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第4話 この手をとって


「あのさ、川瀬くん」


 次の日の昼休み。日葵は川瀬の席まで行って、声をかけた。


「一緒にお昼食べない?」


 差し出したお弁当に、川瀬が目を見開いた。ちょっとひるみそうになる心を押さえて、じっと目を見る。


 一瞬の沈黙。


「わ、悪いけど、用事があるから」


 席を立って、行ってしまった。日葵は、「うん」とうなずいた。自然落ちる肩は、どうしようもない。女子や友達からの誘いも断って、一人で食べることにした。

 まあ、断れる関係なのはいいよね。俺に気遣って、傍にいるわけじゃないってことはわかった。

 でも、やっぱり、自分たちはのっぴきならない運命共同体というもので、友達ではないのだとわかった。わかっていたけど、やっぱり落ち込む。


「はあ……」


 ため息をついて、お茶を飲んでいると、傍で大きな気配がする。見上げて「あ」と声を上げた。


「川瀬くん?」

「パンを買ってきた。今からじゃ駄目か」


 パンを両手いっぱいに抱えて、川瀬が立っていた。日葵の返事を待たずして、パンを机に置き、前の席の椅子を引っ張って座った。


「たくさん買った。日葵も食べてほしい」


 ぽかんと見ていると、川瀬がまっすぐな目で言いつのってきた。その目があんまりひたむきで、ふわっと和んでしまう。


「お昼なかったの?」

「あったけど、たくさん食べたかったから。それに、日葵も食べると思って」

「俺のぶんも?」

「うん。たくさん食べてほしい」


 日葵はパンの山を見て、感嘆する。これだけ買うのは大変だったろう。川瀬は、せっせっとパンの解説まで始めた。


「え~……」


 可愛い。何、この人。日葵の頭の中に広いなんか素敵な空間がふわーっと開けていった。川瀬は日葵のお弁当に気づいて、「あ」と言った。可愛い~。


「嬉しい。俺、足りないな~って思ってたんだ」

「そうか!」

「わ、このデニッシュ食べてみたかったやつ。よく買えたね」

「俺は腕が長いから、こういうの得意なんだ」

「すごい!いいなあ」

「ふふ」


 嬉しそうにはにかむ川瀬を、にこにこと見つめる。頭撫でちゃダメかな~……必死に耐えつつ、日葵はデニッシュを受け取った。日葵も食べ盛りの男子高校生だ。こう見えて腹には余裕がある。

 気持ちをありがたくいただこう。「いただきます」と、川瀬と手を合わせたのだった。





「川瀬くん!」


 日葵は川瀬のもとにかけよった。あのお昼から、川瀬といる時間が親密になった。守るためだけではなく、友達としての時間も増えたのだ。日葵は嬉しかった。


「行こ」


 日葵はぎゅっと川瀬の手を握る。「いつもつないでくれると嬉しい」と言われたので、そうすることにした。


 ここまですると周囲としても逆にもう「そんなものか」と言う境地になったらしい。かなり過ごしやすくなっていた。「俺、熊さん好きなんだよね」とか「お兄ちゃんほしかったんだよね」戦法でごり押してよかった。そして自分の顔がちょっと甘えん坊っぽいものでよかったと初めて思った。


「体育、一緒に組もうね」

「ありがとう、日葵」

「ううん。で、さっきの数学なんだけど」

「ああ。宿題多すぎるな」

「やっぱりそうだよね?先生、ずっと不機嫌だったもんなあ」


 会話も増えた。しゃべりすぎる日葵にとって、ゆったりと低い声で応えてくれる、川瀬との会話は心地いい。


 可愛いところ以外に、こんな風に穏やかで頼れるところもあることを知った。にこにこしながら、歩いていると、川瀬が、突然、ぶんと手を振った。


「ん?」

「蜂が止まりそうだった」

「えっ!川瀬くん手、刺さってない?」

「大丈夫」


 手を離すと、蜂がびゅーんと飛んでいく。剣豪ぽくて、感嘆する。川瀬は、実際なんでもできた。勉強も運動も、地力のすごさがうかがえる、立派さだ。


 川瀬が飛行症候群にかかっていなかったら。あのとき居合わせなかったら。きっと、自分たちはこんな風に一緒にいることもなかっただろう。


 なんだか、最近、ちょっとそれがさみしい。初めは心配。それから、可愛いなあ、放っておけないなって、それだけだったのに。あれが埋まればこれが埋まらない、心とは、厄介なものだ。

 川瀬くんが、苦しまないのが一番だ。けれど、この出会いが嘘じゃないって思えるように、川瀬くんが治っても、俺と友達でいたいって思ってくれるように。たくさん、「友達」の時間を重ねていこう。


 日葵はぎゅっと川瀬の手を握った。


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