに変わりはない。
ファラオはうなずきながら、こう言った。
「神官の任は解かせてもらう。代わりに我が王妃になってもらう」
「え、今なんと……?」
聞き間違いだろう。
「アイシャよ、王妃になれと言った。悪事を暴くために手を貸したのではない。そなたのためだからこそ、手を貸したのだ」
え、嘘。私……ファラオの奥さんになるの?
レイラは感激のあまり涙が止まりそうにない。
「さあ、これからも頼むぞ。アイシャよ」
「もちろんです、ファラオ」
これから、どんな困難が待ち受けているかは分からない。でも、ファラオと一緒になら乗り越えられる。それだけは、間違いない。