目次
ブックマーク
応援する
37
コメント
シェア
通報

第18話 僕の駒になって

星野の目は、ますます偏執的なものに変わっていった。

なぜ、麻奈が自分を恐れる気持ちを変えようとするのだろう?

骨の髄まで染み渡る恐怖は、彼女の逃げたいという足を切り裂く力を持っている!


矢尾は電話をかけ終わり、振り返ったとき、寒気を帯びた星野の姿を見た。

彼は身震いしながら一歩踏み出し、慎重に尋ねた。

「星野社長、優秀な専門医を呼んで宮崎様の診察を受けさせました。今、病院に行かれますか?」


星野は壁を支えにして立ち上がり、冷たく矢尾翔を一瞥した。

「俺が怪我をしたことは、誰にも言うな。」

「宮崎様にも言わないんですか?」

星野は眼光を鋭くし、迷わず一言。

「彼女にも、言うな。」


矢尾は理解できなかった。

以前なら、星野社長が宮崎様を嫌っているだろうと思っていたが、この三ヶ月間、星野社長が物狂いのように彼女を探しているのを見て――

彼は確信した。星野社長がどれほど宮崎麻奈を気にかけているかを。


それで、矢尾翔はつい口をすべらせ、本音を素直に吐露した。

「星野社長、今回はまさに名誉の負傷ですよ。宮崎様が知ったらきっと感動するはずです。」


星野は無意識に手を強く握りしめ、その目に一瞬、苦しみが浮かんだ。

今の彼女は感動しない。恐らく「自業自得だ」と思うだけだ。


しかし、構わない。

まずは彼女を自分の側に留めておけば、きっとあの愛してやまない宮崎麻奈が戻ってくる!


―――

私は一人、ベッドに横たわり、不安と恐怖で腹部を撫でながらつぶやいた。

「ねえ、ママどうしよう?また捕まってしまった。」

星野侑二はもう、逃げるチャンスを与えないだろう。

だから、星野から私と子供を守る方法を考えなければならない。

でも、私の頭はどうしても解決策が思いつかず、焦るばかりだった。


その時、部屋のドアが開いた。

星野が戻ってきたのかと思い、驚きで飛び起きた。

ところが、部屋に入ってきたのは……深山彰人だった?!


私は慌てて声を上げた。

「先輩、どうして入ってきたの?」

深山が薬箱を持っていて、温かく微笑んで言った。

「僕は星野社長が呼んだ医者だ。君の傷を処置するために来た。」


私はすぐに反論した。

「星野侑二があなたを呼んだなんてあり得ない!」

深山は不快そうに、星野の薬箱をベッドの脇に放り、代わりに自分の薬箱を私の前に置いた。

「後輩ちゃんにバレちゃった?僕はこっそり来たんだ。」


私は慌てて深山が薬箱を開けようとする手を押さえつけて言った。

「早くここを出て!星野に見られたら、きっと……」


私が言い終わらないうちに、深山は突然私に近づき、顔のすぐ横に寄ってきた。

彼はきれいな桃花眼で優しく私を見つめ、冗談交じりに言った。

「今の僕たち、まるで不倫してるみたいって思わない?」


私は驚きと恥ずかしさを感じ、手で深山を押し返しながら言った。

「先輩、今は冗談をやめてください。」

深山は穏やかに私を落ち着かせた。

「安心して、星野は今、ホテルにはいない。」

私は緊張していた神経を少しだけ緩めた。


深山はそれ以上何も言わず、綿球を取り出し、丁寧に私の膝の傷を手当てし始めた。

膝の擦り傷は以前の傷に比べれば大したことはなかった。

しかし、深山は私が痛がらないよう気にかけて

とても慎重に、優しく傷を治療してくれた。


私は思わず指でシーツを握りしめた。

「先輩……ありがとう……」

深山に助けられるのは、これが初めてではない。

彼の親切心が、時に私の中に不安を呼び起こす。


深山は私の緊張を感じ取ったのか、顔を上げて不安げな私の瞳を見つめ、穏やかに微笑んだ。

「後輩ちゃん、僕と手を組まないか?」

「手を組む……?」

私は戸惑いながら聞き返した。


深山は膝の傷の処置を終えると、ゆっくりと身を寄せ、まるで人を惑わす狐のように囁いた。

「僕が君を星野侑二から救い出す。その代わり、君は僕の“駒”になるんだ。」

私は思わず言い返した。

「あなた、星野侑二と戦うつもりなの?!」


深山は落ち着いた声で言った。

「深山家と星野家の関係はどんどん悪化してる。

僕は家を継ぐ立場じゃないけど、それでも何かしなきゃいけないだろ?」


「私は……星野侑二のそばにいるだけでも精一杯なの。あなた、協力者を間違ってる。」

私は迷いなく首を振って拒否した。


深山彰人は目を細め、あの魅惑の桃花眼でゆるりと笑った。

「たとえ君への投資が失敗しても、それは僕の見る目の問題。君のせいじゃないよ。」

私は無意識にお腹をそっと撫でた。

「でも……今の私は、もう無謀なことはできない。」


私はもう、一人ではない。

無鉄砲に別の渦に飛び込むなんて、できるはずがない。


私の迷いを見抜いた深山は、優しく語りかけた。

「後輩ちゃん、誤解してるみたいだね。

“駒”って言っても、命を張って情報を探れって意味じゃないよ。

君がもし何か重要な話を聞けたら、それを僕に教えてくれればいい。」


「ほんとに……それだけ?」

私は半信半疑で唇を噛みしめた。

「僕が君を騙したこと、あった?」と深山彰人は、さらに優しげな声でささやいた。

私は彼の深く底知れぬ瞳をじっと見つめた。


「でも……もし、何も情報が手に入らなかったら?」

深山の声に、ふと誘惑めいた響きが混じった。

「星野侑二は今、君を手放さないつもりだ。

君が何も掴めないなんて、僕は信じてないよ。

それに、後輩ちゃん……僕の力を借りて、復讐したくはないのか?」


その言葉に、胸の奥が強くえぐられたように震えた。

私は――その悪魔男から、逃げたい。


でも、本当は……

できるものなら、父や母、兄の仇を討ちたいに決まっている!


私はしばらく黙った後、顔を上げ、迷いを振り切るように言った。

「わかった……協力する。」


深山彰人と手を組む――

今や、それが私に残された、数少ない“生きる道”のひとつ。

お腹の中の命のために、失った家族のために、私は賭けに出る!!!


深山は満足げに口元をほころばせ、私の額の髪をそっと撫でながら微笑んだ。

「後輩ちゃんは、本当に賢い子だね。」

そして、優雅な仕草で綿棒を取り出すと、薬液をつけて顔の擦り傷にそっと触れた。

「こんなに綺麗な顔、大事にしなきゃもったいないよ。」


私はそっと視線を伏せた。

「綺麗な顔なんて……自分に力がある時にしか、価値なんてないよ。」

力がない時には、それは罪になる。

刑務所では、この顔のせいで私は何度も地獄を見た。


深山は綿棒を滑らせながら、私の頬に美しい弧を描いた。

「この顔――今ではまた、君の武器になるよ。」


―――

――病院の病室にて。

医師は血で染まった星野のスーツを脱がせ、血と肉が貼り付いているシャツを慎重に剥がしていた。


その様子を見ていた矢尾翔は、心臓が締めつけられるような思いだった。

あんなにひどい怪我を負っていながら、よく宮崎様をホテルまで抱えて戻ったものだ……しかも、痛みひとつ見せずに。


星野は激痛をこらえながら頭を上げ、かすれた声で矢尾に尋ねた。

「医者は……ホテルに着いたか?」

矢尾翔はすぐにうなずいた。

「はい。もう着いていて、きっと宮崎様の処置も終わってるはずです。」


その言葉に、星野はようやく安堵の息をついた。

そして、頭を横に向け、自分の血まみれの背中をじっと見つめた。

彼の表情は一瞬、茫然としたものに変わり、頭の中には、以前ビデオで見た麻奈が女性囚人に殴られ、体中を傷だらけにされたシーンが浮かんできた。


星野の唇がわずかに震えた。

「まさか、こんなに痛かったのか……!」

あの麻奈が、どうして耐えられたのか。

彼の胸の中で、無数の針が刺さるような痛みが走り、息が詰まりそうだった。


その時、矢尾の携帯が鳴り響いた。電話を取ると、彼の顔色が急変した。

「何だって? 深山彰人が医者に扮して、こっそり宮崎様の部屋に入った?」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?