星野侑二は知っていた。
麻奈が監獄に送られたその晩、子どもを失ったことを。けれど──
まさか、それが「生きたまま腹を蹴られて流産させられた」ものだったとは、想像すらしていなかった。
星野の両手が、小刻みに震え始めた。
彼は確かに、看守に「宮崎麻奈を“ちゃんと”もてなす」と命じた。
だが、あのときの「もてなす」の意味を──
自分は、あまりに甘く見ていた。
モニターの中、死胎を抱き、虚ろな瞳で絶望に沈む麻奈の姿に、星野の胸は、鋭利な刃でえぐられるような痛みに襲われる。
──自分の手で、子どもを死に追いやった。
そんな彼の気持ちに構わず、映像は、なおも残酷な現実を映し続けていた。
それからの日々、麻奈は毎日のように、囚人たちから非道な暴行を受けていた。
それも、徹底して“足”を狙って──。
わずか一時間の記録映像の中だけで、彼女の脚は三度も骨を砕かれていた。
骨が砕けたその全身をむしばむ激痛を、星野自身もかつての交通事故で味わったことあり、今も忘れていない。
それなのに、麻奈はその地獄を何度も繰り返されていた。ようやく回復しきらぬうちに、また次の暴力。
その繰り返しの果てに──彼女は歩き方さえ変わり、普通に歩くこともできなくなっていた。
つまり、出所したあのとき──
“あの歩き方”は、演技ではなかったのだ。
麻奈の足はここに入ってきた二か月目、完全に治らない傷になってしまった。
所長は得意げに語った。
「星野社長、こちらは宮崎麻奈が“お仕置き”された場面だけを編集したものです。
四年間の“ハイライト”を集めた動画でして……ご満足いただけたでしょうか」
ビデオで移ったのはただの『ハイライト』にすぎない?
つまり、この四年間、他にもたくさんの暴行にあったことになる…
もうそれを考えるだけショックで立っていられないほど
星野は震える指で画面の傷だらけの麻奈をなぞる。
最初はまだ足掻き、逃げようとする麻奈は日に日にやつれて、
最後に映るのは、生気を失った麻奈の姿。
カメラを見上げるその目に、もはや生きる光はなかった。
もはや生きる屍と言える。
その瞬間──
彼女は立ち上がり、鉄扉に頭から突っ込んだ。
額から流れ出る鮮血が、すぐに衣服を染めていく。
「社長……この四年間で、彼女は十三回も自殺未遂を……うち四度は本当に危なかったんです……」
耳鳴りがした。
麻奈の言葉が、頭の中でリフレインする。
「……あなたを愛したことが、人生最大の後悔だった。」
怒りと悔恨と罪悪感が、内側から爆発した。
喉元からせり上がる熱いものを抑えきれず、星野は口から血を噴き出した。
その血が、モニターの中で血まみれになった宮崎麻奈と、まるで重なるようだった──。
―――
星野侑二は、よろめく足取りで星野家へ戻ると、施錠されたままの彼女の部屋へと足を踏み入れた。
そこは、時が止まったかのように、麻奈の面影に満ちていた。
何気なく開けた机の引き出しの奥。
ひとつの小さなアルバムを見つけた。中にあったのは──
麻奈が妊娠三か月のときに撮った、胎児の4Dエコー写真だった。写真の中の赤ん坊は、小さな体で手を伸ばし、足を蹴り、時にはへその緒を掴んで遊んでいる。
生きていた。確かに、あの子は生きていたのだ。
星野は、ページをめくるたび、魂を一枚ずつ剥がされるような思いに囚われた。
あの交通事故で一生歩けなくなると聞かされたときでさえ、今のような絶望は、感じなかった。
―――
そのとき。部屋の扉が開く音がした。
小林夜江だった。
彼女はすでに、星野がイタリアへ行っていないと知っていた。
あの日以来、星野はずっと宮崎麻奈を探し回っている。それが何を意味するのか、小林夜江は理解していた。
──危機だ。
彼は、あれほど大切にしていたメディチ家との契約すら後回しにした。
それが、何よりの証だった。この四年間で彼が商売より優先にしたこと一回もなかった!
「侑二……何があったの……?」
星野は、赤ん坊のエコー写真を抱きしめたまま、呟く。
「麻奈が妊娠してた子……俺の子だったんだ……」
小林夜江は、言葉を失った。
──なぜそれを……知ったの?それであの女に憐れみでもあったか?
彼女は必死に動揺を隠し、可憐な声を搾り出す。
「でも……でも麻奈さんは、姉さんを殺したよ!人殺しだったの!
たとえ侑二の子を孕んだとしても!」
その声は、星野には届いていなかった。
ようやく口を開いたその言葉は、凍てつくような冷たさを含んでいる。
そして、その目には苦痛に満ちていた。ひるみが死んだと知った時でさえも、そんな顔しなかったのに!
「彼女がひるみにしたことは、必ず償わせる。だが──俺が彼女にしたことも、俺が償うべきだ。」
そう。
今の彼には、ただ一つの願いしかなかった。
──もう一度、彼女を見つけたい。
どんな手段でもいい。
――もう一度、麻奈に。