カサカサと草が擦れる音が、花の耳をくすぐった。ひんやりとした風が頬をなでる。
――おかしい。
花は薄く目を開けた。
そこに広がっていたのは、真っ青な空と、優しく揺れる緑の木々。――いつもの天井ではない。ましてや、ベッドの硬さでもない。寝室のぬるい空気も感じられなかった。
「……え?」
寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと上半身を起こす。――どうやら、柔らかな芝生の上に寝転がっていたようだ。そしてすぐに、異質な存在が視界に飛び込んできた。
ふわふわと浮かぶ、花よりも小柄な、可憐で美しい少女。天使のような白い羽を持ち、宵闇の髪と吸い込まれそうな銀色の瞳で、花を覗き込んでいる。
「おはようございます。花さん! 転生おめでとうございます!」
「……は?」
一拍の間を置き、花はようやく、状況が理解できないことに気づいた。
「て、転生? え? なに? あなた誰?」
「申し遅れました。わたしの名はビオス。生を司る神です。そして、こちらの妖精が、花さんの担当フェアリーです」
ビオスに示されたのは、宙に浮かぶ、手のひらほどの小さな妖精。半透明の羽を震わせ、つぶらな瞳で花を見ている。
「ボクは、転生管理局所属のサポートフェアリー、ルピナスと申します! 本日より花さんの異世界生活をサポートさせていただきます!」
妖精――ルピナスは、朗らかに自己紹介をした。その明るさが、花の混乱を更に加速させる。
「い、異世界生活って……なんの話……?」
「昨日は転生説明会、お疲れ様でした! 皆さん眠そうでしたが、無事に契約手続きも済んでおりますのでご安心ください!」
「……説明会……? 行ってないけど?」
「え?」
妖精の羽音が一瞬止まった。
それでもすぐに、朗らかな笑顔が戻る。
「いえいえ、ご心配なく! 花さんは乙女ゲーム・グランド・ラブロワイヤルの【連続100時間ログイン特典自動エントリー】により、優先枠で選出されました!」
「勝手に!? え、勝手にエントリーされるの!?」
「もちろんです! 本サービスではプレイヤーの皆様を対象に、より没入感のあるプレイ体験をご提供しております!」
花の頭はぐるぐると回り続けていた。
目の前に広がる森の景色。そして、馴染みのある乙女ゲームのタイトル。
まさか、そんな馬鹿な──
「……ここって、まさか……『グランド・ラブロワイヤル』の世界なの……?」
「はい! 花さんはこの王国の主人公様に認定されております!」
吐き気がした。
いや、世界観自体はいい。攻略対象も多彩でイケメン揃い。だが──
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ……あたしのルートは……?」
妖精は嬉々として告げる。
「初期ルートはもちろん、宰相様が確定しております!」
「またお前かあああああああああああああ!!!!」
花の絶叫は、澄み渡る青空に吸い込まれていった。