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第11話:どうであれ、彼女は人殺しだった

星野侑二は知っていた。

麻奈が監獄に送られたその晩、子どもを失ったことを。けれど──

まさか、それが「生きたまま腹を蹴られて流産させられた」ものだったとは、想像すらしていなかった。


星野の両手が、小刻みに震え始めた。

彼は確かに、看守に「宮崎麻奈を“ちゃんと”もてなす」と命じた。

だが、あのときの「もてなす」の意味を──

自分は、あまりに甘く見ていた。


モニターの中、死胎を抱き、虚ろな瞳で絶望に沈む麻奈の姿に、星野の胸は、鋭利な刃でえぐられるような痛みに襲われる。

──自分の手で、子どもを死に追いやった。


そんな彼の気持ちに構わず、映像は、なおも残酷な現実を映し続けていた。

それからの日々、麻奈は毎日のように、囚人たちから非道な暴行を受けていた。

それも、徹底して“足”を狙って──。

わずか一時間の記録映像の中だけで、彼女の脚は三度も骨を砕かれていた。


骨が砕けたその全身をむしばむ激痛を、星野自身もかつての交通事故で味わったことあり、今も忘れていない。

それなのに、麻奈はその地獄を何度も繰り返されていた。ようやく回復しきらぬうちに、また次の暴力。

その繰り返しの果てに──彼女は歩き方さえ変わり、普通に歩くこともできなくなっていた。


つまり、出所したあのとき──

“あの歩き方”は、演技ではなかったのだ。

麻奈の足はここに入ってきた二か月目、完全に治らない傷になってしまった。


所長は得意げに語った。

「星野社長、こちらは宮崎麻奈が“お仕置き”された場面だけを編集したものです。

四年間の“ハイライト”を集めた動画でして……ご満足いただけたでしょうか」


ビデオで移ったのはただの『ハイライト』にすぎない?

つまり、この四年間、他にもたくさんの暴行にあったことになる…

もうそれを考えるだけショックで立っていられないほど


星野は震える指で画面の傷だらけの麻奈をなぞる。

最初はまだ足掻き、逃げようとする麻奈は日に日にやつれて、

最後に映るのは、生気を失った麻奈の姿。

カメラを見上げるその目に、もはや生きる光はなかった。

もはや生きる屍と言える。


その瞬間──

彼女は立ち上がり、鉄扉に頭から突っ込んだ。

額から流れ出る鮮血が、すぐに衣服を染めていく。


「社長……この四年間で、彼女は十三回も自殺未遂を……うち四度は本当に危なかったんです……」

耳鳴りがした。


麻奈の言葉が、頭の中でリフレインする。

「……あなたを愛したことが、人生最大の後悔だった。」


怒りと悔恨と罪悪感が、内側から爆発した。

喉元からせり上がる熱いものを抑えきれず、星野は口から血を噴き出した。

その血が、モニターの中で血まみれになった宮崎麻奈と、まるで重なるようだった──。


―――

星野侑二は、よろめく足取りで星野家へ戻ると、施錠されたままの彼女の部屋へと足を踏み入れた。

そこは、時が止まったかのように、麻奈の面影に満ちていた。


何気なく開けた机の引き出しの奥。

ひとつの小さなアルバムを見つけた。中にあったのは──

麻奈が妊娠三か月のときに撮った、胎児の4Dエコー写真だった。写真の中の赤ん坊は、小さな体で手を伸ばし、足を蹴り、時にはへその緒を掴んで遊んでいる。

生きていた。確かに、あの子は生きていたのだ。


星野は、ページをめくるたび、魂を一枚ずつ剥がされるような思いに囚われた。

あの交通事故で一生歩けなくなると聞かされたときでさえ、今のような絶望は、感じなかった。


―――

そのとき。部屋の扉が開く音がした。

小林夜江だった。

彼女はすでに、星野がイタリアへ行っていないと知っていた。

あの日以来、星野はずっと宮崎麻奈を探し回っている。それが何を意味するのか、小林夜江は理解していた。

──危機だ。

彼は、あれほど大切にしていたメディチ家との契約すら後回しにした。

それが、何よりの証だった。この四年間で彼が商売より優先にしたこと一回もなかった!


「侑二……何があったの……?」

星野は、赤ん坊のエコー写真を抱きしめたまま、呟く。

「麻奈が妊娠してた子……俺の子だったんだ……」


小林夜江は、言葉を失った。

──なぜそれを……知ったの?それであの女に憐れみでもあったか?


彼女は必死に動揺を隠し、可憐な声を搾り出す。

「でも……でも麻奈さんは、姉さんを殺したよ!人殺しだったの!

たとえ侑二の子を孕んだとしても!」


その声は、星野には届いていなかった。

ようやく口を開いたその言葉は、凍てつくような冷たさを含んでいる。

そして、その目には苦痛に満ちていた。ひるみが死んだと知った時でさえも、そんな顔しなかったのに!


「彼女がひるみにしたことは、必ず償わせる。だが──俺が彼女にしたことも、俺が償うべきだ。」


そう。

今の彼には、ただ一つの願いしかなかった。

──もう一度、彼女を見つけたい。

どんな手段でもいい。

――もう一度、麻奈に。


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