私は不安に怯えながら、寝室の中で縮こまっていた。
ついさっき、星野侑二が私に向けたあの目――
まるで地獄の悪魔そのもののような眼差しが、今でも全身を凍りつかせて離れない。
私はベッドの上で身を丸め、絶望に包まれていた。
ほんとうに、泣きっ面に蜂とはこのことだ。
そもそも、星野侑の関係は今にも崩れ落ちそうな綱渡り。
一歩間違えば、彼の手にかかって命を落とすことだってありえる。
そこへきて――
あの小林夜江が、悪意を持って私を陥れにきた。
もう、明日さえ迎えられない気がしてきた。
……ダメだ、このままじゃ殺される!
助かるには、私が自分でどうにかするしかない。
本邸には使用人がたくさんいる。
誰か一人くらい、小林が自分で階段から落ちた瞬間を見ていたはず。私は決死の思いで身体を起こし、ふらつきながらドアへ向かう。
しかし、扉は外から鍵がかけられていた。中からは開けられない。
私は仕方なく、以前も使った細いヘアピンを手に取り、鍵をこじ開ける。
なんとかドアを開け、ふたたび二階の階段前まで戻ってきて、下を見渡す。
――食堂だ。
ちょうど階段と向かい合う位置にある。
あのとき、食堂には使用人がいたような気がする。
もしかしたら、その人が一部始終を見ていたかもしれない。
私は急いで階段を下り、食堂へ向かった。
中には一人の女性使用人がいた。
私は焦りを押し殺しながら声をかける。
「さっきずっと、ここにいたの?」
その女性は一瞬私を見て、視線を逸らすように答えた。
「……いえ、さっきはここにいませんでした」
胸騒ぎが走り、私は諦めきれずに食い下がる。
「じゃあ、さっきここを片付けていたのは誰か、教えてくれる?」
使用人は困ったような顔をして、長く黙り込んだ末に首を振った。
「……分かりません。他の人に聞いてみたらどうでしょうか」
――この人も、私を避けている。
……いや、当然か。
主人である星野でさえ私をあんな目で見ている。
使用人たちが私に口を割るはずもない。だとしても、誰かに聞かないとダメだ。
私は方向を変え、西側の使用人用居住棟へと向かう。
―――
その頃、星野侑二は――
自殺未遂までして泣き叫ぶ小林夜江をなだめるため、再び星野宅へ戻っていた。彼は宮崎麻奈を夜江のもとへ連れていき、謝罪させるつもりだった。
だが――
彼が麻奈を閉じ込めていた寝室の扉を開けると、中は空っぽだった。表情が凍りつく。
すぐに背後の楠井海へ怒声を浴びせる。
「……どこに行った!?」
楠井も予想外だったのか、驚いて答える。
「たしかにこの部屋に閉じ込めたはずです。……まさか、また逃げたんじゃ……」
ちょうど、床に落ちていたヘアピンに気づき、拾い上げた。
「間違いありません。きっと罰が怖くなって、また逃げたんです!」
星野の顔が、怒りに歪んだ。
せっかく捕まえたというのに、また逃げられた――彼は勢いよく拳を振り下ろし、ドアに打ちつける。
冷酷な声が空気を切り裂く。
「逃げても、そう遠くへは行けない。――すぐに探し出せ!!!」
―――
私はこっそり抜け出してきた身。
だから使用人たちの住む場所へ向かうにも、堂々と表の道を通るわけにはいかなかった。最終的に、私は裏道を選んだ。
足を引きずりながら裏庭を通りかかったとき、思わず歩みが鈍る。
――星野侑二はチューリップが好きだと言っていた。
私は彼と結婚した後、この裏庭をチューリップの海に変えた。
彼が見たとき、少しでも褒めてもらえるように。あれ以来四年。
今では、ここに咲き誇るチューリップは本当に見事なものだった。
でも、私はきっと一生、彼から優しい言葉をもらえることはないだろう。
私は感情を押し殺し、前へと進んだ。
もう少し行けば、使用人の住む棟がある。
誰かに証言してもらえさえすれば、きっとこの窮地から逃れられる。
星野侑二が一方的に破棄した約束も、取り戻せるかもしれない。
しかし――
ほんの数歩進んだそのとき。
突然、私の目の前に人影が立ちはだかった。
顔を上げると、そこにいたのは――
氷のように冷たい顔をした星野侑二。
その地獄から来た悪魔が、私を見下ろしていた。
反応する間も与えず、星野侑二は私の首を掴み上げる。
「何度言ったらわかる!?俺の元から逃げるなって言っただろうが!!
それでもまだ逃げようとしたな!!」
痛みに必死で彼の手を引き剥がそうとしながら、私は喉の奥から絞り出すように声を漏らした。
「……逃げてなんか、ない……」
だが彼は、私の言葉をまったく信じなかった。
「嘘をつくな!!俺が見つけなければ、お前は裏門から逃げ出すつもりだっただろうが!!」
私はようやく思い出す。
使用人棟のすぐ近くには、前回脱走に使った裏門がある――
それで彼は、私がまた逃げようとしたと誤解したのだ。
私は喉の痛みに耐えながら、なんとか言葉を発しようとする。
……けれど、彼の手はあまりにも強く、私はただ苦しげな嗚咽しか出せなかった。
彼は私の抵抗など意にも介さず、咲き乱れるチューリップの中に私を地に突き倒す。
上から私を見下ろし、怒気を込めて言い放つ。
「戻ってきたその日から、俺に楯突き続けた挙句に、今度は逃げようとした……
お前を待ってる奴がいるのか?――深山彰人か?」
私は震えながら首を振る。
「違う……逃げようとしたんじゃない……
ただ、誰かに証言してもらおうと……
小林夜江を突き落としたのは私じゃないって……」
彼の口元が歪む。
「そんな嘘、俺が今さら信じると思うか?」
私は必死に涙をこらえながら懇願する。
「本当なの……嘘なんかついてない……信じて……」
だが星野侑二は一歩、また一歩と私に迫り、その目に殺意を宿らせていた。
「信じてやった。何度も、何度も……でも返ってきたのは裏切りだけだ」
私は恐怖に震えながら後ずさる。
「ちが……ちがうの……私は……!」
彼はゆっくりとしゃがみ込み、手を私の胸元へと滑らせた。
「俺に触れられるのがそんなに嫌か?だったら、今日は無理矢理にでも触れてやるよ」
そう言うや否や、彼は私の体を力任せに押し倒し――
ビリッと布の裂ける音が、静寂の中に響いた。私の目が恐怖に見開かれる。
「やめて!お願い、それだけは――!」
しかし、言葉を言い切る前に――
星野は平手で私の頬を強く打った。
耳鳴りと頭の中が真っ白になり、世界が止まったような感覚に陥った。
だが、その苦痛の耳鳴りが消えないうちに、
星野は容赦なく、乱暴に……私を貫いた。
私は怯えながら目を落とし、獣のようになった星野侑二が、私を一寸一寸、荒々しく貪っているのを見た。
必死に彼の腕にしがみつき、弱々しい声で懇願した。
「お願い……もうやめて……私、あなたの子を……」
けれど、星野侑二はさらに力強く動き、私の言葉を無理やり遮った。
私は視界が暗くなり、そのまま長い闇に沈んでいった――
星野は、私が生きたまま気絶したのを見ても動きを止めず、怒りをぶつけ続けた。
夜の帳が下りるまで――
ようやく星野は動きを止め、ボロボロになって、まるで壊れた人形のような私を見下ろした。
彼は私の腫れた頬に手を伸ばし、冷淡に言い放った。
「言うことを聞かないから、これは罰だ」
星野は冷酷に鼻で笑い、倒れたチューリップの海から立ち上がる。
その時、ふと気づいた――
いつの間にか、私の下には大きな血だまりが広がっていた……