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第3話


 カラオケの個室に入って各々曲を入れる。

 僕は一般人が聴いても引かなそうなラインのアニメソングを、神霧君は町でよく耳にする有名な曲を歌った。

 二人とも特別上手くはないものの音痴でもない、可もなく不可もない歌唱力だった。

 しかし神霧君が歌ウマだったら歌い辛いなと思っていたため、絶妙な歌唱力とも言える。


「何を歌うのかと思ったら、意外と普通の選曲なんですね」


 お互いに何曲か歌ってみたけど、神霧君が歌うのはどれも人気ランキングのトップテンに並んでいそうな曲だった。

 ミステリアスな神霧君はもっと他の人が歌わなさそうな曲を歌うものだと思っていたため、少々意外だ。


「えー、俺は何を歌うと思われてたの? どこかの国の民謡とか?」


「そうであっても驚かなかったと思います」


「大石君の中の俺ってどんなイメージなの」


 神霧君は怒るでも退屈そうにするでもなく、楽しそうに笑っている。

 そのことに安心した。


「神霧君と一緒に遊ぶなんてどうなることかと思いましたけど、楽しんでもらえているようで良かったです」


「だから俺は接待相手の社長じゃないんだってば」


 神霧君はまたケラケラと笑うと、ジュースを一口飲んだ。

 僕もつられて自身のジュースを飲む。


「ねえ、大石君。一緒に遊んだことだし、そろそろ俺に対する敬語をやめない?」


「ええっ!? いきなりそれは難しいですよ」


「まだ駄目かあ。じゃあ、大石君じゃなくて涼太って呼んでもいい?」


 神霧君の提案に驚く。

 だってクラスの誰も、僕のことをそんな風には呼ばない。


「神霧君、僕の下の名前を知ってたんですね?」


 だからまず、そのことに一番驚いた。

 神霧君にとって僕は眼中に無い存在だと思っていたから。


「何言ってるの。知ってるに決まってるよ。大石君はいつも本を読んでるから邪魔しちゃ悪いかなってなかなか声をかけられなかったけど、前から話したいと思ってたんだから」


「僕と話したかったなんて、神霧君こそ変わった人ですね」


 僕にそう言われた神霧君は、僕の目をまっすぐに見て質問をした。


「大石君は前に俺とした会話を覚えてない? 俺はあれがきっかけで大石君に興味を持ったんだけど」


「前にした会話と言われても、神霧君とは大した会話はしてないと思いますけど……」


「大石君にとってはそうかもしれない。でも俺にとっては印象的な会話だったんだ。ほら、掃除当番で一緒に中庭の掃除をしたの、覚えてない?」


 確かに神霧君と一緒に中庭掃除をした記憶はある。

 そのときの会話は……。


 僕は頭の中にある引き出しを必死で開けまくった。

 そして一つの記憶にたどり着いた。



   *   *   *



 高校に入学したての頃、最初の座席は五十音順で決められていた。

 そのため大石と神霧で座席が近く、毎週一緒に掃除をしていたのだ。


「中庭の掃除ってだるいよね。掃除をしても使う人なんかいないのに。俺たち以外のメンバーは部活があるからっていなくなっちゃったし。いくら大会が近くても、一年は大会に出場しないだろうにね」


「えっ!? あ、そうですね」


 毎週同じ場所を一緒に掃除しているというのに、このときまで神霧君とはロクに話したことがなかった。

 いつもは他の班員もいるため、神霧君はすぐに班員の女子に囲まれていたからだ。


「どうかした?」


「いえ、神霧君はミステリアスというか不思議な雰囲気があったので、普通の人間っぽいことを言うんだなと驚いてしまって」


「普通の人間っぽい?」


「あ、いえ。神霧君は雲の上の人と言うか僕とは違う人種なんだと思ってましたが、案外考えてることは僕と同じなんだなと……もしかして気分を害しちゃいましたか?」


 高校には同じ中学校から進学した生徒も多いけど、神霧君はそうではなかった。

 それもあって、もしかすると神霧君はどこからともなく急にやってきた神様やあやかしの類なのではないかと妄想していたのだ。

 ……改めて考えると、厨二病全開の恥ずかしい妄想だ。


「ふふっ、気分を害するなんて。むしろ逆かな」


「逆?」


「俺はみんなと違うことが嫌いだから、同じ普通の人間と言ってもらえて嬉しい」


 普通が良いだなんて、神霧君は厨二病とは真逆にいる存在なのかもしれない。

 僕なんか、他人には無い第三の目だとか、サイコメトリーの能力だとか、陰陽師の血筋だとか、普通とは違うものが欲しくて仕方がないというのに。


「僕は普通とは違う人間になりたいと思っちゃうので、神霧君は謙虚?なんですね」


「謙虚とはまた違うかな。でも普通ではなくなりたいと思えることは、幸せなことだと思うよ」


「それは皮肉……ではないんですよね?」


 神霧君の真意を計りかねてそう尋ねると、神霧君は朗らかに頬を弛めた。


「もちろん。いつまでも君は君のままでいてね」



   *   *   *



 確か僕たちがしたのは、こんな他愛ない会話。

 毒にも薬にもならない、ありふれた普通の会話だ。


「思い出しましたけど、印象的な会話というほどの会話はしてなかったと思います」


「そう言えてしまう君が好ましいよ」


 僕の言葉を聞いた神霧君が眩しいものでも見るかのように、目を細めながら僕のことを見つめた。

 いつの間にか神霧君はお喋りモードに入っていて、次の曲が開始しない。

 曲の代わりに新曲のプロモーション映像が流れ続けている。


「ええと、ありがとうございます?」


「今のはお世辞じゃなくて本心だからね。俺のことを普通の人間だと言ってくれたのは、涼太が初めてかもしれない」


「あっ、名前」


 神霧君がさりげなく僕のことを「大石君」ではなく「涼太」と呼んだ。

 まるで仲良しの友だちのように。


「下の名前で呼ぶの、駄目だった? 拒否されなかったからいいのかなと思ったんだけど」


「えっと、神霧君がその呼び方でいいのなら、涼太でお願いします」


 僕が神霧君に向かって頭を下げると、神霧君に肩を叩かれた。


「涼太も俺のことを名前で呼んで。その方が仲良しっぽいから」


「仲良し!? で、でも、それはまだ畏れ多いと申しますか、もうしばらくは神霧君と呼ばせてください」


 いきなり神霧君を名前で呼ぶのはコミュ障の僕にはハードルが高すぎる。

 でも神霧君が名前で呼び合うと仲良しっぽいという僕と同じ感想を持っていたこと自体は嬉しい。


「もうしばらくは、ね。そのうち俺のことも名前で呼んでね……あっ!」


「へ?」


 突然神霧君が立ち上がったかと思うと、僕の後ろに向かって手を伸ばした。

 彼が何故そんなことをしたのかはすぐに分かった。

 僕の後ろに掛けられていた絵画が外れて、僕目がけて落ちてきていたからだ。

 しかし絵画は神霧君によって押さえられたため、僕には傷一つ付いていない。


「ありがとうございます」


「これが当たったくらいじゃ死なないとは思うけど、怪我はしない方がいいからね。病院で薬を間違えられる事態に繋がらないとも限らないから」


 神霧君に言われて、ぞっと背筋が寒くなる。

 しばらくは些細な怪我にも気を付けないと。




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