私は星野を目の前にして、恐怖と憎しみが交錯した表情でじっと見つめていた。
彼の私に対する侮辱はまだ足りないのか?
家族を殺した悪魔に、どうして自分からキスしなければならないのか!
絶対に嫌だ!!!
星野は私が完全に拒絶しているのを見て、突然頭を下げ、私の耳たぶを強く噛んだ。
鋭い痛みが一気に走り、私は思わず声を上げた。
しかし、星野は噛むことをやめるつもりはないようで、唇と歯で耳たぶを引き裂くようにして、冷徹に繰り返した。
「キスしろ!」
私の体は本能的に反発している。
けれど、私は確信していた。もしこの命令に従わなければ、この狂った男は絶対に私を簡単に放ってはおかない。
生き延びるためには……
私は心の中の怒りと恐怖を抑え、震える手で彼の首に手を回し、屈辱の涙が目に溢れたまま、こわばりながらも星野の唇に近づけた。
軽く触れて終わりのつもりだった。少しでも早くこの悪夢のような瞬間を終わらせたかった。
けれど、私の唇が星野に触れた瞬間。
彼はまるで飢えた獣のように、逆に私の唇を噛みついてきた。一瞬でも後退する隙を与えない。
唇と歯が絡み合い、激しく交わる。私は恐怖を感じた。
この悪魔は本当に狂っている。
私の唇を噛み、さらに私の舌を追い求めてきた。
避けようとしても、どうにもならない!
しばらくして、口内に濃い血の味が広がり始めた。
私は痛みで涙がこぼれ落ち、星野の魔の手の中で震えながら、ただ彼にされるがままになっていた。
それで星野はようやく満足したのか、ゆっくりと私の唇から離れ、挑発的なまなざしで深山彰人を見つめた。
「深山さん、道を塞いでいる。どいてください」
深山は優雅に石柱から体を離し、穏やかで優しい声で言った。
「星野社長、まさかイタリア市場を失ったことで、今は思い詰めて柱にぶつかりたくなったのですか?」
星野の顔色は暗く、まるで雷が落ちそうなほど陰鬱になった。
誰が見ても、深山は道を塞いでいるわけではなく、強いて言えば柱を塞いでいるだけだった。
深山は一歩星野に近づき、優しそうに忠告した。
「星野社長が思い詰めるのは仕方ないとしても、どうか宮崎麻奈さんを巻き込まないでくださいな。」
星野は深山の瞳を睨み、冷たい圧で言い返した。
「彼女は俺の妻だ。生死を共にする。」
深山は微笑みを浮かべ、唇の端を上げながら、
「星野社長、本当に宮崎麻奈さんに深い情を抱いているんですね……。
それなら、膝の怪我を治して差し上げたほうがいいかもしれませんね?」と提案した。
星野は目を落とし、初めて私の膝を見て気づいた。
私の膝にはひどい擦り傷があり、皮膚が大きく擦れて血が絶え間なく流れ出していた。
深山は優しく私に向けて手を差し伸べ、「宮崎さん、傷の手当てをしましょうか?」と声かけた。
私は困惑した表情で深山を見つめた。
彼が星野の目の前で私を手当てしてくれるのは、わざと敵対心を煽っているのではないかと思った。
私はすぐに断ろうとしたが、星野が私を抱きしめ、深山の差し出す手を避けながら「必要ない!」と一喝した。
深山は手を引き、優雅に微笑んで言った。
「宮崎さん、どうやら星野社長の独占欲が相当強いですね。
誰一人、あなたに触れさせる気はないようですから。」
そしてすぐに、深山の口調が急に変わり、冷徹に星野を見つめて言った。
「なるほど、星野社長が宮崎さんのご家族を全員殺したのは、彼らがあなたから宮崎さんを奪わないようにするためだったんですね?」
私の腕が星野侑二の首に回され、震えた。
私は小林ひるみを殺していない。
だが、星野侑二は確実に私の家族を殺した!
もし私が妊娠していなければ、今すぐにでも星野を道連れにしてやっただろう!
家族を思うと、また涙が止まらず、静かにこぼれ落ちた。
星野は私の激しい震えを感じ取ると、深山を冷たく睨みつけ、
「これは俺と妻の夫婦問題だ。お前のような部外者には関係ない!」と告げた。
その後、私は星野にしっかりと抱きしめられ、深山の側を通り過ぎていった。
深山は星野の怒りを込めて去る姿を見つめて、微笑みが消えた。
(まさか、星野侑二が一週間も姿を消していたのに、ここクラウデーホテルに現れるなんて!
そして、こんなに早く宮崎麻奈を見つけるとは……)
青野千里が深山のところに来て、焦った表情で謝った。
「深山様、僕のミスです。星野社長がここにいるのを気づかず、宮崎お嬢様を見つけられてしまいました……」
深山は冷笑しながら言った。
「見つけたからこそだ。これからがますます面白くなりそうだ。」
青野は愉快そうな深山を見つめ、困惑しながら尋ねた。
「今まで宮崎お嬢様を逃がすために尽力してきたのに、今になって星野社長に見つかるなんて、深山様、なぜか今の状況を楽しんでいませんか?」
返答はないが、青野は寒気を感じずにはいられなかった。
深山彰人さま、やっぱり普通じゃない。
―――
クラウデーホテルには二つのプレジデンシャルスイートがあり、それぞれ東と西に分かれている。
西側には深山彰人が、東側には星野侑二が泊まっていた。
星野は私をベッドに運んだ後、薬箱を取って私の横に放り、無言に振り返り、すぐに部屋を出て行った。
私は驚きとともに思った。
二人きりでいる時、星野がさらにひどいことをするのだと思っていたが、まさかこのまま出て行くとは。
私は深く息をついて、薬箱を手に取ろうとした。
その時、視線が無意識に手に止まり、疑念が湧いた。
手には血がべっとりついている。
膝には傷があるはずで、手には傷なんてないのに、
この血……私のじゃない!
―――
星野侑二が部屋から出た後、もともとしっかりしていた体勢が突然崩れ、まるで支えを失ったかのように、片方の膝をついて地面に崩れ落ちた。
顔色はますます青白く、冷や汗が額から次々に流れ落ちていた。
彼は痛みに耐えながら壁に寄りかかり、辛うじて姿勢を保っていた。
その時、ちょうど矢尾翔が最上階に到着し、この光景を目の当たりにして、慌てて駆け寄り、「星野社長、どうしましたか!」と声をかけた。
しかし、矢尾が手を伸ばして星野の肩に触れた瞬間、べっとりとした感触が伝わった。
驚いた彼は、すぐに手を引っ込めた。
血!
正しく、血だ!
星野が黒いスーツを着ているため、注意深く見なければ気づかないが、スーツの背中部分はすでに血に染まっていた。
矢尾は慌てふためき、「星野社長、怪我をされましたか!」と叫んだ。
星野はすぐ鋭い視線で矢尾を睨み、「静かにしろ!」と一喝した。
矢尾は口を塞ぎ、何かを思い出したかのように、恐る恐る尋ねた。
「もしかして、先ほど宮崎様を助けた際に、車に轢かれたんですか?」
星野侑二は答えず、重苦しく呼吸をしながら、声がかすれて言った。
「彼女の膝が怪我をした。医者を呼んで、処置させろ。」
矢尾翔は焦り、声を荒げた。
「社長の傷の方が宮崎様よりひどいです!先に社長の傷を処置した方が……!」
しかし、星野は一切の口出しを許さず、冷徹に命じた。
「すぐに医者を呼べ。麻奈のところに。」
矢尾は恐怖を感じ、すぐに了承し、電話で医者を手配した。
星野は壁に寄りかかりながら、頭の中で宮崎麻奈の恐怖に満ちた顔が次々と浮かび上がってきた。
彼は何度も何度も思った。
彼女に言いたかった。
――怖がるな、もう二度と君を傷つけない。
彼は自分の間違いをようやく認めた!
本当に、麻奈に償いたいと強く願っていた。
しかし、かつて彼女に与えた傷は、深く彼女の魂に刻まれていて、決して消すことができないだろう。
今の彼は、彼女にとって恐怖の源で、地獄の悪魔そのものだった。
彼女にどんなに小さな好意を示したところで、それは彼女にとって命を狙っている陰謀にしか映らない。
星野はある絶望的な事実に気づく。自分には弁明することができないのだ。
そして……
その上で、さらに怖れていたのは、
もし自分が罪を認め、もう彼女を害することないと説明したら、彼女が振り返らずに去っていくことだ。
二人の間に隔てているのは、ただ死んだお腹の子だけではない。
彼女の両親、兄……すべてが、彼女を自分から遠ざける壁となっている。
沈黙の中で、星野は閉じられた部屋のドアをじっと見つめた。
その眼差しには、彼自身も気づいていない狂気と支配欲が滲んでいた。
「お前は、俺のものだ!」
たとえ彼女が自分を悪魔だと思っても、どうだろう?
愛は必ずしも人を閉じ込められるものではない。
しかし、恐怖ならば――それは可能だ!!!