その人物が私の目の前に現れた後、素早く永江リコを払いのけ、地面に投げ捨てた。
その後、慎重に私を抱きかかえた。
私はぼんやりと顔を上げ、驚きの目でその人物を見つめた。
それは、深山彰人だった。私はその光を湛えた彼の桃花眼を見つめると、鼻がむずむずし、悲しみが一気に込み上げてきて、彼の胸に顔を埋めてしまった。
深山は、私の顔が青ざめているのを見て、目を細めて言った。
「後輩ちゃん、寺や神社にでも行って、お坊さんに運勢を変えてもらった方がいい。いつまでもこんな風にいじめられるなんて、さすがの僕も可哀想に思うわ。」
その冗談めいた言葉は、今はとても皮肉に聞こえた。
同時に、永江リコは怒りに、地面から立ち上がった。
だが、深山のあまりに美しい顔を見た途端、彼女の怒りはほとんど和らぎ、表情も少し恥ずかしそうになった。
「そこのイケメンさん、こいつのような下賤で汚らしい人間とは関わらない方がいいわよ。病気がうつるかもしれないから。」
深山は永江リコを一瞥し、その目には冷徹な光が宿った。
永江は、その目に寒気を覚え、思わず後退った。
「私は好意で忠告しているのよ。
この私、志津県一の名門、永江リコを怒らせたらどうなるか承知しないよ。」と言った。
永江は、自分の地位が深山彰人を脅かすことができると思ったが、深山はまるで気にも留めなかった。
彼は私を抱え、さっさとホテルのスイートルームへ直行した。
ベッドに私を横たえ、服をめくろうとした時、私は急いで彼の手を押さえ、
「な、何をするの?」と叫んだ。
深山は当然のように答えた。
「君の体調を確認しているんだよ。胎児の状態を見たいんだ。」
私は少し恥ずかしさを感じ、体を縮めて彼の手をゆっくりと解放させた。
彼が私の服をめくり、平坦な腹部を見せた。
深山の指先がそっと私の腹部をなぞると、ピリピリと感覚が広がり、私は思わず震えた。
でも、赤ちゃんを考えると、恥ずかしさよりも不安な気持ちが大きく、私は小声で「この子、大丈夫かな?」と尋ねた。
「うん、大丈夫だよ。」
私はほっと胸をなでおろした。
服のボタンをしめようとしたその瞬間、深山が指で腹部の傷跡を撫でながら言った。
「痛いか?」
私はしばらく黙っていた後、静かに頭を垂れ、胸に顔を埋めて言った。
「痛くない。」
深山は私の服を整えながら、小さくつぶやいた。
「無理するな。痛くないわけがないだろう。」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸が痛くなり、涙が溢れた。
そう、痛くないわけがない。
だが、何度も自分に言い聞かせて、「痛くない」と言わなければ、この耐えられない痛みを乗り越えられないのだ。
深山は優しく私の涙を拭い、問った。
「どうして空港から逃げるんだ?僕を信じていないのか?」
私は服の端をつかみ、視線をそらすようにして言った。
「星野に先輩が私の逃走を助けたのを知られたら、先輩のことは絶対に許さないはずです。」
深山が優しく私の顔の傷に薬を塗りながら言った。
「僕が君を助けた時点から、彼はもう僕を憎んでいるんだ。」
私は不安で彼の腕をつかみ、確認する。
「星野がもう、先輩に何かしたんですか?」
深山はわざとらしく悲しそうな表情で答えた。
「彼が僕にしたことならたくさんあるよ。後輩ちゃん、どうやって僕に報いるつもりだ?」
今、私は自分さえ養えない状態なのに、他人に報いることなどできるはずがない。
それでも、「必ずお返しします。」と約束する。先輩のご恩は大きいから。
すると、深山はぷすっと笑って言った。
「体で報いるつもりか?」
私は恥ずかしくなり、話題をそらした。
「先輩、どうして志津県に来たんですか?」
深山は、私が避けようとする目をじっと見つめて。
「君に会いに来たんだ。」
私は無意識に体を硬くした。
「緊張するなって、友人に会いに来ただけさ。それでたまたま君と会った。」
傷の治療が終わり、深山は医療キットを片付けながら、私を安心させる。
「傷はもう大丈夫だ。君はここで休んでいけばいい。」
「では、私は従業員寮に戻ります。」
ベッドから降りて、深山に感謝の気持ちを込めてお辞儀をした。
「先輩は、本当に良い人です。もうこれ以上お世話になるわけにはいきません。」
そう言って、私は一歩一歩、足を引きずりながら部屋を出た。
深山は私の背中を見送りながら、瞳の色をほんの少し暗くした。
宮崎麻奈が部屋を出たのを見て、青野が部屋に入ってきた。
「深山さま、約束通り陰で見守るのではなかったですか?」
空港逃走の時、私はいくつかの白タクに乗り換えながら逃げていたので、痕跡を消すのに効果的だった。
それでも、深山は捜索を諦めず、わずかな手掛かりを頼りに、一週間前に私の居場所を見つけた。
もともと、彼は私の目の間に姿を表すつもりはなかった。
ところが、今夜、永江リコという予期せぬ事件が起きた。
――もしも麻奈の叫び声を聞きつけなかったら、麻奈がどうなっていたのか、考えたくもなかった。
深山は目を暗くし、優雅にソファに座って、足を組んで、ゆっくりと言った。
「今から、永江家とのすべての取引を中止しろ。」
青野は驚きながら尋ねた。
「永江家が何かをしたんですか?」
深山は穏やかにワイングラスを手に取り、微笑みながら言った。
「だって、僕は良い人だからさ!」
青野は瞬時に鳥肌が立った。
深山はワインを一口飲んでから、青野をちらっと見て星野侑二の状況を聞いた。
「星野家の狂人は、最近何をしている?」
麻奈が姿を消してから、星野が新たなニックネームを得た。
それは、「星野家の狂人」。
青野は正直に答えた。
「一週間前、彼は突然姿を消しました。星野家が総動員で、彼を探しているのですが、どこにいるのか誰にもわかりません。」
深山彰人はその言葉を聞き、目を細めた。
――星野が突然消えるなんて?!……
―――
私はスイートルームから出て、エレベーターを降りたところで、遠くから永江リコの興奮した声が聞こえてきた。
「星野社長、待っていたわよ!」
星野社長って?!
私は思わず足を止め、動揺を感じた。
星野侑二がここにいるなんてあり得ないけど、念のため一応道を変えて通り過ぎることにした。面倒は避けたかったのだ。
暫くして再びエレベーターに戻り、地下駐車場を通り抜けて寮へ向かうつもりだった。
だが、エレベーターのドアが閉まる直前、一人の手がスッと差し込まれて、エレベーターの扉を閉じさせなかった。
扉が再び開き、冷たい空気が私に襲いかかってきた。
私は視線の隅でその人物を見て、顔を確認した瞬間、体が震えだした。
それは、星野侑二!
絶対に志津県に来るはずのない男が、なぜここにいる?!
まさか私が何かへまをして、彼が私を追ってここにきたのか?
いや、違う!
もし私を確認できたら、即座に私を殺すつもりだろう。ただ静かに立っているはずがない。
きっと偶然ここにいるだけだ!
なら、今私のすべきことは、星野に自分の存在を気づかれないようにすることだ。
頭の中が混乱しているうちに、エレベーターの扉がゆっくり閉まった。
狭い空間で、私はまるでうずくまるように頭を深く下げ、息を潜めて動かない。星野に少しでも気づかれたらどうしようかと心配して。
でも、どうやら心配しすぎだった。星野は、一度も隅っこの私に目を向けることはなかった。
彼は氷山のように立ち、冷徹な気配が彼を中心に周囲に広がっていた。
ただ、もしかしたら私の勘違いかもしれないが、その冷たい空気の中から、溶けない孤独、疲れ、悲しみがほんの少し感じられた。
「カチッ」
音が私の思考を打ち切った。どうやら最上階に到着した。
エレベーターの扉がゆっくりと開き、星野は踏み出し、出て行った。
扉が再び閉まると、私は深く息を吐き、足元がふらついてそのままエレベーターの壁に寄りかかった。
見つからなかった!良かった!
一方で、その時星野侑二はエレベーターを降り、数歩歩いたところで突然足を止めた。
なぜか、さっきのエレベーターの中で感じた恐れと卑屈さが、彼にすごく馴染み深く感じられた。
まるで……出所したばかりの宮崎麻奈のようだ!
星野の中で、何かが一気に引き締まり、彼はすぐさま振り向き、エレベーターのボタンを何度も押し始めた。