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以毒制毒
以毒制毒
武藤勇城
現実世界現代ドラマ
2025年06月16日
公開日
9,999字
完結済
二十歳の誕生日を過ぎたばかりの、未来ある娘が自殺した。蝶よ花よと手塩にかけて育てた最愛の娘だ。一体誰が娘を自殺に追い込んだ犯人なのか・‥天地神明に誓って、絶対に犯人を見付け出す! 地獄の底まで追い詰めて、娘の味わった何倍、何十倍もの苦しみを与えてやるからな! ノベルアッププラス公式イベント「復讐 短編小説コンテスト」参加作品 https://novelup.plus/event/short-contest-revenge/ あと本作では、読書ついでに四字熟語のお勉強も出来ますw 本編中に登場する四字熟語は全部で55種類+1。後書き欄に、全ての意味が記載してあります。 ※実在する団体・人物とは関係ありません。 2025年6月20日~22日 毎日 6:10 更新予定 全3話 各話3333文字 計9999文字

以毒制毒 第一話 娘が自殺した。

 ある小雪の舞う寒い夜。厚手のプラダのコート、上質な毛皮の帽子と揃いのマフラーを身に着けた、いかにも良いところの老婦人。エスコートする老紳士も全身ゼニアで固めている。スッとしたスーツとコート、スラックスから帽子、ネクタイ、手袋に至るまで全てゼニアだ。


   *     *     *


 この国には、絶対の指導者がいる。十全十美、百下百全のしゅう銀平ぎんぺい国家主席。国民の九割が支持する共産党の、押しも押されもせぬ代表である。国政を担う委員会の総書記長であり、副主席の銀濤ぎんとうと二人三脚で国家運営を行っている。現在七十二歳、まだまだ後進に地位を譲る様子はない。

 かく言う私自身も共産党員の一人である。槐門棘路には遠く及ばず、一般党員より少し力がある程度の信者に過ぎない。周主席と同じ聖化せいか大学を卒業、その縁もあって後援会に入会出来た。入りたいと願っても、そう易々と入れるものではない。周主席は、類稀な政治手腕を発揮して強固な地盤を築いており、十二年間にわたって国民を導き、国を発展させてきた。それ故に他国からの嫉妬ややっかみを受け、今では暗殺を企てる間者までいるらしい。であるからこそ、接近しようとする人間の身体調査は厳格に行われ、一握りの信頼出来る人間だけしか後援会に入れないのだ。逆に言えば、私は国の調査機関からのお墨付きを得た、限られた人間という事になる。実に誇らしい。


 桂林一枝の私が後援会に入ったのは、周主席が今の地位に就くずっと前、「彼こそ次の首席候補だ」との噂が囁かれるようになる少し前の話だ。そう考えると、当時の後援会入りの条件は今より緩かったのだろうか。よく覚えていないが、当時から厳しかったような気がする。とすると、表には出なかったものの、当時から次期主席の座が内定していたのだろうか。

 二十年前に生まれた娘も択言択行の余地なく、八歳の誕生日、周主席が就任した年に入会を申請した。当時の身体調査は特に厳しく、娘の交友関係や普段の生活における、ありとあらゆるものが俎上に載せられ、徹底的に洗われた末、一年後に承認された。私の時はもっと迅速だったので、やはり今よりは緩かったのだろう。

 こうして、私、私の妻、私の娘、揃って周主席を熱心に支持する共産党一家になった。この国をここまで発展させ、あまねく人民に平和と豊かな暮らしを享受させる海内奇士、周銀平様! それを支持できないなど非国民である! いや、非国民という言葉では生ぬるい。国賊と呼ぶべきである!


 長く共産党への忠誠を誓ってきた私は、党大会で周主席本人に何度かお目通りさせて頂いた。硬邦邦的ガチガチに緊張して固まってしまい、当時まだ幼かった娘や妻に笑われたものだ。握手をして頂いた後、一週間淋浴シャワーをしなかったし、手も洗わなかった。あの日、偶然掌に落ちて来た周主席の毛髪は、大切に保管してある。

 二度目にお会いした際は、一度目より緊張せずに済んだ・‥というのは嘘で、やはり緊張で満足に喋れなかった。気を利かせた妻が色紙を用意していて、その場で頂いた親筆簽名サインは家宝になった。高価な金の額縁に入れ、我が家の最も目立つ場所に、周主席の御真影、毛髪と共に飾ってある。

 私の熱心な信心ぶりに感化されたか、娘は私以上の共産党信者に育った。物心つく前は周主席に天真爛漫な子供の姿を見せていたが、十五歳を過ぎる頃には「化粧がまだだから待って!」などと言うようになり、功徳兼隆で清絶高妙な周主席を前にして、今にも黄色い歓声を上げんばかりであった。更に十八歳を過ぎると、今度は逆に下を向き扭扭捏捏モジモジして何も言えなくなり、笑顔の周主席に頭を撫でられ、真っ赤になっていたものだ。


 英雄好色と言うのだろうか。老當益壮であろうか。稀代の英雄、周主席も例に漏れない人物であった。今思い返せば、噂話は色々と聞いていた。あそこの御令嬢が周主席の愛人になったらしい、だとか、手籠めにされて泣き寝入りしたようだ、といった具合である。中には酷い噂話もあり、それは私の耳に入っても脳までは浸透していなかった。馬耳東風だったのである。

 娘の二十歳の誕生日は、偶然、周主席の開催する懇親会と同じ日だった。娘はいつも以上に念入りに化粧をし、おろしたての高価な衣装を身に纏った。懇親会に出席すると知った娘に「誕生日贈品プレゼントに買って!」と嘆願され、露出の多すぎる衣装に複雑な思いを抱えつつも、押し切られ買い与えてしまった物だ。娘の晴れ姿は、思った以上に艶やかで、挑発的で、目のやり場に困ってしまう程であった。そんな娘を見る周主席の表情は、今までの目つきとは違い、何となく嫌な感じがした。聖人君子たる周主席に対し、なんという不遜な感情を抱いてしまったのだろう! これは良くないと、早々に懇親会を抜け出そうとしたが、他ならぬ周主席自身に呼び止められ、手ずから酌を振舞われた。

 断れるわけがない。飲み過ぎてしまった。娘にも酒が供じられたらしく、初めて口にする大人の味に腰が抜けてしまった様子。私が覚えているのは、そこまでだ。妙に意識がぼんやりして、眩暈がするので便所へ行き、そこで嘔吐した覚えがある。しかし断片的な記憶だけで前後不覚、家に帰った道筋さえ判然としなかった。


爸爸パパ・‥」

 翌日。深刻な表情の娘。泥塗れで、哔哩哔哩ビリビリに引き裂かれた誕生日の送礼物プレゼントを私の目の前に置いた。

「何も覚えてないの・‥」

 泣き腫らした双眸でそう切り出す娘。そこへ妻が追い打ちをかける。

「強姦されたみたい」

「え・‥?」

 脳が理解出来ない不可解な言葉。強姦?

「どこで、誰にというのは分からないわ」

「それは・‥間違いないのか?」

「ええ、私が確かめました。破瓜の跡があってね・‥」

 誰だ!? いつ、誰が・‥娘にこんな事をした奴! 絶対に許さない! 殺してやる!

「私、昨日の後援会でお酒を頂いて、その後の記憶がないのよ。娘もよく覚えていないって」

 そういえば私も・‥記憶が曖昧だ。後援会で飲んだところまでは覚えているのだが。その酒が悪いものだったか、度数の高い酒だったか。それで意識を失い、その後、どこかで誰かに襲われた・‥?

「今日、病院に行こうと思うの。検査して確かめないと」

「お前もそれでいいか?」

「うん・‥ごめんね爸爸 。折角の誕生日だったのに・‥」

「何を言っている! お前は何も悪くない! 酔眼朦朧を奇貨として、襲おうなどと考える輩が悪いのだ!」

 もう涙も枯れ果てたのだろう。憔悴し切った様子の妻と娘。「仕事を休もうか」そう言うと、妻は「私が連れて行くから大丈夫」力なく返答。この日、妻と娘だけで病院に行かせた事を、私は一生後悔する。


「お電話です。奥様から」

 退社時間三十分前の夕刻だった。部下が私の執務室まで呼びに来た。仕事中は智能手机スマホの電源を切っている。こんな時間に、わざわざ連絡を寄越すというのは、よほどの事情があるに違いない。

「分かった。こちらに回してくれ」

 部屋の子機を取り上げる。

我丈夫あなた! た、大変なの・‥」

「どうした、そんなに慌てて。病院で何か・‥何か分かったのか?」

「違うの! 検査結果は予想通りだったわ。そうじゃなくて・‥娘が・‥あの子がね・‥」

 受話器の向こうですすり泣く声。何だろう。嫌な予感がする。

「どうした、落ち着け。泣いていたら分からんだろう」

「・‥自殺したわ」


 妻が出産を行った知り合いの産婦人科。そこでの検査は、昼前に終わったという。両足を台座の上に乗せ、中年男性に股間を拡げて診察されるという、未婚女性には屈辱的な検査。膣の内部には、男性の精液の残滓があった。間違いなく強姦された痕跡。少し時間はかかるが、体液を調べればDNAは判明する。但し、そのDNAが誰と一致するか、簡単には分からないだろう。もし知り合いで誰か心当たりがあるのならば、DNA検査は可能だ。というような話だった。

 妻は病院から戻り、残っていた酒気と疲労からぐっすり眠った。そしてつい先ほど起きた時、娘は浴室で首を吊って死んでいた・‥妻の話を要約すれば、そういう事だ。


 畜生ッ! 大事に育てた娘の純潔だけでは飽き足らず、残り長かった人生まで奪うのか! 今日この日から、私は復讐の鬼となる! 天地神明に誓って、絶対に犯人を見付け出す! 地獄の底まで追い詰めて、娘の味わった何倍、何十倍もの苦しみを与えてやるからな!

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